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×××:愛する彼がいること、それはとても幸福なことだ。


 そいつは彼を娶った自覚しかない。
 それは幸福なことだ。

 そいつは彼に愛した覚えしかない。
 それは幸福なことだ。


 そいつは彼を愛することが幸福だと理解する日は来なかった。
 不幸と幸福という概念がそいつにとって自分とは関係しない他人事だったからだ。


 愛する相手に煮え湯を飲ませ続けてそいつはすべてを失った。
 自分の伴侶という宝物。

 王族が国民の四割をしめた小さな国は呪術で成り立っていた。
 呪術とは祈りであり、まじないであり、宗教であり、医療であり、政治だ。
 そいつは王としてその全てを極めていた。

 王族たち呪術者は世界全体の調和を考えて人間を殺したり、生かしたり、殺したりした。
 結果、呪術者たちもまた世界から殺された。
 これは当然の結果だ。
 訪れるべき終焉の形。

 呪術一切いなくなるのはそれはそれで世界が立ちいかない。
 そのためそいつは便利な道具として彼を使った。
 最初から最後まで道具だと思って接していたのなら幸福などなかった。
 そいつにとって幸せは他人事のままだった。
 自分は世界を調律する歯車だと思っていたそいつは子に笑いかける彼に幸福を感じた。
 子を産むたびに苦しむ彼の姿を美しいと思い、愛を感じた。
 文字通り彼が身を削り自分のために行動してくれることが何よりも幸せだった。
 
 一度味わった幸福感は二度、三度、四度と味わいたくなるもので際限なくそいつは彼から幸せを得ようとした。
 
 彼は子を作る機械ではなくそいつの幸せを作り上げるための機械に成り果てた。
 一方的に搾取するそいつだけの幸せが彼を蝕むことを理解したのは何もかもを失った日だ。
 
 城の中に居ない彼にそいつは裏切られたと思った。
 自分が幸せを得ていたことで彼にも幸せを与えていたつもりでいたのだ。
 それが違っていることは彼の残した大量の子供たちが証明していた。
 
 一度に二人三人四人も産むことがあった彼は言葉を覚えてからそいつに苦痛しか訴えていなかった。
 薬による短い期間で妊娠出産は彼の体と心を壊したが幸福感に酔いしれたそいつは気づかない。
 あるいは自分のために壊れていく彼に幸せを感じていたのかもしれない。
 彼の悲しみも怒りも絶望もそいつが独り占めできたのだからこんな幸福なことはないのかもしれない。
 自分の与える苦痛により変わっていく彼を見つめることこそが幸せなのだと意識が変化したのなら彼の最期は当たり前のものだったかもしれない。
 
 来るべくして訪れた終わりをそいつがどう思ったのかは知らない。
 ただ当然、呪った人間はいる。
 彼のその最期を悔やんで憎んで呪った人間がいる。
 彼を終わりに向けて走らせたことを許せないと思った人間がいる。
 この世界の人間すべてを呪い殺せるほどの強い呪い。
 
 呪術の国の王族の秘匿した神秘。

 彼はそいつに娶られた自覚がない。
 彼はそいつに愛された覚えもない。
 彼はそいつに必要とされたとも思っていない。
 
 けれども事実、そいつは彼を娶り愛し必要としていた。
 それはとても幸福なことだった。
 彼を手に入れたそいつにとってだけ幸福なことだとしても幸せも愛も存在していた。
 そいつに彼の愛が向けられることがなくても自分の中に愛を育めたそいつは幸せだった。
 愛する相手がいるということは何かを呪うだけの人生よりも幸せだ。

 少なくとも呪術の国ではその考えが一般的になっている。
 呪い呪われる生活の中で愛することができる相手を見つけることが生まれてきた意味。
 誰かと愛を分かち合えるからこそ生き続けることができる。
 愛する彼がいること、それはとても幸福なことだ。


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