合歓木に添う


青々とした合歓(ねむ)の葉を見上げ、この樹木のこんなにも華やかな姿を目にしたことがあっただろうか、と畦道をゆっくりと進みながら杏寿郎は思い返した。
彼の知る生家近くに聳え立つ合歓木は、いつも冬になるとあちらこちらに葉を落とし、吹き荒ぶつめたい風に幹と枝をさらしながら、雪景色に溶け込むように佇んでいた。その物淋しさを印象深く心に留めていたのは、それは母が亡くなったのが冬の日であったからだと思い至った。

隣を見遣ると、夕暮れ時に咲き始めるそのほのかに色づいた桃色の愛らしい花を、名前は華やいだ表情で見つめていた。
そんな姿に胸が温かくなるのを感じ、杏寿郎はそっと微笑んだ。

ふと彼は、合わせた歩幅が遅れるのに気が付き、ぎこちない彼女の足元を見つめる。
「足が痛むのか」貸してごらん見てやろう、と跪き、立ち止まった彼女の履き物に手を掛けると、鼻緒に擦れた足の甲が少し擦りむけてほんのり赤く滲んでいた。
「なぜ君は早く云わない。擦れてしまっている」
名前は少し身を引き、彼から足を遠ざけようとしたが、その手に制止され、「大したことはありません」と困ったように微笑んだ。
どうして彼はこんなことに気が付くのか。彼女は姉さんに譲って頂いたばかりの、控えめに小さな白梅を鼻緒に模したその下駄を、今朝まで彼の前で履きたくて嬉々としていた自分の姿が少し滑稽に思い起こされた。そんなみっともない心の内がどうかさらけ出されないようにと願った。

杏寿郎は自身の手拭いを足の甲に巻き付け、名前の足を下駄に戻した。
そうして肩に置かれた手を優しく握りしめると、「そうだ! 君に渡したいものがある」と唐突に懐から淡い蒲公英色の小さな紙巾着を取り出した。
「まあ可愛らしい。これは何ですか」と彼女が手のなかに受け取り、開いて見ると、色とりどりの砂糖菓子が入っていた。
「金平糖だ」こないだ仲間と歩いていたら見つけてな、と杏寿郎は彼女の手を引き、気遣うように歩き出した。
名前は金平糖の入ったその巾着を大切そうに胸に握りしめると、ころころと笑い「ありがとうございます」と小走りに寄り添った。


夕暮れ時の暮れなずむ景色は淋しい。皆が家路へと帰って行く。じきにこの手も離さなければならない、と名前は彼の背中を見つめた。彼は自分の知らないところへ向かうのだろう、それが時おり、胸を締め付け、淡い悲しみを連れてくるのであった。
前を行く親子の繋いだ手も、笑い合う男女の寄り添う姿も、みんな皆そうしていつまでも離れなければよい、と彼女は膨らみ行く入道雲を仰いだ。




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