小さく息をする


 三.

杏寿郎は、散りゆく藤の花びらに包まれるようにして横たわる、うつくしい娘の姿を目にしました。身に纏うものは何もなく、この真冬にどうしてこのような事態に陥ったのかと、考えるよりも先に隊服の上着を娘のからだに掛けてやりました。
大丈夫かと声を掛け、手を伸ばしてみると息はあるようで驚きと安堵に息をつきました。月明かりに照らされたそれは、今までに見たこともないほどのうつくしい耀きを放っていたのです。
辺りはすっかり更けこみ、うす暗く、この正月の三が日の最中には、病院なども閉じられてしまっているのでした。
此の場に置いてゆくわけにも行かず、いかがしたものかと思案した後、彼女を抱えて己の屋敷へと連れ帰ることにしました。
行灯の光に翳してみると、肌の色もよく怪我などはしていないようで再び安堵の気持ちに息をつき、これであれば目が覚めるまではこのままでも構わないであろうと思いました。
男の一人住まいに女物の着物などあるはずもなく、仕方なしに己の着物を着せてやりました。意識のない女性へ許可なく触れるなど、躊躇いがないわけではありませんでしたが、時折戸惑いに瞳を揺らしながら、これは医者が患者に行うそれと変わりないのだと自身によく云い聞かせました。

今日は母の命日でありました。偵察任務のため千寿郎とは時間帯が合わず、日が暮れようとしていた頃にゆかりのあるその土地を訪れました。彼が先祖の墓参りにと母に連れられて、近くの池を眺めていたあの時から、もうすでに十年の歳月が過ぎていました。
怖いもの知らずの少年は、日夜、蔓延る鬼の背を追いかけ討ち果たそうと己の使命に身を尽くしていたのです。
初めて会ったばかりの彼女の寝顔を目にしていると、だんだんと安らかな眠気に誘われ、彼はその夜静かに床に就きました。


 *

暖かな日差しのなかで、文机を前にし、昨日の任務報告を文にしたためていると、後ろから畳の擦れるような静かな物音がしました。
振り返ると褥から身を起こした彼女が、こちらへ向かって遠慮がちに視線を寄こしていました。

「目が覚めたか!」

杏寿郎は、よろこびに身を乗り出し彼女のそばに寄りました。
その動きに驚いた彼女が身を引くのを見て、「ん! すまない! いや、つい君が長いこと目を覚まさなかったもので、心配していた!!」
彼は痛むところはないか、具合は大丈夫かと、きょとんとした面持ちで一向に言葉を発することなく見つめ返すその顔を、困り果てたように覗き込みました。
その瞳は、きょろきょろと部屋のなかを見渡し、杏寿郎に視線を移すと、ただただじっとその顔を見つめているのでした。


この時、彼女が言葉を話せないのだと彼は知りませんでした。
そうして彼女は言葉だけではなく、うまく立ち上がることもできず、立ち上がることができたとしても、そう長くは立っていることが難しかったので、まるで足も不自由なようでした。
けれども、彼はそんなことさえも苦に思うことはありませんでした。忙しい日常のなかで、彼自身も知らず知らずのうちに、見ず知らずの彼女に甲斐甲斐しく世話を焼いて暮らしてゆくのでした。




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