冨岡先生を飼い犬、そして恋人として受け入れてから初めての年末年始。 一緒に過ごさない、という選択肢を選ばせてもらえるわけもなく、たとえあったとしても選ぶはずもなく、質素ながら去年と同じように雑煮を一緒に食べて、初日の出を観たいと駄々をこねる犬に付き合い早起きをして、日の出のあとは二度寝をするという、とても平和な年始を迎えた。 いや、全部が全部平和ってわけじゃないけれど、それでも去年よりかは格段に落ち着いているという比較。 元日なんて特にすることもなく、2人でゆっくり正月特番を見てしまうくらい時間が有り余っているし、何なら今、冨岡先生は暢気にうたた寝をかましてる。 その直前まで炬燵とミカンを満喫できていたことが幸せだったらしい。 私はいえば、定位置の斜め向かいに座って、2個目のミカンを食そうとしているところだ。 この人が起きたら、どこかに出掛けてみようかと考えもしたけれど、先程通知を告げたLINEで雪がチラついているという情報を得たため、この温さから動かないことを決めた。 猫は炬燵で丸くなるなんて言うし、今日はもうどこにも行かない。 皮を剥き終えたところで、またピロンと高音を立てるスマホに触れる。 画像が送信されたことを知り、何の気なしに開いてみた。 "やべぇ大吉だ!" 同時に送られてきたメッセージを読んで、そういえば宇髄先生、さっき結構有名な神社に初詣へ行くだのなんだのとグループLINEで報告してたっけ、とのんびり考える。 見たまんま、大吉と書かれた紙は間違いなくおみくじだ。 宇髄先生も意外とこういうので喜んだりするのかと、ちょっと微笑ましくなっていたところに立て続けに送られてくる3枚の写真には、これまた大吉と書いてある。 良く見れば書かれている内容が全部違うから、4枚分ということになるのか。 どういう意味なのか眉を寄せようとする前に "みくじって1回しか引いちゃいけねーんじゃなかったか?" 不死川先生の的確な疑問が入る。 "これは嫁だ。最後の画像が俺" すぐに返ってきた内容に、少し、いやだいぶ考えてしまった。 嫁になってるし、なんなら1人増えてる。 そしてその4人全員が大吉を引いたということになるわけだ。 どれが一番驚きなのか正月ボケのせいか冷静に頭が働かないけれど、とにかく宇髄先生が色々すごいのはわかった。 そっと画面を消してから上げた視線の先、ちょうど初詣の様子を中継していて、あの派手な風貌を思い出す。 もしかしたら映り込んでいたりして。それはそれで面白いかも。なんてテレビに注視する必要もなく、画面いっぱいに出てきた宇髄先生に目が点になった。 『すごいですね!4人とも大吉なんて!』 『まぁな!なんったって俺は神と同等だからよ!』 『しかも皆さん彼女さん!?』 『彼女じゃねぇ!嫁だ』 笑顔で手を振る3人に、頭を抱えたくなる衝動を我慢する。 宇髄先生の彼女、もといお嫁さんを誰だか存じ上げなかったけれど、まさか学園内の関係者だったなんて…。 生徒、及び保護者の方々が見ていないことを祈るしかない。 「…宇髄だ」 寝惚け声がして、そちらに目を向ければ半分開いた瞳で画面を眺める冨岡先生がいた。 「起きましたか」 「…起こされた」 「すみません。うるさかったですか?」 「名前じゃない。宇髄の声がするから、まさか家に上がり込んできたのかと目が覚めた」 「あぁ、なるほど。そういうことですね」 年明けもこの人は変わらないな。 「宇髄は何してる?ついに捕まったのか?」 「何ですかついにって…。捕まってたらこんな悠長にミカン食べてられないですよ。初詣に行ってインタビューされてるみたいです」 「…そうか。初詣か」 また微睡む瞳が何かを思いついたように動いたけれど、正直あまりいい予感はしない。 「どうしました?」 しないけど、一応は訊ねてみる。 「俺も行きたい。行こう」 「初詣ですか?ちょっと今から行っても宇髄先生との合流は難しいかと…。見ての通りかなり混んでますし」 「宇髄と同所に行きたいんじゃない。学園の近くに神社があった。そこがいい」 「神社なんてありましたっけ?」 「ある。桜を見に行きたいと言ったのを覚えてないか?」 「…あぁ、なんとなく、思い出しました」 「確か年始にも屋台が出ているはずだ」 「…行きたいんですか?」 「行きたい」 すっかり覚醒した群青色を向けられては、駄目という言葉が出て来ない。 今ここで渋る理由は寒い、面倒くさい、というものだけなので余計だ。 「…わかりました。準備しましょうね」 残っていたミカンの粒を口に入れてから立ち上がる私に、キラキラとしていく瞳を向ける冨岡先生は今年も変わらないのだろうなと安心感が沸いた。 good boy 時折チラつく雪に寒いだろうと着込んではみたものの、歩いたからか目的の場所に着くまでに寒さはそれほど感じなかった。 ポケットに入れられている繋いだ右手が温かかったからかもしれない。 「結構、人がいるんですね」 鳥居から先、拝殿まで続く参道は決して長いものではないのに所狭しと屋台が軒を連ねていて、そこには部分的な人だかりもできていた。 「ある界隈には人気らしい」 「何ですか?ある界隈って」 「猫好きだ」 その一言だけで納得してしまう自分がいる。 「猫に関する神様が祀られてるとか、そういう場所なんですか?」 見た目と名前からしても、それほど深く関係しているものは見受けられない。 「いや、猫がいる」 「猫が、いる?」 「境内に放し飼いにされているらしい。猫のわりに懐きがいいと評判だ」 「へぇ…」 これには眉を上げて驚いた。 勿論この集客は一概にそれだけとは言えないけれど、影響力があるということは看板犬ならぬ看板猫なのか、なんて考える。 とにもかくにも、ここまで来たのだから礼拝をしようといまだポケットに収められている右手を出そうとして、ぐっと締まる力に眉が寄った。 視線を向けた先には、同じく眉間に皺を作る冨岡先生。 「猫と聞いた途端、手を離そうとするな」 「いえ、だから離そうとしたんではなくお参りするためですよ」 「手水舎まではまだ距離がある。まだ離さなくていい」 「…わかりました」 違和感は覚えたものの言う通りに進んだ先、人だかりの中に見慣れた顔を見つけた。 咄嗟に離しそうになった手を阻む力強さは、こうなるのを想定していたのが窺える。 「あれ?冨岡先生!苗字先生も!」 眩しい笑顔を向けられて、一瞬返答に困った。 「…竈門くん、こんにちは」 「あけましておめでとうございます!」 あぁ、そうだった、と思ったと同時に振り向いたフランスパンに釘付けになってしまう。 「フガ!」 何を言っているのかまではわからないけれど、下げる頭に倣った。 「あけましておめでとうございます。ご兄妹で初詣ですか?」 「いえ」 一瞬、冨岡先生の上着のポケットに収納されたままの手に視線が動いた気がするけれど、触れちゃいけないと判断されたらしい。 「善逸と伊之助とも来たんですけどはぐれてしまって、今探しているところなんです」 「そうなんですね。一緒に探しましょうか?」 「いえ!大丈夫です!俺達のことは気にしないでください!行くぞ?禰豆子」 慌てたように早口で言いつつも、禰豆子さんに対する声掛けは優しくなるのが竈門くんらしい。 深く頭を下げてから手を繋いで歩いていく後ろ姿を微笑ましく見送ったものの、疑問は浮かぶ。 「冨岡先生」 恐らくその疑問の答えを知っている人物へ目を向けた。 「もしかしてキメツ学園でも有名だったりするんですか?ここ」 さっきは猫好きと限定していたけれど、着いて数分で生徒に遭遇するのはそうそうあることじゃない。 神社の造りを正確に把握している上に、竈門くん達を見ても何ひとつ動かない表情もおかしな話だ。 「見回りの圏内だ。一時キメツ学園であぶれ者達が縄張りとしていたことがあったため基本的に生徒の出入りは禁止となっている」 「…そうなんですね」 あれ?でも 「今の竈門くん達はいいんですか?」 「構わない。年末年始に参拝する場合に限っては許可されている」 「なるほど」 そんな暗黙のルールがあったのは知らなかった。 よく見れば確かに見覚えのある顔が多い。こちらに気付いて挨拶してくる子もいれば、こっそりと友達同士で耳打ちをし合う子もいて、反応は多種多様だ。 「先生〜。デートっすか〜?」 「生活指導の見回りだ」 「のわりに手ぇ繋いでますよね〜」 からかいながら通り過ぎていく生徒に、反射的に離そうとする手を掴む力は強くて能面になる。 「これが狙いでしたか」 「何がだ?」 しれっとした顔で進む冨岡先生についていくしか選択はないけれど、まぁそれも少しは嬉しいかも、なんて思った。 新年早々、見回りなんてかこつけて生徒達に見せつけるように歩く姿は嬉しさが溢れ出しているから、それで少しでも気持ちが満たされるなら悪くない。 生徒達にはもう婚約者として通っているわけだし、手くらい繋ぐのは当たり前だと思われるはず。 考えているうちにおもむろに離された手に、ポケットから引き抜くのが遅れた。 「手、清めないのか?」 質問と共に出された柄杓を咄嗟に受け取る。 「…ありがとうございます」 左手へ水を流し持ち変えると、右手を洗う動作は淀みがない。 最後に口を漱ぐ工程まで終えたのを見計らってから話し掛けてみる。 「ずいぶん慣れていらっしゃいますね」 「毎年のように教え込まれれば嫌でも覚える」 言葉が返ってくる間にも、持ったままだった柄杓を攫っていって私の両手へ水をかけてくれる冨岡先生はちょっとカッコ良く見えた。 「ありがとうございます」 短く礼を言って、冨岡先生に倣い口を濯ぐ。 「ハンカチどうぞ」 代わりといってはなんだけどポケットから出したそれを渡せば、またどことなく嬉しそうだ。 順番待ちもそこそこに、頭上にある鈴を見上げて止まる。 そういえば今更だけど、参拝の作法がうろ覚えだ。 すでに鈴を鳴らしてお賽銭を投げている隣の真似はしてみたけれど、何回頭を下げて何回手を鳴らすんだっけ? 「二礼二拍手一礼だ」 ボソッと出された的確な助け舟で、なんとか形にはなった。 来た道を戻りながら、こうやっていざという時、頼りになるこの人のことが好きかも、なんて思う。 作法の知識もそうだけど、そっとさり気なく私の状況を見抜いて助けてくれる、そういう動じないところが安心するというか、大型犬に似ている気がする。 「何を願った?」 「…え?」 そうだ。願い事―… 「場の雰囲気に呑まれ完全に忘れてました」 「慣れてないようだな」 「まぁ、そうですね。あまりこういうところに来たことがないので」 「一緒に来たのは俺が初めてか?」 あぁ、始まった、なんて正直微笑ましくなった。 「家族以外では初めてです」 「…また初めての称号を手に入れた…」 完全にご自分の世界に入ってしまわないうちに訊いてみる。 「冨岡先生は何を願ったんですか?」 「俺も願い事はしていない。礼はしたが」 「礼?」 「あぁ。新年早々望みが叶ったことに関してだ。ここの神力かは確かじゃないが、一応敬意は表しておいた」 「もしかして、初詣に来られたことですか?」 「違う。ベランダで朝陽を浴びながら今年初めてお前を抱けたこ「語弊作るのやめてくれませんか?」」 朝陽を浴びながらってなんだ。 ベランダでなんて決してしてない。されそうになった、というのが正しい。 だから部屋に逃げた。その先はもうどうしようもなかったけれど。 とにかくベランダでなんかはしてないし、これからもしない。絶対に。 「紛れもない事実だ」 キリッとした顔はもうこの際見なかったことにする。 「ここにもおみくじあるんですね」 わざと話は逸らしたけれど、偶然にも眼前に広がる一喜一憂する人々を気にはなったのは確かだ。 「引きたいのか?」 「折角来たので、少し気にはなります」 言い終わるより早く引っ張られる右手と、100円を2枚入れる行動は早い。 六角形の箱をずいと渡されて、振るしかなくなった。 出てきた1本の棒にも 「何番だ?」 間髪入れずに反応するものだから 「五十八番です」 そう答えるしかない。 設置された引き出しから1枚の紙を取ると渡してくるのには、辛うじて「ありがとうございます」は言えた。 同じように箱を振る冨岡先生を横目に、書かれた文字を読んで、ふむ、と心の中で頷く。 これはまた珍しい。そう感じた。 この中に結果が何通りあって、どれくらいの割合でこれを引き当てるのか、正確に把握はしていないのであくまで個人的な感想だけど、なかなか見ない字面だ。 「何だった?」 いつの間にか同じように紙を眺める姿に気付いて視線を上げる。 「冨岡先生、すごいじゃないですか。大吉ですよ。おめでとうございます」 宇髄先生といいお嫁さんといい、強運の面々なのは何となくわかる気がする。 厄とか一切寄せ付けなさそうな勢いだもんな。この人達。 「ただの確率の問題だ。喜ぶほどのものじゃない」 「まぁそうなんですけどね」 「俺より名前はどうだ?」 「大凶でした」 見えるようにそれをひっくり返せば、その群青色が少しだけ驚きで見開かれてる。それもすぐに険しくなった。 「…しくじった。先に引くべきだった」 「そんな悔やまなくても…。冨岡先生が先に引いてたとしても結果は違ってたでしょうし、それこそ確率の問題なので、正直それほど気にしてません」 「お前が気にしなくても俺が気にする。…そうだ、この大吉と交換すれば降りかかる災いを全てこちらへ向けられるんじゃないか」 「いえ、いいです。交換なんてそれこそ罰当たりそうじゃないですか。それに災いが降りかかると決まったわけではないので最初から被ろうとしないでください」 何というかホント、こういうところ従順な飼い犬だよな、なんてのも思う。 むしろ本物の犬でさえ気に留めないだろうに。 ただのおみくじの結果にここまで牙を剥き出しで反応するのはこの人くらいだ。 「名前に降りかかる全てを俺が守りたい」 またどっかの歌みたいなセリフ言ってるし。 納得させるためには折衷案が必要そうだ。 よく読んでなかった大凶の詳細を見てから、ブツブツ言ってる飼い犬兼恋人に戻す。 「冨岡先生、恋愛と結婚の結果どうでした?」 「…全て良い。現状維持と書いてある」 「大凶でも大吉を凌ぐこともあるんですね」 わざと含みを持たせたから、群青色が無言で続きを促してくる。 その目に映るよう、もう一度ひっくり返した。 「すごくないですか?これ」 思わず自慢げに言ってしまったけれど、これに関しては心から誇らしい。 "今が最高の相手。結婚大吉" 目にした途端ニヤケそうになってしまったし、キラキラと輝いていく表情に引いてよかったとも思う。 その代わりあとの運勢、全部最悪なことしか書かれてないけど。 勢い良く掴まれた手については、想定していたから驚きはしなかった。 「結婚しよう。今日ならわかりやすい」 「去年もそんなこと言ってませんでしたっけ?別に覚えやすい日に拘る必要もないと思いますよ」 相変わらずなんだけど、去年とは違う湧き上がる感情には少し戸惑ってはいる。 突拍子もない言動は心底困っていたはずなのに、今は愛おしいと何の迷いもなく言える自分に。 真剣な顔、その額にキスしたくなったのは我慢して、鼻を撫でる。 少しだけ冷えている肌が、また愛しくなった。 「今年のどれかが、そんな記念日になるといいですね」 「いいですねじゃない。記念日にさせる」 噛み付いてこようとする気配を感じて、咄嗟に口を押さえる。 「義勇、"待て"」 む、と口を尖らせたものの大人しくなる姿はやっぱり犬だな、なんて笑ってしまった。 大凶も全部大吉に転じるかも知れない ("待て"をする褒美は何だ?) (そういえば、何がいいですかね?) (ベラン(あ、猫が居ますよ!可愛いですね!)) [ 206/220 ] [*prev] [next#] [mokuji] [しおりを挟む] [back] ← ×
|