無垢な頬に巣食うもの




 私はいつものようにゾルディック家の敷地内にある訓練場へと訪れていた。向かいには不機嫌丸出しのミルキが立っているが、イルミの姿は見当たらない。
 この頃のイルミは時間があればキルアのところに行っていて、まともに訓練に参加していなかった。私としてはイルミがどこで何をしていようが構わなかったけど、この状況に我慢ならないのがミルキだった。

「ナマエ、早くイル兄を探してこいよ! どうせまたキルのところだろ!」

 ふーふーと鼻息荒く憤慨する姿に内心うんざりする。末の弟ばかり可愛がられるのが気に入らないミルキは、こうして何かと癇癪を起こすようになっていた。まあ、同じ兄弟なのにあれだけ待遇が違っていたらそりゃ面白くないだろう。だけど何故だか機嫌を損ねたミルキを宥めるのも私の勤めの一つになっていて、正直かなり面倒くさかった。まあ放置したほうが面倒くさいから結局行くんだけど……。
 重い腰を上げて、イルミを探すため広大な屋敷内に足を踏み入れた。

「ほんと、勘弁してほしい……」

 ただでさえ過酷な訓練を強いられているというのに、これ以上心労を増やさないでほしい。
 ぶつぶつと文句をもらしつつキルアが寝ている部屋へ行くと、そこには予想通りイルミがいた。キルアが寝ている揺りかごのすぐそばに立っている。寝顔でも覗き込んでいるのか、覆い被さるように身を屈めているところだった。周りに執事がいないなんて珍しいなと思いながら、声をかけようとした時だった。理解できないものが視界に入って、ギョッと目を剥いた。

 ――針だ。

 イルミの白い指先で掴まれている物の正体が分かった瞬間、ざぁっと血の気が引いていく。イルミは、まるでミルクでも飲ませるかのような手つきでキルアの額に針を刺そうとしているところだった。

「なにしてるの!?」

 思わず叫ぶと、イルミはゆらりと顔を上げた。そこには感情の読み取れない真っ黒な瞳があった。動揺した様子は微塵もない。
 私は咄嗟に駆け寄って、キルアを抱き上げた。そしてそのままイルミから距離を取る。

「ナマエ、邪魔だよ」

 こちらを諌めるような口調で、イルミはそう言った。真顔のままじりじりとこちらに詰め寄ってくる。手に持った針の先が鋭く光っていて、ただただ恐ろしかった。

「キルアに何をしようとしてたの?」
「なにって。ただのしつけだけど 」
「その針を、キルアに刺すのが、しつけ?」
「そうだよ。いいからキルをこっちにもらえるかな」

 能面のような表情に、一瞬苛立ちが滲む。
 そのときはじめて、イルミの真っ暗な瞳に私の存在が認識されたのが分かった。

 弟思いなんてとんでもなかった。どこの世界にしつけとして自分の弟に針を刺す兄がいるんだ。見解を大きく改めて、キルアを抱えたまま跳ねるように駆け出した。
 イルミが追いかけてくる気配はない。わざわざ追いかけなくても、またいつでもやれると思ってるんだろう。そうはさせるか。

 その足でシルバさんのところ行って、イルミの行動のすべてを報告した。シルバさんは、最初はこちらの剣幕に目を瞠っていたけど、話の内容を聞くにつれていつもの冷静な表情に戻っていった。それどころか「そろそろやるとは思ってたが、思ったより早かったな」なんて。とんでもない事を言い放った。改めてゾルディック家の異常性を突きつけられ、頭がクラクラする。
 いや、気をしっかり持て。いくらこの家が特殊でもイルミの行為は度が過ぎている。このままじゃキルアが死んでしまう。
 不興を買うのも覚悟の上でそのままを伝えると、シルバさんは特に気にした様子もなく「そうだな。キルにはまだ早い」と返してくれた。……いや、まだ早いってどういうことだ。針を刺すのに適した時期なんてあるのか。
 大きく引っかかるところはあるが、とりあえず私の申し出は受け入れられたらしい。よかった。さすがのイルミもシルバさんから言われたら諦めるだろう。しばらくの間は、きっと大丈夫。


 だけど、その代償は大きかった。
 私はその一件以降、完全にイルミから目をつけられることになってしまったのだ。


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