しれごと(痴れ言) (五条)





「なんだよ、その顔」
「七海と一緒だって聞いてたから」
「アイツなら別の任務だよ、残念だったな」


 なまえが「ざんねーん」と適当に相槌を打つと、悟は不貞腐れたように視線を足元に落とし、目の前に転がる石ころを蹴り飛ばした。「悟とのお仕事が1番気が楽でいいや」と彼女がさらりと言えば、悟は簡単に高鳴ってしまった鼓動を抑え込むかのようにサングラスをずらす。それが只の友人だという意図であったとしても、どういう形であれ彼女の1番なのだから。


「あのビルか」
「いかにもって感じ」
「とっとと祓って美味い飯でも食いに行こうぜ」
「肉が食べたいなー」
「いーねー」


 結論から言えば呪いは祓えた。ただ、隠れるのが上手い狡猾な相手だったこともあり、広範囲の場所から呪霊や呪物を特定する能力をもつなまえはかなりの呪力を消費していた。そして、戦いの最中に廃ビルの割れガラスで足を切ったなまえは、悟にいわゆるお姫様抱っこをされながら階段を降りている。彼女はひどく抵抗したが、傷もそこそこ深く、次第に大人しくなっていった。


「ねえ、自分の傷なら反転術式で治せるってば」
「呪力カラカラのくせに何言ってんの」
「少し休めば大丈夫。てか、悟と一緒にしないでくれますか。呪力は有限なんだから」
「肉でも食ったら呪力も回復するでしょ。せめて階段くらいは運んであげますよー、お姫様」
「はぁ、最近こんなんばっかり。やんなっちゃう」
「こんなんって?」
「この前も足やっちゃってさ、途中まで七海におんぶしてもらって帰ったんだよ」
「ふぅん」


 悟の両手の中で溜め息をつく彼女。骨張った右手に触れる彼女の太腿の柔肌に心躍らせる自分がいる一方、七海も同じように彼女に触れ、あまつさえその背中に彼女の温もりを感じていたことが腹立たしかった。頬を膨らませるなまえの頭に頬擦りをして、まるでマーキングするかのようにぬくもりの記憶を塗り替えてやりたくなる。「七海、お前のこと好きなんじゃねーの」と言いたくも気付きたくもない言葉を吐き出せば、ビルから出た後も抵抗する彼女を離すことなく歩き続けた。


「ちょっと、階段だけって」
「どっか座るところ探してんの。で、話逸らさないでくれる?」
「別に何もないよ、七海は後輩だし」
「お前がなくても七海はあるかもしれねーじゃん」
「高専に私のこと、女の子扱いする人なんていないよ」
「いるじゃん、ここに」
「...は?」
「俺。」


 なまえは、はぁと小馬鹿にしたように息を漏らして「あそこ」と公園のベンチを指差す。彼女が炭酸が飲みたいと言うので、ベンチに座らせて自動販売機でソーダと缶コーヒーを買う。お目当てのソーダを手にした彼女は満足気に口の端を緩めた。ごくりと動くその喉元に、思わず視線を向けてしまう。


「俺はお前のこと、ずっと女の子扱いしてきたつもりだけど」
「そうだっけ」
「はぁ?何その反応」
「だって悟はみんなに優しいじゃん、なんだかんだ」
「優しくねぇよ。お前だけなんだけどー?」


 目を丸くする彼女は想定外の俺の反応にどう答えていいかわからない様子で、数秒経つと少し罰が悪そうに目を伏せた。言いたいことや伝えたいことはごまんとあったが、全て呑み込んで心の奥に仕舞い込む。変わらない関係に苛立って、しかし変わってしまう関係に怯えているのは俺のほうだ。近すぎるから君が遠くて、じれったく感じてしまうのはきっとーー。



「そっか。私、悟の特別だったんだ」



 その言葉にどんな感情があるのかはわからない。知らなくていいことばかり知って、知りたいことは今もわからない。それでも、君のそばにいる理由なんかひとつしかないってこと、いい加減気付けよ。





(2022.11.09)
しれごと(痴れ言)
取るに足りないばかげた言葉。たわごと。
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