008:間違いなくこいつが人間の心のない鬼畜野郎だと、思い出す。
口を開いたオレをメカメカ国の王女が蹴ったり悔しがる姿を見せたからこれはおかしいという話になったにしては真っ直ぐに浴室に来た。
オレの世話役になるだろう人間が鞄を持ってきた以外に会話をした様子はなかった。
いつ王女の立ち回りがおかしいことを知ったんだろう。
人間が獣人の感知されずに会話をするなんてありえるんだろうか。
オレの疑問に答えているのかいないのか「誓約書を出しただろ」と言われた。
「心当たりがないという顔をするな」
頭を押さえつけられ湯船に沈められる。
人を吐かせて痛めつけるいつものやり方だ。
手が退けられたので思いっきり空気を吸おうとして失敗して咳き込む。
「……思考速度が遅いのは魔女がかけた呪いのようなものか」
「のろい?」
「毒を盛っていたと白状していただろう。あの魔女のことだ一種や二種じゃない」
「つまり?」
「おまえは頭が悪い」
淡々と無表情で言ってくるのはオレの内心での罵倒が見抜かれているからだろうか。
お前よりはマシだと返さないだけの理性はあるが「知らないことは知っていけばいい」と言われて「バカな」と思わず口から出てしまった。
未だかつてない優しい意見に信じられない気持ちになる。
本当にアルバロード・P・メーガッダンリクだろうか。
「アホなおまえにも分かるように説明してやろう」
「おねがい、します」
「アカツキがいたのは希少獣人預り所だ。この国はおまえたち獣人の国から子供を大量に引き取った」
それは知っている。
メカメカ国が自国民のためにモフモフ国からオレたちを貰ったことは連れてこられた獣人はみんな知らされていた。
「本来、希望者に無料で渡す国主導の計画だったらしいが汚職事件により財源に穴が開いた。そのため獣人を競りにかけて国民から金を巻き上げることにした」
メカメカ国の人間に機械だけじゃなく生き物と触れあえという国からのプレゼントが有料になりましたという話だ。
オレに関係あるとは思えない。
オークションで人気がなかったからオレが居残り組になり酷い扱いを受けた事実は変わらない。
「獣人に罪はないし汚職事件自体もシステムの企てた国民を楽しませる行事の可能性もあったから重くとられることはなかった。競りにかけられた獣人たちはすぐにこの国の人間たちに引き取られた」
知っていることなのでうなずくと湯船を手ですくってオレにかけてくる。
不思議と痛みを感じない。
爪や身体の節々はいまだに痛むが湯船の香りがスパイシーで危険なものから変化している。
甘くていい匂いだ。
「競りにかけられた獣人たちは人間と暮らしている、すべてだ。競りにかけられた獣人たちはすべて貰い手がいた」
すべてを強調されてもオレを含めた獣人たちが大量にまだ部屋に残っている。
一気にオークションが始まらなかったということだろうか。
「あの魔女が獣人たちを競り落とし再転売をしはじめた。子供を育てるよりも一定の年齢になってからの方が扱いやすい。使用人や護衛として働いてもらうなら無教養では使えない。かといって獣人の国から教育係を呼ぶのは費用対効果がよくない」
たぶんメカメカ国の王女が獣人を教育して再度オークションに出すという取り決めがあったんだろう。
オレを含めて教育などされずに放置されていたが、ちゃんと面倒を見ると言いながらお金をもらって育てることなどしないという悪質な詐欺を働いていたということなのか。王女なのにお金に汚いのか。
でも売れ残りでこの年齢まで貰い手がいなかったわけじゃないのは単純にものすごく嬉しい。
平凡だから貰い手が現れないなんて幻想だったんだ。
オレはハメられていただけで愛されうさぎさんとしてどこからでも引っ張りだこに決まっている。
「魔女はあえて獣人たちを教育せずにいることで国民たちが自発的に獣人とかかわりを持つという持論を以前から展開していた。愚鈍で使いようもない獣人を手に入れて悦に浸っていた知人がいるので発想自体は間違ってもない」
貰い手が早くついた平均以下のやつらを思い出す。
やっぱり何もできないほうがかわいがられるんだろうか。
「不幸になることが幸福への第一歩だと魔女は独自の哲学で動いていた」
「システムとして、は、だめ、なことを」
「そうだ。システムに行動の是非を問えば確実に却下されるだから虚偽の報告を行い続けたようだが、システムも無能ではない。私の方に第三者として確認の依頼があった」
じめじめ国として王族の数を増やしたいのでオレと顔を合わせるのは悪くなかったのかもしれない。
ドSだからオレのところにやってきたのではなくじめじめ国の王子様だからこその行動らしい。
「床に這いつくばっているのは本意ではなさそうだったから魔女が虚偽の報告をしていると誓約書と共に抗議文を添えて連絡しておいた」
また誓約書という言葉が出てきた。
「部屋から連れ出すときに書類に拇印を押しただろ」
「かも、です?」
「伴侶になるという誓約書のほかに名前の申請もそこでした」
「はんりょ? はいりょ?」
「配偶者、一生を共にする間柄になる相手のことだ」
なんでそんな勝手なことをされているのか理解できない。
じめじめ国に連れて行かれるのは婚姻関係にならないといけないんだろうか。
それなら以前に逃げ出してものすごく怒られたことも腑に落ちる。
獣人としての自由な権利をオレは失っていたことになる。
オレが相談もなく逃げたら裏切り行為だと思って激昂されるかもしれない。
パートナーになった自覚などなかったけれどオレは知らない間に王族になっていた。
「伴侶である私がアカツキは被虐を好んでいないと証明を出したから、魔女は言い逃れが出来ない。システムを騙す行為はこの国では重罪だ。魔女には地獄を見てもらう」
「それは、おおだすかり、です」
オレはうんうんと首を縦に振る。
王女には酷い目にあわされた。
国の総意ではなく個人的な考えでやっていたなら罰はしっかり受けてもらいたい。
でも、王女の嘘をメカメカ国に教えるだけならオレの伴侶になる必要はないはずだ。
王族を増やす行為は愛などなくても出来る。
「血の巡りが正常に近づいてきたな。アカツキ、尻を出せ」
以前からずっと行為に移る際は唐突だった。
会って数時間もせずに他国の浴室で子づくりをしようとするなんて、どうかしている。
「直腸から直接栄養を補給した方が体調は早く戻るだろう」
倫理観がおかしいのかと思ったらオレを労わるつもりらしい。
甘い湯船の香りに騙されてオレは浴室の床で四つん這いになる。
身体が火照っているから浴室の床が程よい冷たさで気持ちいい。
オレが吐いたものは排水溝に流れていったのか見当たらないので気にせず頬を床にこすりつける。
そして、オレは思い出す。
間違いなくこいつが人間の心のない鬼畜野郎だと、思い出す。