走り出せ、純情(五条)





 よく考えれば、どうしてこんな飲み会に参加しているのかもよくわからない夜だった。互いに知り合いを呼び合って寄せ集まった集合体。運ばれてきた生ビールを煽るように飲み干して、まだ冷えているジョッキに残る泡がいつ消えるのだろうと手元を見つめていると「そんな空のジョッキ見つめちゃってどうしたの」と悟が横から私の顔を覗き込んだ。私をこの場に呼んだ張本人だ。その、青い宝石みたいな瞳がキラキラと瞬いて、長い睫毛が揺れる。才能にも造形にも恵まれていて、それでいて何でも器用にこなしてしまう。こんな所謂天才で世渡り上手に比べて、私なんて何の存在価値もない。この満たされない私の心と身体はすり減るばかりで、いったい、いつになったら満タンになるのだろう。




「なに、ご機嫌ななめ?」
「別に。悟の睫毛、長いなって見てただけ」
「ふぅん。てか、飲めば?ビールでいい?」
「お茶ハイがいいな、ダイエット中だし」
「お前ダイエットなんかしてんの?別に今でも痩せてんじゃん」
「裸の私、見たことないでしょ」
「見せてくれんならいくらでも見るけど」
「ばーか」
「抹茶もあるってよ。どうする」
「最高じゃん、抹茶ハイで」




 目の前に置かれた深緑色のそれを淡々と飲みながら、私は悟の骨ばった指先を眺めていた。どんな顔をして、どんな風に、その指で女の子に触れるんだろう。別に私は悟のことが好きなわけでもなんでもない。悟は私のものでもないし、私も悟のものではない。他の人間に比べれば、少しだけ互いに似ているところが多くて、少しだけ距離が近いだけ。それでも、私と悟の間にあるこの5センチメートルは、いつまでも縮むことはない。




「で、なまえちゃんはどうなの?」
「え?あ、ごめん、なんだっけ」
「彼氏いるの?」
「あー。いない。作る気もない」
「えーもったいない!」
「悟とはどういう関係?仲良さそうじゃん」
「腐れ縁の友達。別に何もないよ」




 適当に微笑みながら返せば、まわりの私と悟への興味は次第に薄れていった。私のまわりの人間はどうやら「仲が良ければセックスの対象になる」という、そんな簡単な摂理に従って生きているようだった。潔癖な人間ならばその一切を否定することもできるのだろうが、残念ながら私はそこまで潔癖な人間でもなかった。




「セフレとかいんの」




 悟とは反対側に座っていた名も知らない男性が、まるで数年来の友人かのように話しかけてくる。さっき自己紹介聞いた気がするけど忘れてしまった。「いない。たまに流れで、そういうことする人はいるけど」と答えれば、彼は口元に笑みを浮かべながら「へぇ。なまえちゃんモテそうなのに」と呟く。私の隣に座る彼はどうやら「モテればセックスをする」という、そんな簡単な摂理に従って生きているようだった。彼もきっと所謂モテる人間なのだろう。そんなことないですよと柔らかく否定するべきか、あなたもモテそうですねと話を切り返すべきか、少しだけ迷った結果、私は微笑んで押し黙った。




「セフレ、いないんだ」
「…悟。いきなり会話に入ってこないでよ」
「あー。俺、そろそろ彼女ほしー」




 私を挟んで盛り上がる2人に、そうだねと適当に相づちを打つと、「思ってねぇだろ」と悟に突っ込まれた。溶けだした氷がカラカラとグラスの中を転がる。悟こそ、彼女が欲しいなんてこれっぽっちも思っていないくせに。いつだって悟はなんでもうまくこなして、気まぐれに優しくして、そしてすべてに対して馬鹿みたいだね、と笑う。そんな人間だ。今日もまた、悟は悟自身を持て余している。隣の名も知らない男に手を触れられて、今晩限りでも可愛いねと持て囃されて、どうでもいいかりそめの愛情をかき集めながら生きている私は、そんな余裕たっぷりの悟の生き方が羨ましい。まるで使い古されたラブストーリーみたいに、来ないことを知りながら白馬の王子様が迎えに来てくれるのをどこか頭の片隅で今でも願っている私を、悟はきっと理解すらできないだろう。




「わりぃ、抜けるわ」




 突然握られた手首。悟はあっけにとられている私の手を引っ張って、テーブルの人たちに声をかけて立ち上がる。囃し立てるようなまわりの反応も、今は聞こえない。悟に手を引かれるまま店を出て、行く当てもないはずなのに喧騒の中に飲み込まれていく。




「ちょ、悟、悟ってば」
「…」
「どうしたの」
「隣の男、お前の手、握ってた」




 悟は振り返ることもなく、歩き続ける。




「あー、あれね。セクハラ」
「ごめん、俺が呼んだ飲み会で」
「いいよ。慣れてるし」
「ありえねー」




 やっと振り向いた悟は、少し苛立った様子で空を仰ぎ見る。




「いいよ、ありがとう。助かった」
「ん。帰る?」
「飲み行こうよ、2件目」
「おうよ」




 悟のその子どもじみた嫉妬心が、私はどうしようもなく嬉しかった。きっと悟は私のことを好きなわけでもなんでもない。他の人間に比べれば、少しだけ互いに似ているところが多くて、少しだけ距離が近いだけ。私と悟の間にあるこの5センチメートルは、いつまでも縮むことはない。それでも、悟は私が他の男に軽々しく扱われるのを怒ってくれたのだ。怒るというよりは、自分のお気に入りオモチャがとられたかのような、そんな小さな不快感。変わらず私の手を引く彼は、なんでもできて、かっこよくて、余裕がある人間だけれど、こんな小さなことで嫉妬して怒っちゃうこともあるんだって、私の沈んでいた心が少しだけ浮き上がる。別れ際に抱きしめてあげよう、私と彼の間の5センチメートルを、埋めたらいったい何が起こるのかな。







走り出せ、純情

(2023.5.23)




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