short | ナノ





関係性は変わらずとも、自分自身の心理については、理解を深めた気がする。

夏の日差しが照り続ける中、野外ステージで行われた催し物は俺が観た中で、最も規模が広いものだった。
「3校合同のフェスなんだ」と言っていただけあって、出演する人数も桁違いに多く、年齢層や演目もこれまでとは比べ物にならないほど幅広い。

その中で、スタッフを兼任しているという苗字は自分の出番直前まで、慌ただしく出演者を誘導するため駆け回っていたにも関わらず、本番になればしっかりと観客を魅了する踊りへと切り替わる。

一分の隙もなく踊り切ったあとには、またあの柔らかい微笑みでスタッフとして仕事に戻る姿が、俺にとって、応援したくなる何かなのだと知った。

ステージを見続けて、わかったこともある。

一切の手を抜かないこと、だ。

人数がいればいるほど、構成は都度変わり、隅で待機をすることも、一度裏に戻ることも多々ある。
観客は当たり前に踊っている方へ注目をするため、多くは息を荒げ顔を顰めたり、逆に遠くを見ていたり、とにかく集中が切れていると、こちらに伝わってくることが多かった。

しかし苗字は、身体の最上部から最下部まで、絶対に気を抜かない。

ステージに立ったら全力で踊り、舞台袖に捌ける直前まで"ダンサーとして演じ続けている"。

いつだったか、感じたそのままを文字にして伝えたところ
"ほんとに冨岡くんってよく観ててくれてるね"
と、喜んでくれただけではなく、
"自分でもそれはすごく意識してるから気付いてくれて嬉しい"
その世界に対する情熱を垣間見た。

だから俺は、何ひとつ知らないながら、目に焼き付いて離れなくなったのかも知れない。

真っ直ぐな努力とひたむきさが、全身から伝わってくる。彼女はそんな踊りをしていると思う。

上手い下手は、正直のところわからない。

だけど俺は、思い切りのある躍動感かつ、指先までしっかりと伸びる繊細なその動きが好きだ。

その想いは、この目で観る度に、強くなっていった。


FAN for FUN


『そういえば、発表会のフライヤーできたんだ』

耳元から聴こえる声にドキッとしたのは、一瞬、踊る苗字を回顧していたためだ。

「もう、できたのか」

スマホを持ち替えて、意識を話の内容に戻す。

こうして夜に通話をするのも、最近では当たり前になった。
文字のやりとりよりも正直喋る方が早いと、どちらからともなく掛けるようになったのも、いうなれば自然の流れ。

『うん。まだ一枚刷りの簡易的なやつだけど。明日持っていくね』
「楽しみにしてる」

それだけでは会話が終わってしまうので、続けた。

「苗字は今回どれに出るんだ?」

あらかじめ渡されておいたスタッフ用のタイムスケジュールを引っ張り出して眺める。
1部と2部で構成されたそれは、それぞれ8組ずつ講師の名前でクラスが表記されているが、俺には正直どれがどれだかがわからない。

『1部の6番と、2部の1番とー…あと8番!大トリだよ!』
「そんなに出るのか…。忙しくないのか?」
『うん、正直すごい忙しいんだけど、でも1年の集大成だからどうしても自分の限界を試してみたくって』

機械越しに聴こえる小さな笑い声は、嬉しそうなものだ。

「そうか。頑張れ」

だから俺も、心の底からそう言える。

『うん。あ、冨岡くん、観に来てくれる?』
「行く」

何を当たり前のことを、と言いかけたものの、余計な台詞だと気が付いてどうにか呑み込んだ。

『ありがとう!じゃあフライヤーとチケットも一緒に渡すね?』
「チケットが必要なのか?」

これには少し、驚いている。

大規模な夏の野外も、観客は自由にステージを観ることが許されていたからだ。

『うん。発表会はそうなの。ほとんどはもう家族とか友達とか関係者ばかりなんだけど、ちゃんと出演者とお客さんっていう括りで観てもらうって場になってるんだ』
「本格的なんだな」

確かに開催される場所を見る限り、500人以上入れる会館を貸切っているとされているから、当たり前かもしれない。

『午前と午後、どっちがいい?』
「どっちも、というのは無理なのか?」
『え?無理じゃない、けど、そしたら朝から夜までずっとだよ?大丈夫?』
「構わない。他のクラスの踊りも観てみたい」

それも、建前ではなく本音だった。
最初こそ苗字の踊りに惹かれ、ただそれだけを目的に足を運んだ催し物も、続けていればいつしか見知った顔が増えていく。

最初に観た子供達もそうだが、それぞれの特色を活かした踊りは、観ていて素直に面白いと感じた。
特にブレイクダンスなんていうのは、素人から観てもわかりやすく盛り上がる。

小学生が懸命に頭で回る姿は、拍手と歓声の嵐だ。

それだけではなく、地面に着いた1本の手を軸に、見事な足さばきを魅せる一同に、俺まで気分が高揚したのを覚えている。

その流れで、何故クラスによって踊りの種類が違うのかと訪ねた時があるが、"先生の専攻によって違うんだ"と言われ、納得はした。

講師が教え導くのは、自分が得意とする分野。
だから生徒達は、その特性を加味し選ぶことができるのだという。

苗字が習うのは、主に"GIRLS HIP-HOP"や"R&B"、"JAZZ"と称されているものだとも聞いた。

観ていくうちに、それがどのクラスよりも妖艶で、衣装の露出が高いものであるのも気が付いた。

いうなれば、いやらしい。すごく。
もっとはっきり、言葉を選ばず言えば、エロい。

どうしてそれを専行したのかは、正直なところかなり気になってはいるが訊けずにいるのが現状。

そんな邪な目で観ていると知られれば、引かれるのは確実だ。

いや、観ているか観ていないかと言えば、観ていないとは言えない上に意識はする。意識はするが、決してそれを目的としているわけじゃない。

そのエロささえ、苗字は敢えて武器としている。最近は、そんな気もしている。

『ってあの子達が言うからもう笑っちゃって…』

いつの間にか続いていた話の内容を思い出す前に、
『あ、ごめん。そろそろ寝る?』
そんな時間になっているという事実に驚いた。

「そうだな。そろそろ…」
『了解っ。じゃあまた明日ね。バイバイ』
「……あぁ」

軽い音を立てて途切れた通話に、画面を消そうとした指が無意識に写真のフォルダを開く。

追加された、いくつもの動画。
不鮮明ながらただひとりを追うそれは、撮影可能の催し物ごとに増えていく。

それと最近では、写真も増えた。

苗字が衣装や髪にもこだわっていると知ったのも、つい直近のこと。

同じクラスでも、1人ひとり違うその仕様が気になって訊ねた際、講師から配られた衣装を元に、個々で手を加えていると言っていた。
髪型に対しても基本的に決まりはないらしく、各々が好きなように装飾をすると聞いて、そういえば何色もの毛糸の束を着けているのが多かったと思い出した。

しかし苗字がそのような派手なものを着けているのを一度も観たことがないから、それも訊かずともこだわりなのではないかと考えている。

最新の衣装は"中世貴族の宮廷ドレス"。
いつもより露出は少ないが、コルセットで締めたという上半身はピッタリとしていて身体つきを顕しているし、ボリュームのあるスカートが揺れる度に見え隠れする高いヒールとくるぶしは、それだけで妖艶で美しかった。

つばの大きな帽子から覗かせる表情は挑発的で、自然と疼いていく下半身に眉を寄せるとスマホを放る。

そんなつもりじゃない。

俺は"踊り"が単純に好きなんだ。

やましい気持ちなど一切ない。

そう言い聞かせ、布団に潜り込んでそのまま朝を迎えた。

* * *

「今日、一緒に帰らない?ついでにちょっとどっか寄ってかない?」

向けられる無邪気な笑顔に目を逸らしたくなったのは、唐突に昨日のことを思い出したせいだ。

「……構わない。…けど、珍しいな」

少し大人ぶった口調を意識したのも、冷静である虚像を大きく見せるためのもの。

「ちょっと息抜きしたくって」

そう言われては、"ファン"である俺が断る理由もなく、首を縦に動かした。

ただあまり学校の近くで会っているところを見られると秘密がバレかねないからと、放課後に向かったカラオケ店。

互いにマイクを持つわけでも、デンモクを操作するでもなく、ジュースを片手に話すことと言えば、今度の発表会のことだ。

「これ、昨日話してたフライヤーとチケット」

テーブルを挟んで向き合う俺へと差し出されたそれを手に取ってから、眉を上げる。
本格的に作られているのにも驚きはしたが、問題は午前、午後と書かれた色の違う2枚のチケットだ。

「金額が書いてある」

見間違いようがないほど、それぞれにはっきりと記載された"2,500円"。

「あ、それね、気にしないで?」
「気にする。5000円は大金だ。払う」

金銭的な余裕があるわけではないが、とにかくこのまま引き下がれないと口にすれば
「違うのっ。それもう元々私が持ってたやつだから!」
慌ててそう言われ、どういうことなのかと目を窄めた。

「チケットノルマっていうのがあってね、えーっと…まず発表会の仕組みから話していいかな?」
「…構わない」
「まず出演するのに、生徒は1ナンバーごとにお金を払うんだ。で、それと必ずセットでチケット代もプラスされて、それがノルマになるの。私は一般クラスだから、午前と午後3枚ずつで計6枚。チケットを捌いてくださいねっていうのが大前提なんだ。でも正直全部余ってるから、貰ってくれると嬉しいな」
「そうなのか」

納得しかけた頭は、別の疑問を浮かべる。

「親とかは、来ないのか?」

そういえば、いつどこに行っても身内のような人間は見たことがなかった。
他の人間は、家族や友達が常に名を叫んで応援していたが、誰かが苗字の名を叫んでいるのを、これまで一度も耳にしていない。

すぐに首を横に振ったあとの笑顔は、苦笑いのような気がする。

「父親に反対されてるから」
「……。そうか」
「あ、ちょっと気になる?」

悪戯っぽく笑うと顔を覗き込んでくる動きに、口唇を見つめていた。
いつ見ても潤っているそこは、自然のものなのかというのも少し

「…気には、なる」

それもすぐに目を逸らした上に、身体ごと引いたが。

「私が元々ダンス始めたのってね」

そこまで言ってから、ちょっと小首を傾げた。

「って、そこから話しても大丈夫?」
「大丈夫だ」

というより、聞きたい。その一択だ。
"ファン"と公言しているとはいえ自分から気になっても訊けずにいたことを、話してくれるとなれば、この好機を逃したくはない。

「小学生の時にお母さんに連れていってもらったライブがね、ただひたすら歌って踊るステージだったの。そのアーティストがすごくカッコ良くて綺麗で可愛くて、憧れたんだ。それで私も中学生からダンスを習うようになったの」

それは少し、意外だとも思った。

「ずっと昔からやってるのかと思っていた」

それこそ、この間動物の衣装を着ていた幼児クラスのように。

「ううん。月謝が高いしすぐ飽きるだろうってダメって言われてたから。でも中学になっても私が言い続けるからって、お母さんが今のダンススタジオに通わせてくれたんだけど」

いったん言葉を切ると、少し顔を顰めるのをただ見つめた。

「私が踊ってるの実際に観たら何だそのふしだらな恰好とダンスは!とか言って、お父さんったら怒っちゃってさ〜」

それは、確かにそうかも知れないと、納得をしてしまった。
自分に置き換えて考えれば、姉がそうだったとしたら、正直複雑としか言いようがない。

「そこからもうずっとやめろって言われてて、でも今まで粘ったんだけど、高校卒業したらダンスの専門学校行くのも禁止されるしスタジオでの仕事ももうダメだって言われたから、お母さんの助け借りてスタジオが近いこっちにアパート借りたんだ」
「……じゃあ今は、1人で住んでるのか?」
「そう。だからもう色々やらなきゃいけないこと多くて〜。でも発表会で3ナンバー分のお金も払っちゃったからコンビニのバイトも詰め込みたいしで……、でもそうするとダンスの練習する時間なくなっちゃうしって考えてたら頭の中ごちゃごちゃになっちゃって……、それで息抜きしたくなったんだ…」

はぁ、と重めな溜め息に、俺はと言えば
「すごいな」
としか返せずにいる。

それでも、何とも言えない表情がくしゃっとした笑顔に変わったあと、

「冨岡くんみたいに観ててくれる人がいるから頑張れるんだと思う」

嬉しそうにしている姿に嬉しいと同じ感情を抱く俺はやはり、彼女の"ファン"なんだと改めて思い知った。


に観せたい風景

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