遠鳴り


「可愛いお嬢さんだねぇ」道の脇に腰掛けた老婆が名前を見るなりしみじみと云った。
杏寿郎が何の躊躇いもなく、「そうであろう!」と声高らかに云うので、通りすぎようとした往来の夫婦が思わず笑ってこちらを見た。
そのやり取りに、名前は身の置き場をなくし俯いたが、仲良く連れ立って歩く二人の姿はその容姿の麗しさも相まってか、道行く人たちに微笑ましく映っていた。

日暮れとともに辺りは一層影を落とし、花火の打ち上がる音が響き始めた。
杏寿郎は「この場所ならよく見られそうだ」と、名前の手を引き欄干の前まで来ると、彼女を囲うように前へとやり、打ち上がる花火を見上げた。
名前は炸裂音とともに橙の光が放射状に広がり落ちるのを見た。花が開くように瞬く間に消えては絶え間なく開くその光景を目にし、「あんなに美しいものを、どのようにして作るのでしょうね」と彼女は云った。
それが本当に不思議であるかのように呟くので、杏寿郎は何とも云えず、思わず吹き出し笑ってしまった。
彼女はどうして彼がそんなにも笑うのか、理解ができていなかったが、きっとおかしなことを云ってしまったのだろうと、少し唇を噛み締めて、気恥ずかしさを隠すように夜空を見上げるのであった。そして目の前に広がるこの光景を、彼の途方もない優しさに満ちた笑顔を、いつまでもこの胸に覚えていようと思ったのである。


彼女は、自身を贔屓にしてくれている旦那がいることを杏寿郎に云い出せずにいた。明くる年には十八になる自身の年齢にずっとこうしては居られないだろうと思った。じきに舞妓から芸妓へ上がる。
名前は遊女ではない。しかし芸妓の身で、ある特定の旦那が出来るということは衣装から稽古代あらゆる物を支援してもらい、素知らぬ顔はできないであろう、つまりはその人のために身も心も尽くすということを意味していた。法で規制をされた今でもその名残は続いており、それはこの世界の暗黙のうちに成されていた。

年若く勤めの忙しい身で芸妓遊びなどしたこともない杏寿郎が、花街の仕組みなど知る由もなかった。それでも名前だけではなく、互いにどこかこのままでは居られないことを予感していた。




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