くりごと(繰り言)(夏油)




 スマホをみると五条から連続で着信が入っていて、何事かと電話をかけ直してみれば「今から来い」と一言で切られ、数秒後に「傑もいるからさ」という余計な一言とともに居酒屋のリンクが送られてきた。五条はいつものことだが、傑が飲み会にいるのは珍しい。やれやれと身支度を整えて待ち合わせ場所に向かえば想像よりも大きな飲み会だったらしく、五条に「こっちこっち」と促されるまま輪の中心に入れば、まだ何も言っていないのに「とりあえずなまえはビールで」と五条が注文をし、早く追いつけとばかりに自分の飲んでいたビールを押し付けた。酒に酔っているのか、いつも以上にへらへらとした笑みを浮かべている。


「なに」
「はい、かんぱーい」
「五条のでしょ、これ」
「五条さん、酔いすぎですよ」
「七海と五条のテンションの対比がすごいんだけど」

どうやら私が来るまでに散々飲んでいたようで、五条が「はやく俺と間接チューしなよ」とうざったい絡みをしてくるものだから、いっそ早く私も酔っぱらってしまいたいという一心で口をつけようとすれば手元のビールを横から奪われた。伸びてきた手の持ち主に視線をやれば、端っこに座っていたはずの傑がいつのまにか五条の隣にいて、まるで幼子をあしらうかのように飲みかけのビールを握らせている。


「これは悟のだろう」
「ちょっと傑。俺となまえの間接チュー、邪魔しないでくれるー?」
「なまえ、ほら。きたよ」
「ありがと」


 五条は少しムッとした顔で自分のビールを飲み干し、「おかわりー!」と追加のビールを注文をした。お酒を嗜む傑の姿が珍しくてまじまじと見つめていたら「どうしたんだい」と私に視線を向けて口の端をふっと上げた。


「傑ってお酒飲むんだね」
「嗜む程度だよ」
「それに比べて五条は。お酒は飲むものであって呑まれるものじゃないんだよ」
「はァ?なまえに言われたくないんだけど」
「私は別に酒癖悪くないもん!たまに寝ちゃうだけで…」


 ちょうど2週間前、今日と同じように五条と何人かで飲んでいたら寝てしまったようで終電を逃した。タクシーで帰れる距離ではなく、仕方なく一番近かった五条の家にふたりで帰り、同じベッドで朝まで寝かせてもらったのだった。ちなみに、その夜はすぐに寝てしまって甘い雰囲気になることも、男女関係に発展したわけでもなく、もちろん付き合ってもいない。


「ほら、なまえも飲んで」
「飲んでる」
「全然酔っぱらってないじゃん」
「五条と一緒にしないで」
「ふぅん、つまんな。この前のこと、反省しちゃった?俺んちで爆睡してたけど」
「は?そもそも終電で起こしてくれなかった五条が悪い。むかつく」


 五条の安い挑発にのってジョッキを掴んで煽るように飲み干せば、目の据わった五条に「そうこなくっちゃ」と日本酒を渡され、いつの間にか馬鹿にしていた五条と同じように酩酊していった。






「あれ」
「起きたかい」
「ここ、」
「私の家だよ」
「傑?」


目を覚ませば見知らぬ部屋で、ふかふかのベッドに寝かされている。恐る恐る声を掛けられた方向に視線をやれば、「おはよう。深夜だけどね」と切れ長の目がこちらをじっと捉えていた。


「待って記憶がない」
「悟に散々飲まされて寝ていただけだよ」
「ここ、傑の家…?」
「正解。ほら、水でも飲んで酔いを冷まして」


 ギシ、とベッドが軋む。傑に水の入ったコップを渡され、「ありがとう」と口ごもるように言えば、未だに何が起きているのかわかっていない私を見下ろしてふっと笑った。「悟の家にも行ったんだって?」と静かに口をひらけば、「君は男とふたりで泊まることに危機感を覚えた方がいい」と傑の目の奥が鈍く光った。別になにもなかった、と事の経緯を説明すれば「何かあってからでは遅い」とごく当たり前のことを言われ、なんとも言えずに胸の内側がもやもやとしてしまう。


「警戒したほうがいいと言っているだけだよ」
「傑も五条も、別に私のこと女としてみてないでしょ」


黙り込んでしまった傑は少し罰が悪そうに眉を下げた。「ほらね」と言えば、黒い影が落ちてきて額に柔らかい感触が当たる。おそるおそる見上げれば、傑の唇が額から私の唇へ降ってきた。「すまない」と耳元で囁かれればそのまま仰向けに押し倒されて、傑の骨張った指先が感触を確かめるかのように頬、首筋、鎖骨とそっと撫でる。


「私は、好きな人が隣にいたら我慢できない」
「え?」
「どっかの誰かと違ってね」
「ちょ、傑」


 傑は私の横髪を耳にかけて、きっと赤らんでいるであろう耳たぶに触れながら微笑む。


「いい加減気付いてくれないかな。今私の隣にいるのが、私の好きな人なんだけど」










くりごと(繰り言)
同じ事を繰り返して言うこと。

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