04:わかっていても受け入れられない
親衛隊を名乗った生徒とのやりとりを頭の中から追い出すように早歩きで生徒会室を目指す。
朝食と夕食は各自好きにしていいが、昼食は生徒会室で役員が一緒に摂るのが習わしだ。
事前に何も伝えていない場合、生徒会室に日替わり定食が運び込まれている。
「羽根部(はねべ)って面倒くさいよな」
高校の生徒会室の扉は中学よりも薄い。
生徒の声をよく聞くためにそうしているらしい。
前会長が冗談みたいな本当の話として口にしていた。
秘密も陰口も生徒会室で話しちゃいけないと笑っていた。
部屋の中から聞こえた自分の名前に心臓が跳ねる。
「かいちょ〜ってすぐに自分を棚に上げんだよねぇ」
「自分が完璧な人間で一人で何でもできるって思ってるんですよ」
「わかるわぁ。求めるレベル高すぎなんだよね」
「そもそも羽根部ってなんですか? 絶対に聞き間違いを疑うでしょ。長谷部(はせべ)かと思いましたよ」
「わかる、それ超わかるぅ。かいちょってばハンコが百均で売ってない人だよね。特注だよねぇ」
最初に発言したのが誰かわからないが、会計と副会長が同意した。
喉を冷たいものが落ちていくような感覚がある。
身体が芯から冷え切ってこのまま凍え死ぬのではないかと想像に唇が震える。
関節は固く前にも後ろにも手足は動こうとしない。
「書類の誤字脱字に異常に厳しいし、ちょっと言い間違えただけで鬼の首を取ったように」
「えぇ〜、それはふくちょ〜がミスが多すぎだからじゃねぇ?」
「自分がミスった癖に開き直るから言い合いになる」
「ね? 書記もそう思う? かいちょ〜は面倒だけど」
「副会長も副会長」
「なんですか、ふたりしてっ」
会計と書記が声をそろえて副会長をからかう。
どこか身体に温かさが戻ってきた。ホッとして笑って「陰口叩いてんじゃねえよ」と言いながら室内に入ろうかと思った。
思っただけで、できなかった。
「羽根部は他人にやられて嫌なことを他人にする人間だからな」
聞こえてきたのは雉間の声だ。
友達だと、親友だと思っていた風紀委員長。
いいや、友達だからこそ耐えられないと愚痴りたくもなるのだろう。
いつもの事として処理しきれない溜めこんでいた気持ち。
他人を不快にさせる言動をしてしまうことは指摘されるまでもなく分かってる。
俺は俺の性格を誰よりも理解していた。
父と母の嫌な部分を煮詰めて俺の中に入れている。
父と母が日常的に言い争うように俺の中には自分を非難する声と他人を非難する声が延々と聞こえる。
正しい正しくない。
ちゃんとしているちゃんとしていない。
別に言わなくてもいいじゃないかと思う一方で反射的に人の悪い点を口にしてしまう。
軽い気持ちで口にして教師に恥をかかせて小学校では気まずい思いをした。
全寮制だからか学園の教師が優秀だからか俺が気を付けているからか、教師と微妙な雰囲気になることはない。
ただ先輩と揉めたり、今回のように生徒会役員たちと微妙な空気になることはあった。
それこそ数えきれないほどに小さなぶつかり合いがある。
雉間とはぶつかったことはない。妙な空気になることもなく俺の言動を見守るように笑ってくれていた。それに甘えて反省もせずに開き直って好きに生きていた。自業自得の立ち振る舞いの結果が俺の今の心境なんだろう。
いくら頭で雉間の言い分を理解していても心が泣き叫んでいた。
裏切られたような失望感は自分に対して都合が良すぎる。
雉間にだけは許してもらいたかった。
友達だからか、それ以上に思っていたのか、自分でもわからない。
今までずっと「羽根部はいいやつだよ」「羽根部はおもしろいな」と俺をフォローしたり俺を褒めてくれた雉間。
別に太鼓持ちが欲しかったわけじゃない。許して欲しかった。俺が俺であることを否定しないでいてくれる誰かが欲しかった。俺自身が一番、俺を否定してしまうことを分かっているから優しい言葉が欲しくてたまらなくなる。
ずるくて卑怯で見苦しくて俺はどんどん俺を嫌いになっていく。
気づいたら校舎裏で座り込んでいた。
2018/01/16
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