僕ら砕けた青春だから(夏油、五条)





「お前の貞操観念ってイカレてるよな」




 情事後のシャワー上がり。パンツ1枚の姿で、この男はいったい何を言っているんだと半ば呆れた。「五条に言われたくない」と批判めいた口調で返せば、彼はまるで気にも留めていない様子で「なに?怒ってんの?」と嘲笑うかのようにハッと短い息を吐く。




「だってお前、傑のこと好きじゃん」
「どうして?」
「この前、傑とふたりで映画館に映画を観に行ってただろ?」




 予想していなかった言葉に思わず眉根を寄せてしまう。五条は、まるで「俺はなんでも知っている」と言わんばかりに唇にうっすらと笑みを浮かべた。




「傑とはセックスした?」
「してない」
「あいつの片思いかよ。うわ、だりぃ」




 いたずらに笑んで、五条は唇を押し重ねた。私と五条は勿論恋人同士ではない。身体を重ねる関係になったのはただのノリだ。飲食店で流れる懐メロにテンションが上がって思わずカラオケに行く、くらいの軽いノリだった。任務でふたりきり、何気ない会話で身体の相性の話になった。それがきっかけで「試してみよう」と五条が言い出して私たちはセックスをした。人間いつ死ぬかもわからない、呪術師なんて、特にそうだ。それからというもの、任務が一緒になるたびにホテルや宿泊所で暇つぶしのようにひたすらに肌を合わせるようになった。あのとき五条からの提案を拒絶していたら、こんな歪んだ関係にはならなかったはずで、少しも後悔はしていないけれど、少しだけ、「これが傑だったらよかったのに」と心の奥底で欲望が疼くのだ。私は傑と付き合いたいわけではないが、傑という清廉潔白な善人に愛されてみたい。

 五条はそんな私を少しも気にすることなく、ぐしゃりと私の頭を撫でると制服を着る。私も、そそくさと服の皴を伸ばしてドアを押し開けていった五条の後を追うのだった。




「悟と、なまえ...?」




 ホテルを出て右に行けば、そこには傑が立っていた。どうやら別の任務帰りのようで、無意識に私たちに声を掛けたあと、私たち2人がホテルから出てきたことをようやく認識したようだった。



「…任務かい?」
「任務だと思うか?傑」
「…ああ、悟となまえは午前中に、任務が終わって先に戻っていると聞いていたけど。すまない、2人が恋人同士だなんて知らなかったよ。邪魔したね」
「ちげぇよ」
「は?」
「付き合ってねぇし。俺ら」
「じゃあ、なんで」
「さあ?なまえに聞けよ、じゃーな」




 夕暮れの日差しに照らされた傑から細く長い影が伸びている。こちらを振り返る気配のない傑の後ろ姿を見つめて、ざわつく街の喧噪が、申し訳程度に私たちの間の沈黙を埋めていた。




「傑?」
「君は、悟が好きなのか?」
「ううん。友達だよ」
「じゃあ、私のことは?」
「え?」
「私のことは、好きかい?」




 傑は今にも泣きだしそうな顔で、目を細めた。きっと、傑にこんな顔をさせられるのは、私だけだろう。なぜだか、そう思った。




「答えられないか」
「うん」
「いいんだ。君が私のことをどう思っていようとも、例え悟と肉体関係にあろうとも、構わないよ。ああ、そうだ」
「…」
「分かっていたよ。君が私のことを好きになることはないって。それでも、一緒に出掛けたり、2人で過ごす時間が楽しくて、私が勝手に期待してしまっただけだ。すまない」




 次第に力を無くしていくような傑の声に、私は傑のことを傷つけたのだとようやくわかった。自分の承認欲求を満たすため、私は傑の好意を弄んだに過ぎなかった。いっつもそう。私は着地が下手で、そこらじゅうグッチャグチャにしちゃう。この指が、この声が、傑の心をいつの間にか削っていて、壊して、崩して、全部おしまいにしてしまった。私はこうして、全部を台無しにしてしまう。「好き」と傑に言いたかった、ただ、そんなありふれた台詞すら口にすることは許されないな、と思った。




「明日の任務は、なまえと一緒だったね。朝早いから、もう帰ろうか」




 好きのその先が怖くてたまらなかった。でも、愛は零れてしまったから、もう掬えない、私の細い手じゃ、何にも救えない。失敗したんだ。傑の愛する人になりたかったのに。









(2023.10.15)
僕ら砕けた青春だから




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