答えはニャーしか出てこない | ナノ

  14:目の前に居る!


 他人に抱きしめられた経験は、ほぼない。親にだって抱き上げられたことは少ない。忙しそうだからと遠慮していた。弟たちがいたから甘えていた時期は短かっただろう。記憶にあるのは伸ばそうとする手をおろすところばかり。寂しさを感じても耐えるのが正しいことだと思い込んでいた。吐き出せない気持ちが消えることはないのに強いふりを続けていた。そうしないと胸を張って立っていることができない。
 
「わかってると思うけど、俺は孝樹を性的な目で見てるから」
 
 ココアを飲み干してテーブルにカップを置く俺を、はねちゃんではなく孝樹と呼んだ狗巻風見。
 いっくんと呼ばずに俺も風見と返すべきなんだろうか。
 緊張しすぎて心臓が痛む。きっと顔は赤く染まっている。
 
「孝樹と友達づきあいするつもりはない。悪いんだけど」
「悪いなんて思ってねえだろ」
「友達から性的な目で見られて平気だって言うなら」
「平気じゃない」
「だろうな。でも……」
 
 何か考えるような姿に「嫌だったら部屋に呼ばない」と口から出た。部屋で待っていてもらった時点で全部の許可を出している。触れられたり近づかれるのはまだ少し落ち着かない。驚いているだけで嫌なわけじゃない。今まで誰ともなかった距離だから、体も心もビックリしてる。でも、嫌なわけじゃない。
 
「脅すように距離を詰めるのは乱暴だよな。いっくんって呼んでもらうだけで初日は我慢しろって話だ」

 引くような素振りを見せられて思わず抱きつくように相手の腕の中に倒れ込んだ。未だかつてない状況に身体が硬直する。人と近い距離にいるのは落ち着かない。好意的な対応ではなく耳元で嫌味や皮肉を囁かれることが多かったので不快感が先になる。無意識に距離を取ろうとしてしまう理由が今までの生活の中にあったのだと思い至ると自己嫌悪に苛まれる。
 
 ロクでもない人間と関わりすぎたんだろうか。生徒会長であることは盲目的に支持される一方で、理由もなく、いけ好かないと敵に回られる。いっくんを信頼しているのに身体が距離を置こうと後ずさりたくなる。色恋の緊張感じゃないものが気づかないうちに俺にべったりと貼りついていた。
 
「はねちゃん、がんばりすぎ?」

 からかっているようでいて真剣な声音に息を吐き出す。はねちゃんと呼ばれるのも、孝樹と呼ばれるのも嫌いじゃない。近くで聞こえる息遣いに安心する。早くなっていく心臓の鼓動も、体の緊張感も、嫌いじゃない。他人と近い距離で発生する不快感よりも、この先、自分がどうなるのかで頭はいっぱいになる。

「か、かざみ」
「孝樹、一度心を許した相手に甘すぎ。心配になるレベル」
 
 呆れるように言われても怒りは浮かばない。俺が言わんとすることを受け取った上での返事だと分かるからくすぐったい。言葉を握りつぶされないというのは泣きたくなるほど心地いい。胸がいっぱいになる。けれど、俺もどうしたところで羽根部孝樹なので、虚勢を張ってしまう。作り上げた強気な仮面を脱ぐことができない。
 
「心を許されてるって自覚があるなら、手の内を明かせよ」

 喧嘩腰になっていると口から言葉が出た後にわずかに後悔する。いつもの悪癖。分かっているのに止められない。弱い自分と上手く向き合えない。

「手の内ってほど、隠してることもないけど」
 
 そう言いながら風見は俺の手を自分の股間に持っていく。ずっしりとした質量に驚いていると「まだ勃起してねえから」と告げられた。
 
「使うなら、無理させることになるから早めに言っておかないとって焦ってた」
「デカいことを?」
「これはこれで俺にとってはコンプレックスなんだよ」
「フラれた?」
「言いふらされるのとセットで」
 
 冗談っぽく言っていても傷ついているのが分かる。それでこれが等価交換なのだと気づいた。俺が昼休みに校舎裏でニャーニャー鳴きながら泣いていたことと同じだけの秘密を明かさなければならないと思ってくれたからこその、告白。俺への性的な興味の吐露もまた、話をこちらに持っていくため。自分の手を振り払って拒絶するなら、追うことはないと告げられているようで切なくなる。
 
 抱え込んで見せたくないもの。見られたくないというよりも望まない指摘を受けたくない。そっとしておいてもらいたい部分。
 
 俺の言動の一つとっても、もうこの年齢までこうやって生きてきたのであれこれと指図されて直るものじゃない。生徒会長になったことで他人との接触は減って、気難しさに拍車がかかった。前会長はそれでこそ会長として一人前だと褒めてくれたので、キャラの変更だって考えていない。
 
 でも、好かれない人間だと自分のことを下げて考え続けるのは苦しい。
 両親のいらない部分を集めた失敗作だと自覚があっても、自分を低く見続けたくない。
 
「俺で、ほんとうに、勃起するのか……?」
 
 性に関係することは、とてもデリケートだ。言わないでいいならずっと言いたくなかったことだろう。今日の出会いは俺にとっていいものだった。だから、いっくんにもいいものだと思って欲しい。
 
「触られるの、気持ちいいか?」
「孝樹の、その、さわりかた」
「痛い?」
「くすぐったい。なんか恥ずかしい」
 
 気持ちよくなって欲しい。気持ちよくさせたい。
 そう感じるのは間違いじゃない。勢いじゃない。
 
 
2018/03/07

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