・僕はいつでも救われたがり

※救われたがりの僕と救いたいらしい(?)副会長。


 僕は他人から見ると普通の枠内の中の下の方にいる、おとなしくて気弱な存在に見えるらしい。
 男らしい体格や、凛々しい顔つきではないけれど、女性らしさだってない。
 評価としては普通や地味、という言葉がふさわしい僕は本当に地味で普通の人間なのだろうか。
 強気な態度を取らないだけで弱そうだと言われる男社会というのは、よくわからない。
 共学を選ぶべきだったのかもしれない。男子校の独特のノリを僕は理解していなかった。
 みんな僕を居ないもののように扱う。
 透明人間か幽霊にでも、なったような、他人に価値を見出されない、そんな存在になってしまった。
 
 
 雄っぽさのない男が不用品であるのなら、僕はゴミ捨て場ではない場所に不法投棄された異物だ。
 
 
 そんな自虐的な言葉を僕は生徒会のアンケートに提出した。
 魔が差した。
 
 生徒会は学園の満足度調査として、学期毎にクラスに馴染んでいるか、自分のクラスを評価するなら何点か、寮での生活は順調か、なんてことを無記名でアンケートを取る。
 もちろん、無記名とはいえ不満がありそうな言葉を羅列していれば調査がある。生徒会に所属する人たちの雑用係として親衛隊という下部組織が、実態を調査する。
 
 僕のよくわからない言葉はよくわからないものとして処理されて誰の目にも映らないか、親衛隊がクラスの聞き込みをすると思っていた。
 
 それなのにやってきたのは副会長。
 しかも、誰に何を聞くわけでもなく僕の前に立つ。
 眼鏡が似合う彼を見るのは初めてじゃない。
 元図書委員だったらしい副会長は今でも頻繁に図書室にくる。それも、辞書ばかりが置いている倉庫のような第二図書室。空き教室に不用品を詰め込んだような第二図書室は図書委員である僕の受け持ちだった。
 
 静かで、すこしホコリっぽい独特な場所。
 
 第二図書室に用意されたソファは副会長になってしまった元図書委員の彼専用。そういうことになっている。
 図書委員である僕の仕事は、ソファのホコリを払って副会長がいつやってきても問題がないようにしておくことだ。
 親衛隊がやりたがりそうな雑用を図書委員の後輩にさせる意味は分からない。
 
「オレが君をリサイクルしてあげよう」
 
 たとえば、世界が希望に満ち溢れていると期待している、どこにでもいるような人間なら喜んで彼の手を取ったのだろう。普通ならきっと、そうする。僕は苦笑いをしながら、嬉しさを噛みしめた。不用品だと書いた僕の自虐が正確に伝わっていたのなら、それだけで、もう十分だ。
 
 僕の言葉は、意味の分からないものとして誰にも届かずに消えると思っていた。そうしないでくれた彼に感謝する気持ちがありながら、僕はゆるく首を左右に振った。彼の手はとれない。
 
「気づいているかな? きみはこの学園で一番の文学少年だ。読書量じゃない。心持ちだよ」
 
 僕の内側のドロドロとした部分を指して文学だと副会長は言う。
 
「うつくしく儚く散っていくことが美徳だとでも思っているのかな? 微笑みを浮かべたのなら、その瞬間に心臓を止めたいと、そう思っているのだろう。そういった、退廃的なロマンチズムを感じるよ」
「そうですか。僕はいつでも救われたいだけですよ」
「きみの言動がSOSであるならば、オレはすべてを受け入れよう」
 
 副会長は変わっていた。彼は自分の中にある物差し以外を使わない。僕との交際を周囲に反対されても、止まらない。誰も彼を止める言葉を持たなかったのだ。彼は納得できないことを飲みこんだりしない。強い人だ。おかしいと言われても気にしていない。
 
 彼が隣に居ることで、僕に対する周りの態度が変化するかと思えば、何も変わらなかった。元々が透明人間や幽霊のような、いてもいなくても気にされない地味な存在だったので、見ないふりをされている。
 
 副会長の恋人というよりは、変人に絡まれた平凡な生徒というのが僕の立ち位置らしい。
 恋人というわりに副会長から手を繋がれることもキスをされることもない。僕からも動くことはない。何も変わらない日々。そう思いたかったが、少なくとも今まで傍にいなかった人間がいることによって、僕は変化した。
 
 彼は自分の物差し以外を使わないので、僕を楽にすることが上手かった。
 
 僕が苦しいと感じることは何もかも彼の生活の中にはない。たとえば、普通なら必要だとしても、僕の考えを尊重してくれる。真夜中に電話で呼び出しても、急に泣き出したとしても、彼は戸惑うことも困ることもなく自然に僕に寄り添ってくれた。まるで、僕が望んだ都合のいい登場人物のようだ。普通なら、常識があるのなら、理由を聞いただろう。僕から悩みを聞き出そうとするはずだ。
 
 自分の安眠を邪魔されて、一方的に時間を搾取される。そのことを嫌がらない人間なんていない。早く普通の人間らしい振る舞いをしろと誰だって思う。
相談を受けている人間は、悩みが解決されるところが見たいはずだ。延々と終わらない悩み相談など、誰も聞いていられない。付き合う時間の分だけ疲れていく。相談者の悩みよりも負担は大きいかもしれない。
 
 解決策のない問題を人はただ放置できない。触れないでいる言い訳が必要になる。自分が悪くなくても触れないでいる理由を求めてしまう。相談してくる相手を好きだとしても、相談自体は重荷になると覚えておかなければいけない。

問題がいつでも解決されないのなら、相手ごと関係を断ち切ることすら考えておかなければいけない。切り替えていかなければ、人生に暗い影を落とす。

僕は副会長の表情を疲れさせている原因になっている。自覚があるくせに救われたがりの僕は彼から離れられなくなっていた。

 
 第二図書室は利用者がいない。暇なので、僕は受け付けに座りながら、先生から渡された雑用を処理する。
 なにをしてそうなったのかは忘れたけれど、半端なサイズの白紙の紙が大量に出来た。
 プリントアウトした画像の部分だけを切りぬいて欲しいというお願いだろうか。
 余白の多い紙を見るとついつい自作のメモ帳を作ろうとしてしまう。貧乏性だ。
 
 溜まりに溜まった紙の束を前にして、僕は何かをしたくなった。
 本に囲まれているからか、創作意欲などというものが芽生えていた。
 
 アンケートにあいまいな自虐を書く二週間前ぐらいのことだ。僕は自分を幸せにしてくれる人間とはどんな人なのか考察を書き散らした。小説などとは呼べない散文未満の言葉のかたまり。
僕はひさしぶりに何かに打ち込む感覚を得ながら、隠れることもなく第二図書室で白紙のメモ帳を汚していた。副会長が僕の奇行に興味を持っても不思議じゃない。放置されていたあさましい欲望を書きつづったメモ帳の中身を見たのだろう。
 
 そして、彼は演じてくれている。
 
 僕が副会長に対して好意を抱くのは当然だ。彼は僕が理想とする人間を装っている。僕の気持ちを楽にするためだけの都合のいい人間でいてくれようとする。現実に存在するわけのない優しさを持ち合わせた超人。僕は有り得ない存在を夢想した。その自覚はちゃんとある。ただ優しいだけの人間など、存在するわけがない。
 
 副会長と付き合って一カ月が経ったころ、僕は自分が下ばかりを向いているつまらない人間から脱却していることに気づいた。顔を上げていないと彼がいることに気づけない。耳を澄ませていないと彼の言葉を聞き逃してしまう。
 
 彼のおかげで僕は普通の人間レベルの状態まで持ち直した。それは同時に非現実的な文学少年からの脱却だったのかもしれない。彼の興味が僕から薄れていくのを感じる。
 
 三食いっしょに食べていたのが、二日に一回のお昼だけになった。
 彼に抱きしめられて眠りにつくことは、もう二週間もしていない。
 
 僕のような底の浅い人間は彼にとって読み終わった短編小説なのかもしれない。物語の流れを覚えているから、ページを開く気になれない。いらなくなった僕のことを捨てないだけ、優しいのは分かっていた。
 
 
 あるところに女兄弟に挟まれた男の子がいました。
 三人兄弟は親から見ると仲がいい三人でした。
 男の子は姉も妹も嫌いでした。
 推しが強くて、傲慢で、好きだから苛めちゃうなんて言葉を平気で口にするのです。
 好きならば、優しく慈しんでほしいと男の子は思っていました。
 
 ある日、男の子の隣の家に同い年の男の子がやってきました。
 隣の家の子は王子様のようにキラキラと輝いて、姉と妹を魅了しました。
 王子様は男の子に親切でした。
 姉に求めた頼りがいや妹に求めていた可愛げを持つ王子様に男の子も気づけば懐いていました。
 同い年だったこともあり、二人は親友になりました。
 二人はどこに行くにもいっしょです。
 
 そして、女二人に挟まれた男の子の元に弟がやってきました。
 男の子は弟が出来ることが嬉しくて、母親よりも弟の世話を焼きました。
 王子様からの遊び誘いも断ります。
 姉と妹に批難され、時に殴られたりしても弟の元を離れませんでした。
 自分が弟のそばにいなくなれば、よくないことが起こる気がしたのです。
 弟はすくすく成長して、男の子は幸せでした。
 
 けれど、男の子の幸せはある日、急に壊れたのです。
 
 王子様は男の子を抱きしめて「好き」と言いました。
 男の子も「好き」と返しました。
 そして、犯されました。
 
 意味が分からなかった男の子はただ王子様から酷いことをされたのだと受け取りました。
 
 王子様は男の子の家族に「自分たちは恋人になった」と言いました。
 男の子は否定しますが、誰も聞いてはくれません。
 姉に「そんなつもりで好きだと言ったわけじゃない」と訴えても「相手が王子様ならアタリでしょ」と笑われました。
 妹に「付き合ってなんかない」と伝えても「そうやって王子様の気を引いたの?」と呆れられました。
 
 母も父も「彼なら安心だから、よかったね」と男の子を幸せ者あつかいします。
 いくら、違うと言っても誰も男の子の言葉を聞かないのです。
 王子様が男の子は照れているだけと口にすれば、みんながその通りだと頷きます。
 王子様が男の子は自分を愛していると言えば、みんなが幸せそうで良かったと笑うのです。
 
 和やかであたたかな空間で男の子は寒くて怖くてどうしようもなくなっていきました。
 
 
 僕は昔に自分が書き出した散文の一部をメモ帳から毟り取るようにしてゴミ箱に捨てた。
 もし、副会長がこれを読んだとしたらきっと僕たちの関係は簡単すぎて笑えない。
 
 彼の行動はかわいそうな後輩の慰め以外にありえない。
 副会長は同情してくれたのだろう。
 
 僕があわれでならないから、そばにいてくれたと考えれば副会長の行動の謎は解ける。
 いいや、謎なんて初めからどこにもない。僕は自分の傷をひけらかすようにしていたのだから、これは分かりきった結末。
 
 僕は姉と妹に不満を持ち、隣の家の友達に依存して失敗した。
 事実上、家族すら失ったと言っていい。
 みんな僕の言葉よりも自称彼氏の言い分なんてものを信じてしまう。
 それは今まで僕が僕として言葉を発することをせず、彼にまかせっきりにしていたからだ。
 自己主張をせずに人に寄り掛かって、苦手なものを避けてきた。
 
 僕の意見でも王子様な見た目の友達が口にするのと僕が口にするのでは姉や妹の反応が違う。
 暴力的な部分があった姉が彼のおかげで口より先に手が出ることがなくなった。
 ヒステリックに金切り声をあげる妹が彼のおかげか落ち着いて話ができるようになった。
 彼は場の空気を穏やかにさせる人だと、そう思っていたのに。
 
 
「それで、どうだい? きみはリサイクルされたかな」
「僕は変わらず」
「変わらず?」
「僕のことが嫌いです」
 
 周囲が僕に不用品のレッテルを貼ったのではない。
 僕が自分をゴミ捨て場にも置けない存在として投げ捨てている。
 
「ゴミ捨て場は怖いんだろう」
 
 自分を本当に不要なものだと思いたくない。
 僕は根っからの救われたがりだ。自分で自分を救えないくせに誰かに救われたがっている。
 
「オレがきみを文学少年と言ったのは潔癖性と高潔さのバランスが色っぽかったからだよ。わかるよ。男に犯された自分に幻滅したんだろう?」
「アレは創作です」
「きみの血の吐くような慟哭が薄いから、創作物だね」
 
 まるで僕のことを分かっているような顔をする副会長。いいや、元図書委員の顔かもしれない。眼鏡をかけた彼のほうが文学少年だ。理知的で読書家に見える。
 
「オレの兄は友人だと思っていた男に犯されて自殺した」
 
 静かな言葉に思わず僕は耳を疑った。
 世界から切り離されたように静かな第二図書室は僕たち二人だけしかいない。
 
「すごくショックだったんだと思う。いろんな意味でね。男から性的な存在として見られること、友人から無理やり迫られること、嫌がっているのに友人が止めることなく『好き』を理由にしたこと」
「周りの人は?」
「兄とその友人の共通の友人たちは友人を擁護したらしい。兄もまんざらじゃないんだろって、ちょっと暴走したとしても許してやれって」
「なんで? なんで、そんなことが言えるんですか? なんでこっちが悪者みたいにならなきゃいけないんだよっ」
 
 思わず震えてひび割れた声は副会長に抱きしめられて勢いを失う。
 僕の存在は哀れさだけではなく、彼のトラウマを刺激する材料になってしまったのかもしれない。
 
「……兄の話だけど、創作だよ」
 
 僕の背中を軽く撫でて副会長はそう言った。どんな表情なのか、わからない。見えない。
 抱き合っていて、近い距離にいるはずなのに相手のことが理解できない。
 
「自殺をしようとしたけど、未遂だ」
 
 よかったと言うべきか、分からなくなって唇が震えるばかりで声が出ない。
 
「生きてればいいってことでもない」
 
 彼の言葉に僕は思わずうなずいた。生き地獄ほど、つらいものもない。
 僕の今はどちらだろう。
 
「オレのことを好きならそう言ってくれないか。付き合ってるんだから、構わないだろ」
「同情?」
「同情でこんなことができるわけがない」
「本当に……」
「愛してなければ、こんなに面倒なことをするはずない」
 
 彼がどんな顔をしているのか、僕はもう見れない。
 見る資格がない。
 
「自殺か、そっか……僕は自殺してたね」
 
 学園生活をしている気になっていたけれど、ありえない。
 僕は車に轢かれて死んだ。王子様のようなキラキラと輝く友達が怖くて逃げた先に車があった。
 あれは自殺だ。交通量の多い道だから住宅地でも急な飛び出しなど、事故の元だ。
 僕はそれを分かった上で友達だと思っている相手に捕まるよりはいいと走った。
 
「幽霊って自覚すると消えると思ったけど、そうでもないんだ」
「……のんびりしたこと言ってるな」
 
 呆れた副会長は少し涙ぐんでいた。
 僕が彼を残して消えてしまうと思ったのかもしれない。
 そんなことありえない。
 
「オレはどんな姿でも愛してる。何をされたって、この気持は変わらない」
 
 同じような言葉を僕は友達からも言われたけれど、まるで響かなかった。
 違いは簡単だ。僕が相手をどう思っているか、そんな根本的なことが違うから。
 
「愛してる、にいさん」
 
 このとき僕は、やっとすべてを正しく理解した。
 救われたがりの僕のことを神様はちゃんと救っていたらしい。



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先輩×後輩に見せかけた年下×年上(弟×兄)です。
弟視点の後日談含めた裏側を掲載予定。
(ただ弟の性格的にコメディ気味になりそうなので……雰囲気の違いに笑うことになるかもしれません)

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2018/06/01
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