≫アンケート ≫拍手 ≫文章倉庫

閑話:愛より尊いものはこの世にない。


 アカツキを国に迎え入れて数日、なぜかルナールとサクールが怒り狂っていた。
 
 ルナールの怒りはわかる。
 もっと質素な生活を心がけろといういつもの小言だ。
 普通の食事はアカツキの胃の調子を考えて控えているがこれは建前だ。
 個人的にアカツキが身悶える姿を見たいからわざわざ通常は使わないナールングを常用させている。
 絶妙にイヤな顔を見せてからそれを隠すように顔を下に向けるのが愛らしい。
 ダイヤモンドを火にくべるようなことをするなと何度か言われたが宝石を燃やして得られる炎が必要なのだから構いはしない。
 これは物事の優先順位のつけ方の違いだ。
 
「アルバカはバカだから薬を生成するのに使う年月の計算ができねえのか!?」
「……アカツキの健康状態が第一であるだけでルナールの言葉を軽く見たわけではない」
「どうせバカだから呪殺で稼げばいいと思ってるだろ? 薬売りのほうが着実に確実に堅実に稼げるからな!!」
「ルナールが私に何かあったら困ると心配してくれているのは理解している」
「テメーが誰に逆恨みで殺されても知ったことじゃない。けどな、俺には俺の契約がある」
「逆恨みというのなら誰かを治療し延命させても同じことだ。治しても殺しても私たちは恨みを買う」
 
 口に出してからアカツキの態度を思い出す。
 具体的には指摘できない違和感がある。
 あえて言葉にするのならそれは馴染みのある「呪術」になるのかもしれない。
 けれど確証はない。
 苛立ったルナールと冷たい目をしているサクールを試すつもりで「アカツキは何かに呪われているな」と口にする。
 場合によっては早急に解決できるかもしれない。
 
「死にかけボロ雑巾に大枚つぎ込んで使い物になると思ったら呪われ物件かよ。大ハズレじゃねーか。じめ国的に呪いって薬物による洗脳じゃねえのか」
「毒殺も呪殺の内に含めることもあるが呪いというのは思念の力だ。執着心は時空すら凌駕する神秘を見せる」
「メカ国が不確定要素として一目置いてる技術でも呪術なんて正直、信じちゃいない」
「信じようと信じまいと呪いと祝福は表裏一体としてどこにでもある」
「その理論がよくわかんねえっての」

 よくわからないものとして理解を放り投げるルナール。
 獣人では人間の繊細さに共感できないかもしれない。
 呪いは獣人に効きにくいとされている。
 姿かたちだけではなく獣人は人間と違う。
 だが、獣人であることだけで起こる不自然さではない。

「アカツキは時折、言動が繋がらない」
「テメーの理解力が足りねえって話か。威圧して脅したのか?」
「気持ちよさそうにしてくれていた次の瞬間に何かに怯えて体の感覚が閉じている」
「……自分が下手くそで独りよがりだって? アルバカあるあるだな」

 わかったような顔でルナールが頷くが問題はアカツキ自身にある。
 その主張は受け入れられそうにないので何か言いたそうにしているサクールに声をかける。
 何か言いたげなサクールをこれ以上無視するわけにもいかない。
 サクールのことなのでこちらから問いかけなければ永遠に口を開かないだろう。
 アカツキも案外そういうところがあるかもしれないと思うと和む。
 
「なぜアルバさまがお世話をなさるのですか」

 サクールと会話をするのが億劫になるのはこういった明々白々なことを聞きたがるからだ。
 考えればわかることを腹の中に溜めているのはなんとも愚か。

「アカツキがかわいいからだ」

 それ以外の理由らしい理由はない。
 もう少し踏み込んで口にすると「私がそうしたいからだ」ということになるがルナールの尻尾に何かを投げつけられる可能性があるので控えている。ルナールは自分をよりよく見せるような言動を心がけろと小うるさい。

「それはどういった意味合いでしょう」
 
 サクールとの問答は無駄なことが多いがルナールも聞きたそうにしているのできちんと答えることにする。
 癇癪を起したルナールが尻尾で床に穴をあけたことがあるので無言は最善じゃない。

「私以外がアカツキを孕ませないようにするためにはそばにいるのが一番だ」
「それは我々を信用されていないということでしょうか」
「サクール、誤解するな。私は私を含めて何一つ信用していない。あえて言うならアカツキの反応が私にとっての指針だ」
「理由をお聞かせください」

 理由も何も言葉以上のものはないがサクールは理解しないらしい。
 人間同士でも理解しあえないのだから人間と獣人の間に壁が出来てしまうのも当たり前だ。

「私がアカツキを優先する理由など愛以外に何がある」
「なら、ちゃっちゃっと孕ませればいい。伴侶ってことは了解の上だろ? この国の状況も説明したんなら獣人としてやるべきことは分かってるはずだ。野良じゃなくモフ国の出身だからその辺は平気だろ」

 サクールがルナールに話題をとられて微妙な顔をするが立場上、自分の発言権はないと思ったのか黙ってこちらの反応を待った。
 ルナールは父の所有物だ。
 立場としてはサクールよりも遥かに上になる。
 
 所有物という言い方は物扱いだとルナールには怒られるが獣人は人間の国であらゆる権利を持たない。同時に義務も発生しない自由な存在だった。
 
 けれど、人間がそこに寄り添うことにより獣人に義務や権利が発生する。これを契約と呼ぶ。
 
 個体ごとに各国で扱われ方が変わるがそれを抜いても獣人は権力者に所有されれば地位も生活も安定する。
 これは昔からずっとのことだ。
 ルナールのように自分から人と人の間を動き回る獣人は稀であり基本は家や場所に居つく。
 仕事人として活動しても獣人はやはり人とは活動の仕方が異なるらしい。
 
 人の求めに獣人が答えるべきだというルナールの意見はもっともなのかもしれない。そうすることで獣人たちは自分たちの権利を主張できるようになっていた。率先して自身が出来ること行うことを義務とする獣人の姿勢を食い物にしようと思うほど人間は野蛮じゃない。仮に獣人を貶めようと行動する人間がいたとしても自浄作用がある。
 
 獣人が獣人を罰することはあまりないらしいが人間が人間を裁くのはありふれている。
 とくにこの国においては日常的に行われている。
 
 アカツキが何かを訴えたがっているのは間違いない。
 そして出来るなら声なき声であったとしても無視したくない。
 これも感性が豊かである人間として当然の感覚だ。
 獣人であるルナールから賛同を得られなくても簡単に方針を変えることはない。
 こちらの意志の強さを感じたのかルナールが呆れたように腕を組んで溜め息を吐く。
 小柄だからか自分を大きく見せるようなルナールの仕草は慣れ親しんだものだが横柄に見えるからかサクールが眉を寄せた。
 元々、サクールは獣人をよく思っていないのかもしれない。
 
「アルバが見かけによらず変態だけじゃねーってのは認めるけどな。さっさとやることやっちまうのも優しさだ」
「魔女の精神支配は思ったより軽いが肉体の異常は……いや、そうか。逆か」
「なんだって?」
「正常ではない状態に置かれ続け異常を正常と誤認識している。自分が健全な状態に置かれていることに逆に不安感を覚えるのも道理だ」
 
 一人で納得してうなずいているとルナールから「ちゃんと説明しろ」と言われた。
 アカツキが前触れなく怯えた目ですがってくる原因が理由のない不安感なら時間が必要かもしれない。
 国のことを考えるなら悠長なことを言っている場合ではないかもしれないがアカツキよりも優先するものはすでにない。
 
「そもそもどうしてアレにしたんだ」
「死なないと思ったからだ」
「今にも死にそうだから逆にってことか?」
「いや、自分からアカツキが私に触れてきた。それが不快ではなかったし恐れも感じなかった」
「各国に流れる死の訪れを呼ぶ漆黒ってバカみたいな異名のうわさを知らなかったってだけだろ」
「どうだろうな。私の二つ名が漆黒であることは知っているような素振りがあったが……だが、説明が不足していたなら考慮しよう」
 
 言葉が少ないという指摘はルナールから再三もらっているのでアカツキから聞かれたことは出来るだけ答えるようにしているが不十分かもしれない。
 
「まあ、噂を知っていても実際のアルバロード・P・メーガッダンリクのことをはちゃんと理解させているのか。問題はそこだ」
「相性はいいと思うが?」
「自己評価あまいから当てにならねえなぁ」

 失礼なことを言ってくるルナールだがいつものことだ。
 見下しているというより父や兄のような気分から言葉が気安い。
 サクールの機嫌が急降下しているのが目に見えるがいちいち気にするべきじゃない。

「わざわざ獣人を嫁にしたことの意味を理解させないとアルバカは本当にただのバカだ。優しさが優しさじゃなくなる。獣人は獣人で人間じゃない。仮に獣人としての感覚で動いて人間から裏切りだって思われるのは双方にとって不幸なことだ」
「価値観のすり合わせが必要というのは至言だな」
「獣人に結婚なんかの人間的文化はないからな。メカ国にいたことを考えるとなおのこと未知の文化だ」
「なるほど、考慮しよう」
「考慮じゃねえよ。実行に移せよ」
 
 ルナールの気持ちが反映されているからか五つある尻尾のひとつが勢いよく動き回る。
 危険だと思ったのかサクールがこちらに視線を向けてくる。
 
「国としての方針と私の優先順位が噛み合わないのは今に始まったことではない」
「開き直るなっ。……メカ国のシステム反対派にあたる運命教徒と同じ意見か? 滅びるならそれもまた運命って」
「この国の終焉は巡り巡って世界の終わりだがアカツキがそれを望むとは思えない」
「アルバの中にある確信がこっちにはさっぱりなんだよ」
「……これはこの国の王族でなければ共感しようもないことだ」
 
 サクールもまた理解できていないのだからルナールが獣人であることは関係ない。
 この国の王族は延々と聞こえ続ける怨嗟の声に心を壊す。
 そういう風に出来ているので誰もが心を守るすべをそれぞれの方法で探し続ける。

 呪術者は善人であり続けることは出来ない。
 呪術に関わる限り人の闇に触れるのだから善も悪も知らなければ扱えない。
 
 こうして話している間にも耳元で囁かれるように世界を呪う声が聞こえる。
 けれど、アカツキに触れている間は呪いの声は聞こえない。
 アカツキの吐息だけを聞き取れる。
 それはどうしようもない幸福だ。
 アカツキが同じ気持ちを持っていないのは知っている。
 だからこそ、これからアカツキを幸せにするためだけに行動をしていくつもりだ。
 呪いなどないとルナールは鼻で笑うかもしれないが今も確かに聞こえる。
 世界を呪い自分を呪う嘆きと嘲笑と絶望の声。
 これは祖先が積み上げた業なのか、自分が向き合うことになる未来なのかまだわからない。
 ただ愛だけが呪いを打ち消す唯一の手段だと昔から言われている。
 つまり、愛し合えたならお互いの呪いは消えるのだから簡単だ。
 アカツキに愛される努力の過程で国が消えるならそれもまた運命として受け入れる覚悟はある。
 愛より尊いものはこの世にない。


≫拍手 ≫文章倉庫
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -