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理想はダブルC

晩御飯を和やかに終えて、月島さんと二人、まったり晩酌を楽しむ。
普段ホテルのルームサービスなんて使わないから比較の仕様が無いけれど、それでも充分に美味しかったステーキに胃袋がすっかり満足している。更に辛味のある酒を好む月島さんがやはりシャンパンを敬遠したこともあり、ほぼ一人で一本空けてすっかりほろ酔いになった今、かつてない程気分が良い。
ふわふわゆらゆら。ここが自宅だったならステップのひとつでも踏んでいたかもしれない。

「日鳥、大丈夫か?」

そんなことを訊いてくる月島さんの鎖骨周りは真っ赤で、この人もほろ酔いであることを示している。顔に出ない分そんなところで分かりやすくなるなんてと、気付いた時は何だか微笑ましかったっけ。泥酔に近くなると暑い暑いと脱ぎたがるから、これ以上は飲ませない様にしなければいけない。

「ふふ。 はい、大丈夫です」

返事より先に笑いが零れる。それにつられる様に月島さんも相好を崩したが、瞬きの間に持ち直されてしまった。でもその厳めしい表情はどこかわざとらしくて、眉間に入った皺もそこへ力を入れていないと綻んでしまいそうなのを堪えている様に見える。
と言うのも、感情の起伏が目に見えて分かりにくい月島さんの機嫌を知る為、観察に観察を重ね、私が独自に見出したパターンに当てはまらないからそう踏んだまでのことである。月島さんの機嫌が本格的に悪くなったら先ず見事なへの字口がお目見えするのだ。
まあ、伊達に長く片想いしていないとも言える。

「顔真っ赤だぞ。 いつもより酔っ払うの、早いんじゃないか」
「普段シャンパンなんか滅多に飲まないので…ふふ、でも、そういう月島さんだって真っ赤ですよ」
「なに?」

顎から頬を己の指で撫で上げる仕草は、剃り残しが無いか確認している様にも見える。触っても色なんて分からないだろうに、可愛い人だ。

「顔色じゃなくて、こっちです」

月島さんに自覚があるかは定かではないが、あれ程真っ赤に染まった鎖骨を見たら流石に察するだろう。中年太りとは無縁の腹筋はどうなのかとつい視線が下りてしまいそうになるのを堪えながら、私自身の鎖骨を指さして示す。
と、月島さんがぐっと固唾を呑んで勢い良く目を逸らした。
なんだろう。鎖骨の赤味を指摘されるのって、月島さんとしては恥ずかしいことだったんだろうか。

「月島さん?」
「…胸元を直しなさい、日鳥」

目元を手で覆い、月島さんは絞り出す様な声でそう言った。
胸元。鎖骨を示した時に多少緩みはしたものの、そう目も当てられない程に肌蹴ている訳でもないそこを見下ろす。合わせ目が下がって谷間のラインが少し覗いているかもしれないが、月島さんだって今更そんなことで動揺する程初心ではないだろう。

「…これでいいですか?」

とりあえず襟を伸ばすくらいに直した振りをしておく。谷間のラインは隠れたし、これ以上はピンでも無いと閉じておけない領域だ。
月島さんの手が下ろされる。覗いた眼は少し据わっている様だった。

「……そのままで、俺と話をしていられるのか」

かなりの間を置いて投げかけられた問いに、今度ばかりは戸惑いを隠せなかった。
まるで視線で這いずり回る様に胸元を見られたことも中々衝撃的だったが、そんな風にまじまじと吟味された結果が不合格ということも、問われた内容も全てが予想外だった。
今一度自分の胸元を見下ろす。
標準的な大きさだと思われる胸は下着と浴衣とに守られてちらりとも肌蹴ておらず、なだらかなカーブを描いて鎮座している。その二つの膨らみによって生まれるラインは少し顔を出していたが、今さっきしまったところだ。
…困った。一体何が月島さんのお眼鏡に適わなかったのか、さっぱり分からない。

「あの、」

白旗を上げようとした矢先、どすりと、重いものが落とされる音に言葉を阻まれる。その着地点は私のすぐ隣で、胸元から視線を上げた先にはへの字口があった。
月島さんが、近い。

「…月島さん、あの」

目が怖い。ぎらついた獰猛な瞳に今にも喰われそうで、思わず後ろに身体が泳ぐ。

「からかってるのか」

そうして稼いだ距離を、上体だけを傾けて月島さんが台無しにしてくる。
ソファの上に片足を乗せ、完全に身体を私の方に向けた月島さんが無理の無い体勢で迫ってくるのに対し、私は正面を向いたまま横へ倒れ込むしか逃げ道が無いのも厳しい。初動が悪かったのだと反省してももう遅かった。

「こんな風に胸元を晒しながら平然としていられる様な、そんな慎みの無い女だとは思わなかった」
「っ、」

月島さんの中指と人差し指が、私の鎖骨を挟む様にして肌をなぞる。そのまま谷間へ滑り落ちて来ようとするのを、慌てて合わせ目をぎゅっと握って阻んだ。

「事故とは言え、俺達は今夜、この部屋でふたりきりなんだぞ? 更に言うならお互いに大人で、独身だ。 どんなことになろうと自己責任なのは分かるだろうに…」
「月島さん、ちょっと、やめて下さいっ」

月島さんの腕が腰に回され、ぐっと引き寄せられる。体勢を崩されてとうとうソファの上に仰向けに倒れ込んだ私の上に月島さんが伸し掛って、少し酒気臭い、荒い息が顔に吹きかけられた。
抵抗の為にその胸板を手で突こうとして、止める。
こんな状況にあっても月島さんの身体に触れるのを、恥ずかしいという理由で躊躇ってしまう。なら今の、所謂押し倒された状態も満更ではないのではないかと自問するがそれもやはり同じ理由で駄目なのだ。
恥ずかしい。嬉しいけれど、どうしても恥ずかしい。

「…本当に嫌なら蹴ってでも引っ掻いてでも抵抗してくれ。 そんな顔して嫌だと言われたところで…俺は、止まれない」
「んっ」

月島さんの指が胸の頂を摘む。布を二枚挟んでも爪先まで駆け抜ける快感に、鼻にかかった声が漏れた。
ごくりと、月島さんの喉仏が動くのを間近で見る。

「…い、まのは、聞かなかったことに…」
「出来るか」

明らかに気持ち良いですと物語っていた己の声が届いていなかった僥倖を願うも、そんな淡い期待は月島さんの瞳を見れば一息に消し飛んでしまった。
もう理性の一欠片も見えない、野獣の瞳。どこから食おうかと値踏みする様な視線に全身を舐められて、身が竦む。

「月島さん、月島さん、待って、待って下さい」

浴衣の帯にかけられた大きな手を握るも、ものともせずに結び目は解かれた。左右に開こうとする浴衣の前身頃を出来るだけ握り合わせるが、私の手では限界などたかが知れている。

「…流石に若いな。 肌の吸い付きが堪らん」

胸と陰部のあたりで必死に布地を握り締める私を嘲笑う様に、月島さんの手は腹部の隙間から入り込んで臍のやや上を撫でた。アルコールと緊張とで若干汗をかいてしっとりとした肌に触れられているというだけで落ち着かないのに、指先で、掌でじっくりと撫で回されては擽ったいなどと呑気なことを言っている場合ではない。かと言って取り押さえるには腕が足りず、言葉も最早聞き入れて貰えない。
どうにか月島さんの手を止めさせる言葉は無いものか、必死に思案する。気を引くなにか、意表を突くなにかを───閃いた。

「月島さん、好きです!」
「───は?」

それがどんな結果を齎すかなんてことは考えず、一瞬でも月島さんの理性を取り戻せればいいと即実行に移した。
…月島さんの気持ちは分からないが、好意が全く無い相手にこうもがっつく人ではないと思っている。だからこの状況に一抹の期待が無かったといえば嘘で、でもこのまま最後まで至りたくないというのも本音だった。酒の勢いにしたくないし、されたくない。

「…日鳥、お前、この状況で…」

月島さんの興を殺ぐことには成功したが、そうも正気を疑う瞳で見つめないで欲しかった。でもその、いつも通りの静かな瞳に安堵する。

「いや、我慢の利かなかった俺が悪いな、うん…」

月島さんの額が鎖骨の間に宛てがわれ、その体勢で吐かれた深い溜め息は谷間を通り抜けて臍の方へ抜けていく。いつの間にか浴衣の下から退散していた月島さんの手は、今は私の腕を撫でていた。

「……俺も好きだ。 こんな形で伝えるのは本当に心外だが…」

顔を上げた月島さんの眦が、情けなく垂れている。今回の案件のフォローを部下である私達に募った時と同じくらい申し訳無さそうにする姿は、すっかりいつもの月島さんだった。

「こんな情けない男で、本当に良いのか」

そんなところまで普段通りに戻らなくていいのにと思う反面、そういうところも好きなんだと思えてしまうのだから惚れた方の負けとはよく言ったものだ。特に襲われかけたこの期に及んで。

「全然大好きです」
「…物好きめ」

月島さんは少し困った様に笑って、顔を寄せてくる。軽く触れ合った唇は熱く、二度、三度と離れてはくっつくことを繰り返す毎に離れ難くなるのは私だけなのだろうか。
離れようとした月島さんの浴衣の襟ぐりを握る。少し頭を持ち上げて自分から唇を押し付けると、一瞬の緊張の後、月島さんの舌が咥内に潜り込んできた。絡ませようとした舌がビールの苦味にちょっと怖気付いたけれど、構わず先手を取ってきた月島さんの舌に舐られる快感にどうでも良くなる。

「ん、ふあ」

月島さんの肉厚な舌で咥内はすぐにいっぱいになってしまった。じゅるじゅると大きな音を立てながら唾液ごと舌を啜られ、口の端から零れた唾液が首筋を伝う。それを追って月島さんの舌が首筋を這い、また唇に戻ってきては舌を絡めるというローテーションに暫し没頭した。知らなかった、キスって気持ち良いんだ。

「…っは、日鳥…大丈夫か?」

快感に酔わされ、くったりと力が抜けてしまった私がキスに応えないことに気付いた月島さんが気遣わしげに顔を覗き込んでくる。少し腫れぼったく膨らんだその唇を見て、私もああなっているのだろうかと指でさすった。

「ん、大丈夫です…キスでこんなに気持ち良くなったの、初めてで…」

熱が籠る下肢を擦り合わせる。浴衣姿の月島さんに跨られた太腿は縮こまらせていないと素肌同士が触れ合ってしまうからじっとしていたのに、熱を我慢しようとした所作によって水泡に帰してしまった。ちょんと触れた月島さんの身体が危うい程に震え、その瞳が再び獣の色を宿す。しかしなにより、月島さんの浴衣の一部を押し上げて存在を主張するそれが、持ち主の興奮を物語っていた。

「月島さん…それ…」

月島さんの腰が少し落とされて、硬くそそり立つそれが私の下腹にあてがわれる。もう帯から下の月島さんの浴衣は肌蹴ているなんてものではない。黒のボクサーパンツ、即ち布一枚向こうのそれが、私の素肌に触れていた。

「分かっている、流石に出張中にこういうのは…まずいことくらい」

そう、出張中なのである。就業中では無いけれど、会社のお金で泊まっているところでセックスすることには強い抵抗感があった。
月島さんも同感なのだろうが、完全に勃起してしまっていて萎える気配が無い。
自身のそれを撫でながら私の顔をちらちらと窺い見てくる月島さんの欲求が分からないではないだけに、私は困ってしまった。キスを強請った手前、ちゃんと責任を取るべきだという想いもあるけれど。
と。

「日鳥、今週末は日曜まで空けておけ」
「え?」

月島さんはそう早口で言うと、私の上から退いた。ソファから飛び降りた勢いのままにバスルームの方へ消えていったのは、多分処理する為なんだろう。月島さんの熱の残る下腹を撫でながら、今週末の予定を反芻する。
金、土、日。いずれも今のところ予定は無い。

「…一日中するとか、そういうことじゃないよね…」

お互い二十代の若者ではないのだからそんな体力は無いと思おうとして、月島さんの腹筋を思い出す。比喩表現ではなく洗濯板に出来そうな隆起に、加齢による衰えなど見えなかった。
もしそうなのだとしても、せめて日曜日は休息に使わせてくれる予定なのだと信じてソファの下に落とされていた帯を拾う。
さて、金曜日はどんな格好で出社しよう。

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