日々の囀り


過日の濁流で寄せられた石やら土やらがなだらかな小山をつくり、この土手の景色を変えていた。
杏寿郎はそうして出来上がった小山に腰掛けながら、川の水に素足をさらす彼女の様子を眺めていた。
その着物からこぼれた白い足首やふくらはぎが揺れるのを、何とも艶かしく自身が捉えたので、目を反らすように彼女の顔を見据えた。
何やら見つけた貝の殻を嬉しそうにこちらへ向けている。何とも微笑ましいその光景に、穏やかな笑みを向けると、「今日は、稽古はよかったのか」と声を掛けた。
「今日はお師匠さんが暇をくださったのです。夜は桟橋の近くで打ち上がる花火を見ることが出来るから、寄っておいでと云ってくださいました」少しはにかみながら彼女は控えめに視線を寄越すと、「杏寿郎さんも一緒に花火を見に行かれませんか」と云った。
自然と縮めた距離をさらに埋めるように彼女の手を引くと、「ああ、それもよいな」と杏寿郎はその彼女の華奢な手を取って、桜貝のような爪を自身の指で弄びながら、何度も愛おしそうに撫でるのであった。
彼女はそんな杏寿郎の姿がどこか物憂げに見えたので、少し胸が落ち着かなくなるのを感じた。

「杏寿郎さん、何かあったのですか」きょとんとした面持ちで彼女が杏寿郎の顔を覗き込むと、優しい眼差しが送られて、「君は何も案ずるな。ただ俺は君のことが堪らなく愛しい。この手に納めておきたいとふと思い耽ってしまった」頬に手を添えながら、杏寿郎は真っ直ぐに彼女を見つめ、そうした時が永遠に続けばよいと願ってやまないのであった。

彼女と出会う前の己は、自身を捧げる凡てにおいて失うことに躊躇など抱かなかった。
そのことに対して逡巡する余地が出来てしまうなど思いも寄らなかった。こうして心を通わせ寄り添い合うことは、この身には余りに無責任にも思えた。それでも手を伸ばさずにはいられないのだから、人の心とは思うようにはならぬものであるなと一人考えた。また物思いに耽り眉を下げた杏寿郎を見て、彼女は、「名前はずっと杏寿郎さんのお側におります」と静かに胸に顔を埋めるのであった。

「明日の夜、任務に立つ。今夜は共に過ごそう」




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