この気持ちを何と呼ぶか知っていた(夏油)





「ちょっと傑、そんなに飲んで大丈夫?」




 急に五条から呼び出された飲み会に顔を出してみれば珍しく傑が少しフラフラしながら端の席に座っていて、突然やってきた私の顔を見て目を見開くと、手にしていた生ビールを煽るように飲み干した。そんな傑の様子を五条は指をさして笑い、私の耳元に顔を寄せて「傑、今日やべーな」といたずらな笑みを滲ませる。




「悟、君はなまえに近づくな」
「なんだよ傑。男の嫉妬は見苦しいぜ?」
「なまえ...どうして君は、こんな男ばかりの飲み会にいるんだ」
「いや…男と言いましても、いつものメンツでしょ。五条と傑と七海と、灰原。硝子はいないの?」
「野暮用だってさ」
「えー残念」
「私が連絡したときは2時間も既読がつかなかったのに、悟の誘いにはすぐ…」
「暇なときだったらすぐ返すけど?」
「俺からの連絡、だいたい即レスじゃね?」
「うるさいぞ、悟。だいたい君は」
「飲み物、どうされますか」




 割って入ったその声の方向を見やれば、隣にはいつの間にか七海が座っていて、こちらをじっと見降ろしていた。




「あ…私はビールでいいや」
「おーい、七海!俺、ウーロン茶」
「すみません、ビールふたつください。あと、ウーロン茶も」
「七海、ありがとう」
「いえ、後輩ですから。それにしても、こんな状態の飲み会によく来ましたね」
「面白いもの見れるって五条が言うから来たんだけど」




 まさか、その面白いものがデロデロに酔っ払った夏油傑だとは予想外だった。七海も半分呆れたような顔で傑に視線を送る。何故かテンションが高い灰原と五条を遠目で見守れば、「なまえ」と声が飛んできた。




「傑」
「なまえは七海が好きなのか?」
「私を巻き込まないでください」
「傑。突然の恋愛脳やめてくれる?私と七海がそういう関係じゃないこと、知ってるでしょ」
「私は」
「ん?」
「私は、その、」




 傑の言葉が途切れたと同時に、頭にずしりと重たい何かがのしかかる。横を見れば、七海の大きな掌が私の頭をぐしゃり、と無遠慮に撫でていた。




「ちょっ、七海!髪の毛ぐしゃぐしゃになるじゃん」




 やめてよ、と振り払えば、七海は目を見開く傑に向かって、「どう思いましたか」と言ってのけた。ポーカーフェイスの七海だが、ちょっとだけ悪い顔をしている気がする。傑はというと七海を睨みつけるように眉根を寄せていて、どうしていいかわからない空気を断つように、「お待たせしました」と店員がビールとウーロン茶を届けにきた。七海は顔色ひとつ変えずにウーロン茶を五条に渡し、ひとしきり配り終えると、「では、お次はどうぞ」と言った。




「お次、ってなに」
「どうぞ」




 七海の視線は相変わらず傑に向けられている。傑はひとつ溜息を吐いて、節ばったその手を私の頭の上にぽんと乗せた。先ほどの七海とは違う、ただ、触れただけだった。




「みょうじさん、どうでしたか」
「ど、どうって…」
「なまえ、耳まで赤いけど」




 なぜか傑の指先ひとつひとつまで意識が集中してしまって、私は自分が赤面していることを隠すように手元のビールを流し込むことにした。そんな私にお構いなく、傑は私のほうへ顔を寄せて、「かわいい」と、ぼそっと呟くように言った。そのまま私の肩に額をぐりぐりと押し付ける。傑の長い前髪が私の首筋をくすぐるようだ。




「ちょ、っ、なに、急に」
「私の前でイチャイチャするのはやめてもらえますか」
「イチャイチャなんてしてない!七海のせいじゃん!」
「私は何も。私と彼とでは、みょうじさんの反応が違っただけです」
「なまえが私のことを意識してくれていたなんて」
「ちょ、傑、近いって!どうしちゃったの今日…」




 内容よりも距離の近さに戸惑いながら、心臓が飛び出してしまいそうなくらい、自分の血液が沸騰しているのがわかる。傑の肩越しに、五条はスマホを掲げて悪い顔で動画を撮っているし、隣の七海は助けてくれる気がないし、灰原はどうやら寝てしまったようだし…今夜は硝子もいない。詰んだ。




「なまえのことになると、私は余裕がなくなってしまうんだ」




 傑がようやく私の肩から頭を持ち上げる。傑の顔がゆっくりと近づいて、距離をとろうと身体を離したその時。




「はいはい、ちょっと待った!」




 まるでタイミングを見計らっていたかのように五条がずかずかと私と傑の間に割って座り、愉快そうに笑った。




「悟、」
「俺に感謝しろよ?このままいったら、お前、ぜってぇ明日後悔するぞ」
「てか、傑がこんなになるまで飲ませたの誰?五条でしょ?あんた責任とりなさいよ」
「あぁ?俺じゃねぇよ。傑が勝手に飲んだんだよ」
「傑はー…はい。とりあえずお水飲んで」
「…ありがとう」




 店員さんが持ってきてくれたお冷を傑に渡せば、傑は水の入ったグラスをテーブルに置いて、私の手をぐいと引いた。あぁ、さっきの続きが始まったと、私が諦めにも似た笑みを零せば、普段の傑からは想像がつかない子どもっぽい一面に、少しだけ胸が熱くなるのだった。


 そして、翌朝、傑は五条が撮影した動画で失った記憶を無事に補完したようで、情けない姿で私に土下座をしにきた。昨日の私の高鳴りを返してほしい。








(2023.10.24)
この気持ちを何と呼ぶか知っていた
(でも認めたくなかったんだ)


「本当にすまなかった」
「気にしてないからいいよ、お酒の席だし」
「…昨晩、酔っていたのは確かなんだが」
「うん?」
「君を可愛らしく思っていることは、本当だよ」
「…なッ、」




3周年リクエスト企画・景月様
「酔っ払い傑」「高専メンバーが大人になったif」「恋の芽生え」




prev | back | next





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -