不穏なざわめき




 甘い言葉に誘われてやって来たゾルディック家は、私の存在を容易に受け入れた。
 というより、誰も気にしていないみたいだった。あらゆる面で規格外なこの家では、私一人の介入くらいどうってことないのだろう。

 新しい環境に慣れる間もなく、私は二人の息子の暗殺の訓練に付き合わされるようになった。この訓練がとにかく死ぬほど辛い。常に重い枷を付けられ、時には猛毒を飲まされ、容赦なく電撃を浴びせられる日々。イルミとミルキも同じ訓練を受けていたが、最初に試すのは決まって私だった。きっと私の反応を見て死なないギリギリのラインを見極めていたんだと思う。まさに実験台だ。世の中には甘い話なんてそう転がっていないのだと、幼いながらに痛感した事をよく覚えている。

 それでもここから逃げようと思ったことは一度もなかった。誰に言われたわけでもないけど、そんな事をすれば処分されてしまうと直感的に分かっていたからだ。役目を果たせない者は必要ない。この家はそういうところだ。
 実験台にされて死ぬのも、逃げ出して殺されるのもどちらも死んでも嫌だった。だから死に物狂いで生きる術を身につけて生き延びてやった。そうしているうちに自然と、三人の中で誰よりも頑丈になってしまったのだけれど。格下と見下していた存在に自分が耐えられなかった訓練をこなされるというのは、ミルキにとって余程プライドを踏みにじられることだったらしい。そのせいで何かと難癖をつけられるようになった。

 そんなミルキに対して、イルミの反応はまるで違っていた。
 というか反応も何もない。終始、無関心。この頃のイルミは、私に対して一片の興味も持ってなかったと思う。シルバさんが持ってきた実験動物くらいの認識だったんじゃないだろうか。それほどまでに、イルミから向けられる視線は無機質なものだった。
 でも、それでよかった。興味を持たれていないということは、気をつかう必要もないからだ。その頃のイルミは、私にとって極めて無害な存在だった。


 それが大きく変わることになるのは、キルアが誕生してからだった。
 キルアは、一族の血を濃く継いでいる証である銀髪を持って生まれてきた。ゾルディック家では代々銀髪の子が跡を継ぐという絶対的な掟がある。もしも銀髪の子が生まれてこなかったらゾルディック家の血は途絶えることになるらしい。三人目にしてやっと銀髪が生まれた、とゼノさんが安堵の息をもらしていたのを覚えている。
 そんな待望の跡取りの誕生は、この家に大きな変化をもたらした。家の全ての取り決めがキルア優先に書き換えられ、家に属する人間の多くがキルアを中心に動くようになった。跡取りという存在がどれほどまでに望まれていたのか。そして、これからどれだけの期待を背負うことになるのか。めまぐるしく変わる周囲の様子から、ようやく私はその事を理解したのだった。

 そんな中、とくに際立って変貌したのがイルミだった。
 まるで人形に魂が宿ったかのよう。それまでの無感情が嘘のようにイルミは弟の誕生を喜んだ。まともに会話をしたことがない私にさえ「キルを最高の後継者にするんだ」と語りかけてきたくらいだ。よっぽど嬉しかったんだろう。まさかあのイルミがこんなにも弟思いだったなんて。イルミの意外な一面に心底驚いた。だけど、同時になんだかザワザワとした気持ちを抱いたのを覚えている。

 この家に来た当初、私はイルミがゾルディック家を継ぐのだと思っていた。長男だし、誰よりも従順にシルバさんの教育を受け入れていたから。だけど実際のところは、生まれた時から跡取り候補にすら入っていなかったのだ。
 習わしとはいえ、普通なかなか受け入れられないものなんじゃないだろうか。幼い頃から当然のように受け入れる姿を、私は異質だと感じていた。


 その微かな不安が、実際の恐怖に変わったのは、それから数ヶ月後のある日のことだった。


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