小さく息をする


 五.

千寿郎は、そのようにうつくしい人をこれまで見たことがありませんでした。
まるでお伽噺のなかから出てきたような、肌は作りもののように真っ白くきめ細やかで、しなやかなからだの曲線はどこか艶かしく、何とも儚い雰囲気を纏っていたのです。

「せ、千寿郎と申します! 兄に仰せつかって参りました」

緊張した面持ちで部屋に上がると、幾度も訪れているはずのその場所が遠い異国のように感じられ、自分のほうが客人のように思えるのでした。
彼女は少し首を傾けて千寿郎の顔を見つめると、彼のとなりに置かれた木の桶に視線を移しました。
兄から彼女は魚が好きだと聞いて、先日近所の寺の前に並んだ屋台で、やっとの思いで掬った金魚を一匹持ってきてやったのです。

「あ、これはその、よかったら」

千寿郎はおそるおそる金魚の入った小さな桶を差し出しました。
桶を覗くと水のなかの金魚は、ぱくぱくと口をあけて上へ上へと昇ってきていました。
彼女が水面上で指を揺らすと、その動きに合わせるように緩慢だった動きが生き生きと活発に泳ぎ出しました。
いつまでそうしていたのか、彼女も千寿郎も、金魚のことを見つめて日がな一日を共に過ごしました。

千寿郎は、杏寿郎が任務などで屋敷を空ける日は、このように彼女の様子を見に来るようになりました。
目につくあらゆるものに感嘆の表情を浮かべる彼女に、千寿郎は色々なことを教えてやるのでした。
彼女は何も話さないのでしたが、そんなことを忘れてしまうほどに二人の距離は急速に縮まり、仲良く肩を並べて縁側で絵などを描いているのでした。

ある時、杏寿郎が外出先から屋敷に戻ると、二人が庭で竹とんぼを飛ばしていました。
千寿郎が作ったのであろう竹の細工が縁側に少しのこされて、彼女はくるくると地上に放たれ落ちてゆく竹細工を不思議そうに見つめていました。
帰宅した杏寿郎に気がつき、振り返った彼女の、その笑顔があまりにもこころを揺さぶるので、彼は思わずじっと見つめて暫く動けないのでありました。


辺りはすっかり暮れはじめていましたが、久々に時間の空いた杏寿郎は、彼女に外の景色を見せてやろうと、ずいぶんと遠くまで歩いてきていました。
年に数回しか訪れないその場所は、彼が彼女と出会った池のほとりでした。
今日は近くで年に一度の祭りが開かれており、池の周りにもこの日ばかりはたくさんのぼんぼりが施されて、この道を明るく照らしていました。
彼女はぼんぼりの明かりに目を耀かせて、一面の景色にくるくると首をあちらこちらに向けながら、嬉しそうに微笑みました。
けれども、ひと度、池のなかへ視線を落とすと、見えない底のほうをひどく哀しそうに見つめていました。
池の底の鯉たちの歌声が、彼女の耳に切なく響き渡るのは初めてのことでした。


「疲れてはいないか」

彼は、彼女をおぶさりながら静かに連なる藤の花のなかを歩きました。
互いの表情は見えないのでしたが、彼女が彼の背中に顔を寄せると、彼はこころが温まるような思いがして、とても満たされた気持ちになりました。


 *

その夜、二人は同じ褥の上にいました。
いつもは彼女がそばに寝たがるので、隣に布団を敷いてやりましたが、今日は何故だか彼から離れようとしないのでした。
池を目にしてから彼女は堪らなく心細いような思いに包まれていました。
彼は、言葉を発しない彼女に一方的にこのようなことをするのは、気が引ける、と自らからだに触れるようなことはありませんでした。
けれども、その日ばかりは彼女がどこか不安げに瞳を揺らすので、何故だかとても慰めてやりたいような心持ちになりました。
彼女は、何か言葉を発しようとした彼の口を指でそっと遮りました。
だんだんと近づいてくる彼女の動作を彼は黙って受け入れていました。

彼女は、彼の顔を両の手でやさしく包み込みました。二人は互いにうっとりとして、彼は彼女の手に自身の手を重ねると、その赤く色づく唇にそっと口づけをしました。
二つの唇が折り重なり、幾度も角度をかえて、静かに合わさるたび、互いの愛しさが募ってゆくのを感じました。
彼女の肩から着物をするりと下へ落とすと、露になった二つの小さな乳房がつめたい空気に触れました。
彼はその姿を見ているうち、それがあまりにもうつくしく、儚く見えたので、何故だか堪らなく胸を締め付けられるような切ない思いに駆られました。
彼女が彼の鼓動を確かめるようにその胸に右手を添えると、彼は白く華奢なその手を掴み取り、慈しむように口づけを落としました。
そうして、彼女のからだを褥へ寝かせ、いつまでも抱き締めて、永遠に離したくはないとその心につよく思うのでした。




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