答えはニャーしか出てこない | ナノ

  01:はじまり


 猫は特別好きじゃない。でも、羨ましく思うことが多い。助けてやりたくなるし、何をしてもマイナスに見えない。自己中心的でマイペースな動物としての地位を猫はしっかり確立しているから、ふとした拍子に羨ましくなる。誰も傷つけたりしない存在に思えるからかもしれない。
 
 
「おれ、猫嫌い。撫でてやろうとしたのに引っ掻かれた」
 
 
 編入生が生徒会室の中でわざわざ今日あったことの報告をする。
 いつの間にかそんなことが日常になりつつある。編入生が編入してきてそろそろ一カ月は経つ。自分のクラスではなく生徒会に馴染みだしている編入生に小言を口にしなくなってからそろそろ一週間だ。生徒会長として追い出すべきだろう。
 
 俺はよく耐えたと思う。
 
「大輝(ひろき)が引っかかれたのは最近話題の野良猫ですね。どこからか紛れ込んだみたいで生徒が何人も被害にあってます。生徒会として捕まえて保健所に届ける案件です。ねえ、羽根部会長」
「本当かよ、孝樹(こうき)! あの、猫を殺すのか? おれ知ってるぜ。保健所に連れてかれた動物ってガスで殺すんだろ」
 
 聞くに堪えないというのはこういう言葉だ。
 俺の名前は羽根部(はねべ)孝樹(こうき)で生徒会長でここにいる生徒会役員たちと編入生と同い年だが常識が違うらしい。これ以上になく不快になる話題をどうして笑って話せるんだろう。
 
 せめて、猫が問題行動を起こさないように生徒と接触しないで済むように考えて実行するべきだ。
 保健所に行く前に誰かの実家で飼われるかもしれないし、保健所ですぐに殺処分されるわけではない。引き取り手があれば悲しいことにはならない。もし仮に最終的に最悪の結末になったとしても軽く話題にするべきことじゃない。
 
 編入生が猫に引っかかれて猫が嫌いだとしても俺は猫が好きだし尊敬している。
 猫が好きな人間がこの場で居ないという前提もないのに軽率な発言はやめてもらいたい。
 
 編入生の座るソファの背もたれ部分を蹴り飛ばしながら「黙れ。さっさと出てけ」と口にする。
 あまり賢いとは言えない自分の言動に本当は頭を抱えたいが、懇切丁寧にこの場でそんな話をするのはおやめなさいなんて語れる冷静な人間じゃない。風紀委員長である雉間がいれば諭しただろうが、俺に出来るのは不快発生装置を強制的に追い払うことだけだ。
 
 俺がそんな話は聞きたくないと大声で訴えないと分からないというなら顔を合わせたくない。
 猫どうのではなく性格的な相性が悪い。
 人の地雷を踏むのが好きな人間というのはいる。編入生もそのタイプなのかもしれない。
 俺を怒らせようとして煽っているとしか思えない言動をわざわざ生徒会室内で繰り返す。
 死ね、消え失せろと呪詛を吐く俺が大人げなく子供の口喧嘩をしているみたいで振り返って落ち込んでしまう。
 
 生徒会長の席に座って溜め息を吐く。
 
 誰かがというか俺以外の役員たちがみんなどこかビクッと身体を震わせた。
 他人にプレッシャーをかけようと思ったわけじゃないが、役員たちのオトモダチな編入生を追い出して溜め息を吐いていたら圧力をかけていると受け取られるのかもしれない。
 
 自分の行動を振り返って反省できるのに同じことを繰り返してしまう。
 後悔はしても反省はしていないんだろうか。本当は俺は俺のままでいいと開き直っているのか。
 
「もうぉ、かいちょってば、そんなに怒らないでよぉ。はいはい、コーヒーあげるからぁ」
 
 会計が困り笑顔で俺に渡してきたのはブラックコーヒー。
 
「いらねえよ」
 
 口にしてから、牛乳を入れてこいと言いたかったと後悔する。
 コーヒーは嫌いなわけじゃない。ただ何もなしに入れたてのブラックコーヒーを飲む習慣はない。ケーキとか甘いものがないのにコーヒーが無糖で熱いとなるとすぐに飲めないので困る。カップを机に置きっぱなしにすると万が一倒れて中身がパソコンや書類にかかってしまう。
 
「よぉ」
 
 やってきた風紀委員長である雉間は「外まで聞こえてたぞ」と言いながらコーヒーを持って立ちっぱなしになっていた会計に「冷えたミルクとセットで出してやれ」と笑いかける。
 
「羽根部会長は高貴な方だって言っただろ。熱いものは口にしないが冷めているものも好まない。自分で温度を調整するためにミルクが必要なんだってさ」
「うぇ〜、マイルールが酷いよぉ、かいちょ〜」
「そうか? この話、中学とかでもしただろ? 孝樹のコーヒーへのスタンスってずっと同じだぞ」
「いちいち覚えてるのは雉ぐらいです。ぼくたちは会長のコーヒー係じゃありません。会長のことだけ考えてコーヒーを作ってるわけじゃないんです」
「ん、これは副会長がいれたのか?」
 
 副会長が「大輝にあげたついでです」と言っているのを聞いているのかいないのか雉間はコーヒーに口をつける。何を考えているのかと問いかける前に「飲める温度だ」と笑って手渡される。
 
 雉間の圧に負けるようにしてコーヒーを受け取って飲む。
 たしかに熱いが躊躇するような熱さじゃない。
 飲み干してからにしたカップを会計に渡して副会長に「ごちそうさま」と告げると「おいしかったって言えないんですかっ」と返された。
 
 直前に保健所の話なんかをしていなければきっと美味しかっただろう。
 猫の捕獲が必要だとしてもその先をすぐには考えたくないこともある。
 考えることが必要になっても笑い話ではない。
 
 不快な気持ちが少し戻ってきてしまう。
 
「何かあったか?」
 
 雉間が察したように声をかけてくれるが何を言えばいいのか分からない。
 そのうち、書面にして渡すと伝えると微妙な顔をされる。会計が「フラれたぁ」とよくわからないネタで雉間を茶化す。
 副会長は「あれですよ、猫の話ですよ」と俺が書面にすると言っている話題をバラしだす。
 こいつら、頭が悪いんじゃないだろうか。
 
 
2018/01/16

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