short | ナノ





キサツタイのキサツは、鬼を殺すと書いて鬼殺。ニチリントウは太陽の別名、日輪の刀で、日輪刀。
ボールペンは使えないのに、筆ペンではさくさく文字を書く、相変わらず不思議なトミオカギユウさんに教えて貰った。
因みにトミオカギユウは点のつかない方の冨で、冨岡。ギユウは義勇だって。
その文字を見たら、自然と授業で習った"義勇隊"って言葉が浮かんで、何か繋がりがあるのかなって思ったけど、それは大正よりもっと後の時代だから偶然かなぁ、でももし冨岡さんの名前が由来だったらそこに何か繋がりが…とか、結構本気で考えたりするようになった。

っていうのも、あれから更に1週間が経つんだけど、ちょっとずつ記憶を取り戻し始めてる冨岡さんが変わってきたから。
どう変わったっていうのは上手く言えないんだけど、現実的な事を言うようになった。

「俺はもしかしたら血鬼術にかかっているのではなく、何処かから此処に飛ばされてきたのかも知れない」

って。

それだけ聞くと全然、今も絶賛妄想中の人ですって感じしかないんだけど、そうじゃなくて、自分の思っていた世界と、今の周りの世界が違うって認識し始めたっていう言い方で良いのかな。
とにかくそんな感じ。
夜になっても全く姿を見せない、それどころか気配もしない"鬼"が此処には存在しないんじゃないかっていうのもやんわりわかってきたみたいで、頑なに脱がなかった隊服もジャージに変わったし、肌身離さず持ってた日輪刀が壁に立て掛けられてるのとか、縁側に座って遠くを見つめてる事とか、そういう行動が多くなった。

そういう時は大体
「俺は、戻らなくてはならない」
とか、そんなような台詞を言ってる。
誰も周りにいないから、多分独り言。

でもこの間、私に話し掛けてるのかと思って
「え?何ですか?」
って返しちゃった後の空気が結構気まずくて、それからは冨岡さんが物思いに耽ってる時は極力近付かないようにした。
犬はそんなのお構いなしにじゃれついて踏み付けにしてるけど。



わん はんどれっど えいと



「ん〜、ないなぁ…」

ベッドに寝っ転がって眺めるのはスマホ。あと今のは独り言。

"鬼殺隊"とか"日輪刀"とか、とりあえず思いつく限りの事を検索ワードにしてみるけど、出てくる物は全然関係ないものばかり。
冨岡さんが言ってる事が何処かで何か、記録みたいなものとして残ってるんじゃないかってネットでも学校の図書室でも暇さえあれば調べてみてるけど全然収穫はなし。

それにしても話を聞けば聞く程、すごいなぁって言葉しか出てこない。今のこの世界とは大違い。
半分柄の違う着物が大事な人の形見とか、炭治郎っていう後輩が居るとか、今までどんな鬼を斬ってきたかとか。
それを話す時の表情が凄い真剣。

あとはそろそろ警察とかに本気で相談した方が良いのかもっていうのも考え始めた。
私1人じゃどうにもならないかも。もう2週間も経ってるし。
でも誰かに相談した所で、相手にしてくれるかなっていう心配もある。
そういう心の病とか言われたらそれまでで、何か言われたら冨岡さんが可哀想だし、普通じゃない、見知らぬ人間がいるって噂になったら此処にはいられなくなっちゃうし

ガチャッ。

いきなり開いたドアに画面からそっちに目を動かす。
逆さまに見える冨岡さんの髪は濡れてて、お風呂上がりなんだろうなぁと考えた。
「風呂から上がった」
「はーい」
お風呂に入る前と入った後、必ずこうやって報告に来るようになったのは、この間2日続けて脱衣場で遭遇してしまったせい。
最初は私が入ってる時に冨岡さんが、次の日は冨岡さんが入ってる時に私が乱入みたいになってしまったものだから、お風呂に入る時は一声掛け合おうってなった。
お互いタオル巻いてたし一瞬だったから多分セーフ。多分。
私はちょっと見ちゃったけど。
冨岡さん、あの時めっちゃ動揺してたから言わないでおく。

お風呂入んなきゃなぁ。
って思いながら、めんどくさくてまたスマホに視線を向けた。
ただでさえ動きたくないのに無料漫画の広告なんてクリックしちゃったから暫くお風呂は無理。
でもすっごいベタな恋愛漫画だから微妙かな。
ある日突然、記憶を失くして城に迷い込んだイケメンをお姫様が匿うっていう。
そんで色々あってお互い好きになるけど実は親が勝手に決めた婚約者が居て…みたいな。
今丁度、どっちが階段の掃除するか揉めて、ホウキを取り合ってる内に揉み合いになってキスしちゃったってシーン。
設定、有り得なくない?って思うんだけどね。
何でお姫様が城の掃除するの?使用人とか居るでしょ普通にっていう突っ込みが先に出てきちゃう。
しかもこれ最後、実はこの男が王子様でお互いの婚約相手でした、みたいな結末だよなぁ。
でも王道過ぎるからか逆に読んでしまうのが不思議。
つまんなくはない。
それでもスクロールした所で今度は、お姫様の入浴シーンに鉢合わせしちゃうって所で"続きはこちら"って文字に目を顰めて画面を消した。
仕方ない。お風呂入るかー。暑いから入りたくないんだけどな。
「…ビックリした…!」
何にって冨岡さんに。
だっていつの間にかベッドの縁に座ってるんだもん。全然気が付かなかった。
しかもすごい怪訝な顔してる。
「何?何ですか?」
「年頃の娘が霰もない姿を見せるな」
「へ?」
何か父親みたいな事言い出した。
お父さんにもそんなの言われた事ないし、寧ろ全然何でもウエルカムって感じだけど。やっぱ時代が違うと考え方も変わるのかな。冨岡さん大正の人だもんね。
一応自分の姿を確認して眉を寄せる。
Tシャツにショーパンの何がいけないって?
お腹見えてたのは確かにアレだけど。ちょっと流石にやべって両膝立てて誤魔化したけど。
「だって暑いし良いじゃん別に。誰も見てないですよ」
「俺が見てる」
「え?まさか冨岡さん私の事そういう目で見てるの?うわ〜えっち〜。やっぱこの間のも覗きに来てたとか「違う」」
あ、これ多分怒った。完全に顔逸らされたもん。
「冗談だってば。機嫌直してくださいよ〜、ね?」
それでも黙りこくるその脇腹を足の指で擽った。
途端にビクッと反応して身を捩ったから、あ、擽り系苦手なんだって気付く。
そういえば冨岡さんが爆笑してる所見た事ないや。ヤバイ。めっちゃ見たい。
そう考えた瞬間、身体を起こすとその両脇腹を擽っていた。
「…やめろ…!」
お、これはかなり弱めの部類かも?お兄ちゃんとかの比じゃない。
「我慢しなくて良いですよ〜私擽るのめっちゃ上手いから。この間友達マジ泣」

ボフッ。

そんな音がした。背中の方で。

「…え?」

逆光で翳ってる冨岡さんの真剣な顔を見つめながら暫く考えてしまった。
何が起きたのかなって。
呆気に取られてたけど、身体を動かそうってなってからの状況把握は早かった。
押し倒されてる。冨岡さんに。しかも手首を拘束されて。
何コレ。さっきの恋愛漫画並みにベタな
「やめてくれ」
「ハイスイマセン」
即答した。ちょっと、じゃない。だいぶ顔が怖かったから。
本気で嫌だったんだろうな。それは申し訳ないごめんなさい。
擽りに弱い人って何だかんだ喜ぶタイプとマジで嫌がるタイプで分かれるけど、完全後者だった。
もう絶対やめよう。
冨岡さんに対するNG行動が知れたから良かった。
素直に謝ったから両手も解放されたし、うん良かった。
さぁお風呂に入ろう。
って思った瞬間、脇腹に触れる指先に
「ひょわっ!」
良くわかんない声が出た。
「捲れていたのを直したんだが…」
動きを止めた表情がビックリしてるけど私も同じ位驚いたよ。
「あーお腹出てましたよね冷えちゃうもんね!大変!」
「もしかしてお前も弱いのか?」
「何がですか!全然!弱くないっす!」
じとっとした目つきで見られて、吹けない口笛を吹いてみる。
当たり前にふーって息を吐く音しか出なかった。
「自分の弱点を敢えて攻撃目標にするのか。見上げたものだな」
「だからごめんなさいって」
「ごめんなさいとは言われていない。すいませんとは言われたが」
「じゃあ今言いました!言ったからちょっやめ…!」
伸びてきた両手に気付いて逃げようとしても時既に遅し。
「ごめんなさいってば!あははっ!…も、もうやんないから!許して!」
「許しを乞う鬼の大半は反撃の隙を窺っているものだ」
「私鬼じゃないしっ!」
「確かに急所を熟知していると戦略がより緻密に練られるな」
「あははっ!ちょっ!なに冷静…ははっ!」
ヤバイ。冨岡さんめちゃくちゃ擽るの上手い。これはマジで笑い死にする。
「…は、ははっ!…も、やめ…っ!」
勝手に出てくる涙を拭おうとした右手が捕まれたのと同時に、擽ってる手がブラ越しに触れてるのに気付いた。
あれ?いつの間に?
そう考えながら、見下ろしてくる瞳に目を逸らせないまま息を整える。
この雰囲気、もしかして…いや、もしかしなくても、このままエッチの流れ…
「何故抵抗しない?」
「…え?」
抵抗して欲しいの?嫌がるのを無理矢理するのが好きとかそういう趣向?そういうのはちょっと
「この体勢は下方が圧倒的に不利だが、抜け出す術がある」
右足の太腿を抱えられてドキッとしたのは一瞬。
「まず顔が向いている方向と同じ向きの足に手を置く。こうだ。そして相手の足を押しながら外側に抜く」
「ちょっと!」
全開に足を開かせようとするから慌てて内側に力を入れた。
「何故抵抗する?」
「はぁ?さっきはしろって言ったのに?」
「今は脾腹を攻撃された時の対処法を伝授している所だ。抗う必要はない」
「いやいや良いです!こんな状況滅多にならないし!」
「そうとも言い切れない。今は鬼の姿は確認出来なくとも、確実に存在しないと決まった訳じゃない。護身術は身に付けておいた方が後に役立つ」
「また鬼?その鬼はこうやって年頃の女の子の脇腹擽ったり足パッカーとかしちゃうんですかね?どさくさに紛れて胸とか触ってくるんですかね?」
ちょっと、イラッとしてきた。
薄々思ってたけど今確信してる。

冨岡さんって絶対、ひゃくぱーモテない。

「これは人間に対しても応用が…」
急に言葉を止めたかと思ったら目をパチクリさせる姿に無言で睨んだ。
「ちょっと待て。胸は触っていない」
「は…?触られたし!」
ちょっとだけだけど。触ったっていうか手が乗っかったって感じだけど。でも触られた事は確か。
「不可抗力だ。触るつもりはなかった」
「言い訳が卑怯すぎ。つもりがなくても触ってるんだけど」
「言い訳をしているつもりはない。謝れば良いのか?」
「…此処で謝られても私が虚しいだけなんだけど」
「何故虚しくなる?」

ひゃくぱーは訂正する。
せんぱー、モテない。

「期待しているなら無駄だ。俺は子供に手を出さない」

ちょっと、ねぇ、今のは酷くない?ねぇ?
押し倒しといて、触るつもりはなかったとか、期待するなとか、この状況で言う?言っちゃう?
「お前は他人に対しての警戒心を強めた方が良い。素性の知れない俺を匿うのもそうだが、風呂で鉢合わせた時の態度も褒められたものじゃなかった」
しかも説教始まっちゃったし。
「今もそうだ。俺じゃなければっ…!!」
小さく唸ると脇腹を押さえて蹲る姿に自然と眉間に力が入った。
「別に期待してないし。ノックもしないで部屋に入って来る奴とかまず有り得ないし。もっと女心勉強したら?」
「…なかなか良い脚力を持ってる…水の呼吸の使い手になれるかも知れない…」
「バーカ」
もう1回蹴る代わりにそう吐き捨ててから立ち上がる。
八つ当たり気味に扉を閉めてやった。
タンジロんとこ行こ。もふもふして癒されよ。そんで小腹も減ったからお菓子食べよ。

「…はぁ‥」

勝手に溜め息が出た。
別にショックだった訳じゃない。傷付いたとかとも違う。
私、冨岡さんの事好きじゃないし。これは強がりじゃなくて本当。
ただ、何かムカついただけ。
もしかしたらエッチに発展するかなってなった時、ドキドキしたのはただ単純にした事がないから好奇心っていうか、冨岡さんならまぁいっかなっていう、ただ、それだけ。
好きだったらあんな状況であんな事された挙句あんな言い方されたら泣いてる。

"子供"かぁ。
そんなもんなのかもね。
考え方古臭いし頑固だし変な所で妙に達観してるし余計に私の事ガキにしか見えてないんだろう。大正人だしね。最後のは完全に嫌味。

居間の引き戸を開けて聞こえてくる音に、また冨岡さん、テレビつけっぱなしにしてるって気付いた瞬間にちょっと苛立ちが復活した。
タンジロのストレスになるから見ない時は消してって言ってるのに。
この世界の情報収集に丁度良いとか言って最近ずっと見てるから、それは仕方ないって思うけど、この間のローカルニュースでやってた高校生を買春したとかで捕まってたハゲのおっさんを興味津々に見てて、それは何の役に立つの?とは思った。
あ、だからさっきの台詞になるのか。
そんなどうでも良い事ばっか覚えて、いつになったら電源の消し方はその頭に入れてくれるんだろうね。やだねタンジロ。
心の中でまた嫌味を言ってから大人しく寝てる犬を眺めつつリモコンを手に取る。
電源ボタンを押そうとした指は

『‥でこれが今回、出土されたニチリントウと記されている刀の一部ですね』

その一言で止まった。

今、日輪刀って言った、よね?

音量を上げるのは止めてテレビの目の前に座る。
画面に映っていくボロボロの、刀と言えるかどうかもわからない物体に
『刀身が折れた状態の物が大半を締めていることから、これらは纏めて破棄されたものではないかと専門家は見ていまして、時期についてはただ今詳細を調べている所ですが、100年前後は経過しているのではないかと見られています』
淡々とした説明が続いた直後、視界に入った見覚えのある六角形と文字に止まったけど、CMに入ったと同時に走り出していた。

一瞬だった。ほんと一瞬。
でも間違いない。

冨岡さんの刀があった。

今みたいに綺麗な状態じゃないけど。折れてたけど。

「冨岡さ──んッ!!」

さっき閉めた倍以上の力で扉を開けてからベッドの上で蹲ってる姿に眉を寄せる。
そんなに思いっ切り蹴ったかな?まぁ良いや。
「手掛かり!今テレビで日輪刀が!冨岡さんと一緒の奴が出てた!」
「…本当か?」
「ほんと!」
答えてから、その姿が出て行くまでの間、瞬きひとつしなかったと思う。
ずっと見てたのに、ベッドから降りたのも横を抜けていったのも、巻き上がった風の音でやっと気付いて、全身に鳥肌が立ってた。

初めて確信を得た。そんな気がしてる。
冨岡さんは、私とは違う世界の人。

だって、じゃなきゃ今の動き…

風が止んでから、我に返って急いでその背を追う。
息切れしながら着いた先、冨岡さんはテレビに齧り付いていて、邪魔しないように少し後ろに座った。
並々ならない空気を感じ取ったのか、いつもなら吠えながらその背中に飛び付くのに今だけは私の傍にそっと寄ってくるタンジロの頭を撫でる。

『こちらの文献にはその日輪刀の継承者について記された書記が残っています。半分以上は焼けてしまっていますが、辛うじて、殺隊という字が記されているのが見えます。あと、これ平仮名が書いてありますね…。"し"…"ぶ"…?これは誰が記し、何のために遺したのでしょう?』
「違う。それは日輪刀の継承者を記録したものじゃない。それを記したのは胡蝶で、中には隊士の診療録が書いてある」
そう言った後に白い手袋を嵌めてから本を開いた画面の向こうが驚きの空気に満ちた。
『これは…カルテですね。断片的にですが薬や診療内容が書いてあります。これは…筆記者の名前ですか?胡蝶…?』

まるで答え合わせをしてるみたい。

それでも何処か、現実じゃない気がした。
だって、余りにも突拍子がなさすぎて。
あんなに調べても出てこなかったのに、どうしていきなり…?

『こちらはまた別の場所から見付かった物ですね。こちらです』

ゆっくり歩いていく姿が立ち止まって、切り替わる画面でそれが現実の物だというのを嫌でも知った。

『こちらは何でしょうか?円形の…中が黒く変色していますね。素材は木…?のようで一部欠けている部分も見受けられます』
「漆塗りの手鏡。蓋が折れたんだと思う」
呟いた私に、青色の視線が注がれたけど、画面から視線を離せなかった。
「裏には藤の花」
『裏面には…これは花の彫刻、でしょうか?随分細かく施されていますね』
「何故お前が知っている?俺ですらこの手鏡とやらは目にした事がない」

冨岡さん、すごい訝しんでる。でも、そうだよね。
私だってこんなの怪しむに決まってる。

「…小さい頃、見せて貰った。私にだけ特別に…」

すぐに言葉が続かなかった。
奥底に沈んでた記憶とこれまでの出来事が、全部綺麗に繋がっていってしまうのが怖くなったから。

ばっちゃが言ってた。
これは、過去と未来を繋ぐ鏡だって。


だから
話の蓋は取らぬが秘密





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