深淵に望み


「これは懐かしい!」

和三盆を使用した小粒の金平糖ですよ、と店主がにこやかに試食用の菓子を差し出した。
白紙の上に色づく数粒のうちの一つを手に取ると、杏寿郎は「では、二包みいただこう! 」と満面の笑みを返した。

隣に立っていた伊黒が「二つも買ってどうする」と云いながら、静かな声量で「自分も一つくれ」と店主に声を掛ける。
「お前こそどうするんだよ」と割って入った宇髄は、並べられた菓子を見渡し「俺も三つ頼む!」と懐から財布を取り出した。
「一つは弟への土産だ! しかしそれ以上聞くのは野暮というものだろう!」と杏寿郎は清々しい程に姿勢を正し、店主に礼を云うと、紙包みを受け取った。

遠巻きに呆気に取られて見ていた不死川は、怪訝そうに息を吐き、柱合会議の後だというのに呑気な奴らだと思った。
このように半年に一度、柱たちが一堂に会する日がある。常日頃は、担当区域が定められ、たまの柱稽古や合同任務以外では顔を合わせることはなかった。
鬼殺隊本部を後にし、各々持ち場に帰る道すがら、一軒の和菓子屋が店前(たなさき)売りをしていたのだ。

兄さんはいいのかい、と店主に声を掛けられ、眉間を寄せた不死川は、仕方なしに一つくれ、と言葉を返した。
「買うんじゃねぇか」と揶揄う宇髄とは目を合わせず、彼は三人を残して歩き出した。
振り向きもせずに、ひらひらと手を振り去っていく彼の背を見つめながら、「不死川は甘いものが好きなのだ!」と杏寿郎が穏やかに笑った。


伊黒と鏑丸が去るのを見送り、杏寿郎は宇髄と共に道中を進み始めた。
様々な店が軒を連ねるこの場所は、日が沈む程に賑わう大規模な飲食街であった。
この数年であらゆる文化が溶け込み、街並みも大きく変わり始めていた。
人々の行き交う姿を見ていると、鬼殺をしている自分たちとはどこか別世界のことのように感じられた。

少し遠く離れたところで、道行く人々がまばらに道を空け始め、一方向を見ている。その視線の先に、着飾った女たちが連れ立って歩いていた。その華やかな雰囲気に皆は道を空けたのだと気が付いた。

杏寿郎は、歩く女たちのなかに名前の姿を見た。御空色(みそらいろ)の着物に身を包み、白粉を塗り真っ赤な紅をさして、結い上げた髪に揺れる白い花の飾りが美しかった。
すれ違う人に声を掛けられ、微笑み返すその表情は、はにかんだいつもの彼女であったが、どこか凛としていて艶を含んでいた。

彼は、彼女のことをよく知っていると思っていた。だがふと己の知らない彼女の生活があるのだと、共に過ごせない時を思った。

「こりゃまた華やかだ」と宇髄が口を開いた。

「ああ」

杏寿郎は何とも云いがたいような表情で、遠退いて行く彼女の横顔を見つめていた。




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