むつごと(睦言)(脹相)







「起きたか。まだ朝になったばかりだぞ」





 不意に響いた声に思わず体を起こせば、脹相がベッドに腰かけてこちらへ静かに顔を向けていた。何が起こっているのかわからない私の顎をぐっと掴んで顔を持ち上げ、何かを見定めるようにじっと見つめては、「具合は悪くないか」とたった一言零した。動かない脳みそを必死に回転させながら私は昨夜のやり取りを思い出す。
 昨晩、晩といっても3時を過ぎた頃だった。季節の変わり目や仕事の繁忙期が重なり、無茶を重ねた末に私は熱を出した。こういう一過性の体調不良はたまに起こる体質で、少し休めばすぐ治るものの、こうして熱を出さなければ自分の限界に私は気づけない人間なのだ。その夜も急な寒気と震えで目を覚まし、高熱を指す体温計に溜息をつく。そういえば明日は脹相と、近所の公園に咲きかけた梅を見に行く約束をしていたのだった。頭が痛い、ついでに身体中も痛い。何かの病気かもしれないから、と脹相に断りの連絡を入れて私は意識を失うかのようにベッドへ沈んでいった。そして迎えた朝、なぜか脹相が私のベッドに腰かけているではないか。




「脹相、なんで」
「彼女のために見舞いにきただけだ」
「えっと…いつのまに」
「連絡をもらってすぐに」
「えっ、ていうか、ずっとそこにいたの?起こしてくれればよかったのに」
「なまえの寝顔を見ていたら朝になっていた」
「いや、意味わかんないし」




 どうやら熱はすぐに下がったようで、身体はまだ重くて怠いものの、ギリギリいつも通りの生活を送れるほどには回復していた。「脹相、服着替える?」と身体を起こして立ち上がろうとすれば、「なまえは寝ていてくれ」と脹相に制された。時計の針は6時を指していて、ベッドの近くに無造作に置かれたコンビニの袋が目に入る。どうやら脹相は私の看病をしに来てくれたらしい。脹相が「何か胃にものをいれたほうがいい」とベッドから立ち上がってリビングへ向かおうとするものだから、びっくりして思わず呼び止める。




「まさか、脹相がご飯を作るの?」
「俺はオマエの彼氏を遂行する」
「いや、ちょっと待って」
「そのまま寝ていろ」




 脹相はガサゴソと床に転がったコンビニ袋から何かを取り出すと、私の額にひんやりとシートを貼って、片手にポカリスエットを握らせ、私の顎まで毛布をかけた。そしてどこか満足げに頷けば、そのままリビングへ向かって部屋を出て行ってしまう。そういえば脹相がキッチンに立っているのを私は数回しか見たことがない。キッチンに立つといっても料理はいつも私の担当だったので、言われるがまま野菜を切ったり、少し盛り付けを手伝ったり、その程度だ。脹相の優しさを無下にすることもできないが、どうにも心配で物音が気になって寝られない。20分ほど経って、明らかに鍋から何かが噴き出したであろう音がした。絶対に脹相だ。脹相がきっと何かを茹でるか、お粥でも作ろうとして鍋を溢れさせたに違いない。




「…脹相、大丈夫?」
「来るな。寝ていろと言っただろう」
「いや、なんか気になって」




 リビングを覗けば予想通り、お粥らしき何かが鍋から沸騰して溢れ出ていた。強気な発言をしていたはずの私の恋人はお玉を片手に立ち尽くしているようで、仕方ないなぁとお玉を取り上げて、火を止めてかき混ぜる。こぼれてしまった部分はキッチンペーパーで綺麗に拭き上げれば、この場に及んでベッドに戻れと宣う脹相の唇にキスを落とす。脹相は一瞬面を食らったような顔をしたが、すぐに私からお玉を取り上げて、「できたぞ」と笑みを浮かべるのだった。




「美味しい」





 脹相の作ってくれた卵粥は想像以上に美味しかった。きちんとお出汁の味もするし、お米もしっかり煮込まれていて胃にも優しい。どこで買ってきたのか知らないが、丁寧に三つ葉まで入っている。




「三つ葉なんて、あんな時間にどこで買ってきたの」
「たまになまえといく、24時間あいている、大きなスーパーで買った」
「あんなところまで夜中に行ったの?ちょっと遠かったでしょ」
「距離なんて、なまえのためなら…」
「あ、もういいです。わかりました」




 食べ終えた器すら持たせてもらえず、薬を飲んで寝室へ向かおうと立ち上がったその時。いつの間にか隣に立つ脹相に、声を出す間もなく身体を持ち上げられる。いわゆるお姫様抱っこをされながら寝室へ向かえば、脹相は私をゆっくりとベッドにおろして布団を被せた。脹相の腕を引いてその筋肉質な身体を抱きしめれば、脹相は「いつもより少し熱いな」と言いながら私の身体を抱きしめ返した。
 そのままベッドに引きずりこめば、脹相はその大きな手で私の頬を包み込む。彼の視線が私の口元へ移されると、その細い指が私の唇へ触れる。綺麗な指先が、唇の縁、そして私の口内へとまるで侵食するかのように差し入れられた。




「熱は下がったようだな」
「ん、っ...ちょっと、変な測り方しないで、よ」




 指の腹で頬の柔肉を弄られ、その骨張った細い指先が私の唾液でだらしなく濡れてゆく。堪らなく苦しくなって脹相の腕を制すれば、脹相はハッとしたように手を引っ込めて「危なかった」と零した。
 そんなことすらも愛おしいと思えてしまう私はきっともうおかしくなってしまっているのだろう。この世界で最も幸せな時間を噛みしめながら、その甘やかな腕の中で眠りにつく。さあ、この愛に溺れてみようか。












(2023.03.05)
むつごと(睦言)
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