答えはニャーしか出てこない | ナノ

  13:居すぎて困る?


 猫の愛らしさを羨む気持ちは、ないものねだりの仮定が前提。そう思っていた。自分も素直に人と接することが出来たならという憧れ。自分には無理だと諦めているからこその気持ちだ。
 
 学校に住みついてしまった猫という性質と時間的な問題で今日は動物病院に預かってもらった。
 雑事を処理するのは生徒会で、俺は生徒会長だ。猫に関することは全部、生徒会預かりということにした。
 今後のことを教師や理事に伝えるというか、訴えるものは冷静であるのか気になった。
 
 外を見ると日は落ちて風は冷たくなり始めていた。
 
 自分の中にいつだってヒステリックな父や母を見つけて、喉がグッと狭く縮こまる。そのつもりがなくても緊張からこわばった俺の顔は人の目か見るとふてぶてしく傲慢に見えるという。顔立ちや雰囲気は持って生まれたものだ。弟二人のように一歩引いて穏やかに生きられないのは、俺自身に問題があるとしても、割り切っていくしかない。
 
 自分自身に与えるマイナス評価に沈み込むのは精神的にゆとりがあるからかもしれない。
 鍵のない状態で自分の部屋の前に立ってみれば、これからのことは猫のことも含めて明日に回している。俺の頭の中にあるのは自分の部屋の中にいる狗巻風見、いっくんだけだ。
 
 もし部屋に居なかったら、もし全部が嘘だったら、そういった悪い予想をして悲しみに備えている。それは悲しくて不毛だと自分自身でも思うのにやめることが出来ない。自分というものに自信がないんだろう。
 
 部屋に誰も居なかったら相手の部屋に押しかけるぐらいの大胆さは持っていい。すでに交際が知れ渡っているなら、恋人として当然の権利だ。
 
 部屋の前で居なかった場合の次の自分の行動を想像できて心が楽になった。
 校舎裏でうずくまるように部屋の前でうずくまるなんてことはしない。部屋の中に居ても居なくても俺の鍵はいっくんが持っているのだからこのままだと自分の部屋に帰れない。
 
 扉をノックして、すぐ横にインターフォンが設置されているのを発見する。
 恥ずかしさを押し殺してインターフォンを押そうとする俺に「何してるんだ」とかかる声。
 横を向くと雉間だった。風紀委員長は生徒会長と部屋が隣だが、放課後に作業が終わって帰る時間は違うのでこの時間に顔を合わせることはほぼない。
 
「なにって、見てわかるだろ」
「鍵は? 自分の部屋のインターフォンを押すなんてありえないだろ」
「ありえないって、失礼な決めつけだと思わないのか」
 
 険がある返事になってしまうのはタイミングを邪魔されたからか、雉間に対して向かい合えないからか。雉間が俺のことを嫌いだとするなら俺も雉間のことを好きになれない。勝手な話だが、友人だと思っていた相手から突き放されて平然としていられる人種じゃない。
 
 俺は自分を傷つける人間を好きになれない。
 
 ショックな気持ちが落ち着けば怒りや不快感や距離を置きたいといった感情が強くなる。長く付き合っていた友人という感覚があるので、ちゃんと話はしたいが今日じゃない。
 
「まさか、誰かが部屋にいるとか言わないよな?」
「……なんだ、その言い方は」
「生徒会長として書類には全部目を通してるだろ。規則とかも」
「当たり前だ。……一般生徒を役員の部屋の中に入れる行為は原則禁止の一文はあるが、それがなんだ」
 
 誰も守っていないような文言だ。
 部活の予算案や新しく購入する備品などの内訳や行事の日程などが変なタイミングで露見する可能性があるので、一般生徒を自室に入れないというのが役員の禁止項目にある。これは形骸化したみんなが無視していることの一つだ。
 
 一般生徒よりも広い役員の部屋で複数人が集まって騒いだりしないようにという予防と書類や生徒会で公式発表前の情報の流布は禁止というだけだ。
 
 禁止の条文ができた以前のように自室で作業する役員はいないので、友人や恋人と自室で会うのは問題ない。
 
「恋人が出来たら急に友達甲斐がないな」

 そんなつもりはなかった。
 耳の奥で「お前は本当に嫌な人間だな」と付け足された気がして胸が痛む。
 人に嫌われたり、どう思われようとも自分は自分だという猫のようにハッキリとした価値観を持っている人もいるかもしれない。俺はそうじゃない。揺らいでしまう。冷たい視線も態度も好きじゃない。自分は無意識に他人にやってしまっているかもしれないのに俺にはやめろと叫びたくなる。弱すぎて恥ずかしい。

「そっちが難癖つけて帰宅を妨害してるんだろ」

 聞こえた声の主を見る前に玄関に引っ張りこまれた。

「いっくん」
「はねちゃん、おかえり」

 雉間と話している最中だとか、雉間にひとこと何かを言うべきだとか思い浮かびはするものの「ただいま」と口にしたら靴は自動的に脱いでいた。廊下に戻ろうという気持ちにならない。どうしても用があるならインターフォンでも鳴らすだろうと他人行儀なことを思ってしまう。
 
 悩みは全部、明日に回してしまいたい。

「真面目に取り合う必要ないって。屁理屈こねてイジメてきたら楽勝で反撃できるだろ、はねちゃんなら」
 
 普通なら嫌味だと感じる部分だが、信頼からだと素直に思える。嫌味や皮肉を口にする意味がない。無駄なことをいっちゃんはしない。
 
「あまい、においがする」
「ココアを喜んでたから、勝手だけど鍋で温めてた。……動物病院にすんなり診てもらえなかったんだろ?」
「噂が早すぎる」
「聞いた話だと、たらい回しにされて猫は死にそうとか」
「受け付け時間の関係で診てもらうまで時間がかかっただけだ」
「変にドラマティックなものを求めんだよな。話題がないから」
 
 それにしても猫が死にそうだなんて縁起でもない。
 
「猫は元気だ。レントゲンで見えないものを誤飲してる可能性もあるから預かってもらってる」
「急変してもここから病院は遠いからな。はねちゃんはよく考えてる。はい、お疲れさま」
 
 お湯で温めてくれていたらしいマグカップにココアを入れて渡してくれた。
 室内に漂う甘いココアの匂いと温かさに心がほぐれる。
 
「……あれ、味が違う?」
 
 一息ついて、カップを見る。
 昼間にもらったココアのカップがゴミ箱の中に見えるのに味が違って感じる。
 
「気のせいだと言いたいところだけど、大正解。はねちゃん、さすがだ」
 
 テーブルに置いてあったのはチョコレートだった。
 
「甘い方がいいかなっていう気持ちからのプラス」
「お疲れさまのプラス?」
「アレンジいらねえって言われても傷つかないけど」
「そんなこと言わない」
 
 言えないの間違いだ。いつもの自分なら悪態をついて相手を不快にさせたりしたかもしれない。別にそこまで気を回さなくていいという意味で相手の行動を否定する言動をしてしまう。素直に喜んだ方がお互いにとって気持ちのいい時間になると反省するのは相手の反応を見てからだ。言わなくてもいいことを口にして、やらなくてもいい動きをしてしまう。
 
 きっと自信がなかったり、心が狭かったり、優しく強い理想的な人間になれていない自分を知るからだ。
 
 理想的な立ち振る舞いができない歯がゆさやストレスを今は感じない。
 
「おかわりもあるから」
 
 鍋の中にある残りを飲んでいいと言われるのは俺の中で驚きだった。
 ココアは実家でいくらでも飲む機会があった。
 でも、鍋で作ってそれを飲む場合、俺は二杯目を一度も飲んだことがない。
 母がいつも兄弟にピッタリの量を作るというよりは弟たちが飲んでは継ぎ足し、飲んでは継ぎ足しとココアを持っていく。俺にとっておかわりはカップが空になってから新しく入れるものだ。思い返せば要領が悪いのひとことで終わるんだろうが、こういうどうでもいい後悔が俺の足を引っ張っている。
 
「チョコなしでもチョコ増量でも。すぐに飲んでもいいし、明日でもいい」
 
 好きなものを好きなタイミングで好きなようにと渡された選択肢はココアそのものよりも甘く温かく嬉しい。自分自身で感じていたよりもずっと俺は飢えていた。優しさが、味方が、愛情が、どうしようもなく欲しくて、手に入れ方が分からなくて、ニャーしか出てこなかった。
 
 
2018/02/24

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