02:失敗の感覚
「会長は今日も格好いいですね」
面と向かって投げかけられる言葉をまともに受け入れる人は何人いるんだろう。
ナルシストや自惚れ屋なら誇らしげに胸を張るのか、あるいは自分と他人との位置を理解している人間は発言者の思惑を読みとった上で受け流すのか。俺は自分でもわかっているが器用じゃない。手先の面でいえば短所にするほどの不器用ではないが、物事への向き合い方が上手くない。
「それを俺に言って、お前はどうする気だ」
何も考えてない思ったままのペラペラな言葉としてとりあえず褒めてきたのか、今日も格好いいを導入にして生徒会長に直談判でもしたいのか、俺には見えてこない。
「気に障ったなら」
「そうじゃない。俺はお前がその後に何をするのか聞いている。容姿を褒めるためにわざわざ俺の足を立ち止まらせるな」
目の前の生徒は親衛隊だと言っていた。
わざわざ俺の前に回り込んで顔を真っ赤にして口にしたのが冒頭の言葉だ。
嫌がらせであるほうが納得できる。
「あの、会長が……会長は、あの、風紀委員長と」
「雉間がなんだ?」
風紀委員長の雉間(きじま)は中学で四人部屋になった時の同室者だ。
学園内で俺と一番距離が近い。
「ネコはどっちが、孝樹さまが、かいちょうが、いえ、もしかして委員長が?」
「ハッキリ言え。言えないならわざわざ言いにくるな」
厳しい口調になってしまったが、戸惑っている人間をフォローしながら話を聞き出すような小器用なことはできない。
すでに今の段階で俺はぐだぐだ言い出している生徒に対して苛立っている。
猫の話を振られたからかもしれない。
雉間に猫の話をしたのでそこから生徒に流れたのか、編入生や生徒会役員たちが話の出所かは分からない。
名も知らない生徒からでも猫の行く先についての質問が来たら生徒会長として真面目に答えないといけない。
それはとても不愉快だ。
考えればわかるだろと言ってしまいたい。
高校生だろ。
俺が飼うと結論を出して話がまとまるならそうしたいが、簡単に決められない。
とはいえ、雉間が飼うというのもおかしな話だ。
会長や風紀委員長が校内に現れた野良猫を育てなければいけないという前例にもなる。
すぐには答えが出せない。
「ネコはどちらが」
「それを聞いてどうするつもりだ」
自分でもビックリするほど低い声が出た。
ナイーブな部分に無遠慮に触れられた気がして許しがたい。
悲鳴を上げて目をそらす生徒をその場に放置して俺は生徒会室を目指して歩く。
走りはしないが走り出したくなるほど混乱に支配されていた。
心が揺れ動くことを止められない。
背中で俺に声をかけた生徒が他の生徒に慰められている気配を感じて頭を抱えたくなる。
きっと俺は自分の言動を恥じたり悔いるべきなのだ。
学園にいる人間として猫の行方をたずねる権利をあの生徒は持っていた。
俺は自分の気持ちを優先して答えをはぐらかした臆病者だ。
耳の奥で編入生が「野良猫って汚いよな」と言っていたことを思い出す。
その言葉を事実だと肯定する俺も確かにいる。ちゃんと洗って病院に連れて行って検査してやりたい。
生徒会長である俺がそれを口にすれば、学園側の決定として生徒の間で広まる可能性がある。
この学園は会長の意向がそのまま生徒の総意となるので一歩間違えると独裁政治。
生徒会長は軽はずみな発言をしてはいけないと前会長の先輩から何度となく言い含められていた。
2018/01/16
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