それは丑三つ時、名前を始めとした隊員達が指令を受け向かった先で鬼を討ち、惨殺された人間を埋葬しようとしていた所だった。 「苗字さん、水柱が…」 隊員の声で振り返れば、義勇の姿。 「もう終わったのか」 その一言で、前の指令から足を休ませる事なく此処に来たであろう事が窺えた。 「うん。もう事後処理だけ…「義勇…指令…マタ指令ジャ…」」 義勇の頭の上で呟く寛三郎に、眉を下げる。 「…忙しそうだけど…大丈夫?」 「あぁ」 「…気を付けてね」 踵を返す義勇を見送るように言葉を出したものの、その足が止まった。 「…義勇?」 首を傾げる名前に構わず、そのまま何処か遥か遠く、一点を真っ直ぐ見つめている。 徐々に寄せていく眉も 「どうしたの?」 その問いにすぐ首を横に振った。 「…いや、何でもない」 雲路の果て 「お疲れさまです」 隊員と挨拶を交わしながら、報告のために訪れた蝶屋敷を後にする。 空が白んできたのに気付き、同時に軽い眠気も襲ってきた。 家で待っているクロが腹を空かせている頃だろうと帰宅する足を速めた所で、意外な人物を視界に入れる。 「帰るのか?」 静かに吐き出された声に、思わず何度も瞬きをした。 「義勇も?」 「…そんな所だ」 「そっか。お疲れさま」 屈託のない笑みに、返事の代わりに背を向けるとすぐに歩き出す。 「…あれ?義勇のお屋敷はあっちじゃ…」 疑問に満ちた声色も無視して歩を進めれば、大人しく後ろからついてきたのを確認した。 暫く無言のまま先を歩いていたが、後ろから小走りでついてくる名前の足音にその速度を緩める。 自然と隣に並ぶ形になってから、口を開いた。 「…最近、名前の周りで何か気になる事はないか?」 「…気になる、事?」 考えるように天を仰いだかと思えば、今度は地面を見つめる姿に 「…転ぶぞ」 つい口が出る。 「…うーん…」 未だ悩み続ける名前だったが 「何もないならいい」 義勇の一言で考えるのを止めた。 そこからは特に会話という会話もなく、ほどなくして名前の屋敷の前へ着けば、義勇が自分を送ってくれたという事実に気付いたように 「ありがとう。ごめんね…疲れてるのに…」 眉を下げて微笑う。 「…これは、もしもの話だが」 前置きをした上で一度間を置いた義勇に、瞬きを繰り返して次の言葉を待った。 「突然、誰かが屋敷に訪ねてきた時は警戒しろ」 「……。うん」 「それから、戸締まりは確認を怠るな。特に在宅中の戸は常に施錠する癖をつけておくといい」 何故、義勇がそんな事を言うのか全くわかっていない表情にそれでも続ける。 「わかったか?」 念を押せばその表情に圧倒され、名前が何度も首を縦に動かした。 義勇に誘導されるように家の中へ入ると 「扉を閉めたらすぐに施錠を忘れるな」 もう一度同じ事を言われ、 「…うん、わかった」 小さく頷く。 ゆっくりと義勇がその戸を閉めた後、言われた通りにつっかえ棒をかませる音が聞こえて、安堵したように小さく息を吐いた。 そうして、左側へ顔を動かす。 一点を見つめながら、無意識に眉を寄せたが、それもすぐにいつもの表情に戻り、ゆっくり塀へ凭れ掛かり腕を組むと目を閉じた。 * * * 「…あれ?義勇…」 昨日と同じ蝶屋敷の門外、昨日と全く同じようにその人物に鉢合わせをした。 違う事といえば、その時間くらい。 昨日は朝日が登っていたが、今日は夕陽が沈みかけている。 「終わったのか?」 短く聞くその姿に小さく頷くと、また自分の屋敷とは別方向、名前の家方面に歩き出す背中を追い掛ける。 「どうしたの?」 「俺も指令帰りだ。こっちに用事がある」 「…用事ってなに?」 訝しげな視線を向けるも 「…色々だ」 短く答える背中がそれ以上話そうとしていないであろう事を悟った。 (…変、なの…) そう思ったのは先程、名前が門を出た時。 それはほんの一瞬だったが、腕を組みながら塀に寄り掛かっている姿を視界に入れたため。 まるで自分が出てくるのを、待っているかのように。 それでももう一度訊く事はせず、その背中についていくのは、訊いた所で一度はぐらかした義勇が話さないであろうというのを容易に察したからだった。 「…ぎ」 名前を呼ぼうとしたと同時 「カァーッ!」 けたたましく鳴いた後、名前の鎹鴉、そして寛三郎が指令を伝える。 「行くぞ」 「うん!」 全速で走り出した二人に、木の陰で身を潜めていた人物が姿を現す。 「…チッ!」 思い切り舌打ちをした後、その姿を追い掛けた。 * * * 「…冨岡様!あとはこちらでやりますので…!柱ともあろうお方がそんな事なさらないでください…!」 どうして良いかわからずオロオロする隠に、義勇は 「人手は多い方が良いだろう。気にせず自分の仕事に集中してくれ」 もう息をしていない人間を掘り起こした人一人分の穴隙に寝かせていく。 「…義勇!何してるの?」 現場を把握するため離れた場所にいた名前は乙(きのと)の隊員に、水柱を止めてください!と呼ばれ、何事なのかと戻ったと同時、驚いた顔でそう言った。 「見ての通りだ。殺された人間を埋葬している」 涼しい顔でそう言ったあと、また一人、遺体を担ぐ姿。 「さっきからこんな感じなんです!苗字殿!何とか止めてくれませんか!柱にこんな後始末させたと知れたら…!」 狼狽する隠を余所に、名前は笑顔を深める。 「大丈夫です。此処は任せて皆さんは南の方の隊員の応援に向かってください」 「わ、わかりました…!」 ダダッと走り出す隠と隊員の背中を見送ってから、義勇が寝かせた人々の目をそっと閉じさせると衣類を整えていく。 まだ硬直していない両手を胸の前で合わせてから、一人一人の冥福を祈った。 被せた土を丁寧に撫でてから、二人でもう一度 手を合わせる。 先に手を下ろす義勇に気付き 「ありがとう」 そう声を掛けた。 何も答えない横顔に、眉を下げながらも微笑む。 「他の人達はびっくりしてたけど…」 「事後処理をするのは柱より下の隊員だと明確な決まりはない」 「…うん。そうだね…」 その温かさに自然と零れる笑みに、義勇の右手が額を若干強めに撫でるように触れた。 「………」 思わず瞬きを増やした名前に 「泥がついてる」 その指が静かに離れる。 「え?あ、ついてた?」 俯く形でたった今触れられた箇所を自分でも慌てて何度も拭った。 名前が視線を落とした事で、気付かれぬよう鋭い視線を"そちら"へ向ける。 しかしそれも 「…義勇?」 自分の名を呼ぶ声にすぐ目を伏せた。 * * * "それ"が姿を現したのは、三日後の事。 名前が眠っている間、屋敷の塀へ凭れ身動き一つしない義勇に炙り出されるように、砂利を踏む靴音が聞こえた。 ゆっくりと目を開け、その姿を視界に入れる。 噂には聞いていたが、義勇が姿を見たのは初めてだった。 名前に結婚を申し込んだという甲の隊士。 「…こんな夜更けに何の用だ」 静かに訊けば、すぐにその顔が憎々しく歪む。 「それはこっちの台詞ですよ水柱。何なんだアンタ毎日毎日…」 苛立ちを隠さずギリッと、奥歯を噛んだ音が聞こえた。 「訊ねているのはこちらの方だ。名前を付け回してどうする」 義勇がそれに気付いたのは、数日前。 他の隊士達に紛れてはいたが遠くからでもわかるほど、憎悪に満ちた視線を感じた。 瞬間的に標的は自分かと考えたが、それは明らかに隣に居る名前へ向けられたもの。 「…名前!?はっ!アンタも騙されたクチか?」 「……何?」 「アイツは俺の事弄びやがったんだよ。ヘラヘラした笑顔で近付いてきやがって…!アンタだってあの笑顔に騙されてんだからな」 「他人に騙される事があっても、他人を騙すような度量はあいつにはない」 「おお?柱ともあろう者が?女に骨抜きにされましたか〜?」 「違う。何のつもりかは知らないがこれ以上付け回すのをやめろ。さもないと」 「さもないとなんだよ?頚でも狩ります〜?大体テメェにゃ関係ねぇだろ!?」 「大声を出すな。名前が起きる」 その静かな制止も、すぐに屋敷の明かりが点いた事で眉を寄せるしかなかった。 「は!どうせだから元凶に出てきてもらおうじゃねぇか!オイ苗字!出てこいよ!聞こえてんだろ!?」 言うや否や、ドンドン!と力任せに戸を叩く男の右手を素早く掴むと、後ろ手に組ませる。 「……ぐっ…!」 更に腕を締め上げれば、苦しそうに声が詰まると同時に、戸の向こう側に気配を感じた。 「………」 「突然、誰かが屋敷に訪ねてきた時は、警戒しろ」 あの時義勇に言われた事を守っているのだろう。 簡単には戸を開けない様子に、安堵の溜め息を吐く。 「離…っせよ!!腕折れるだろうが!!」 「この位で折れはしない」 「それはてめぇら化け物みたいな柱の話だろ!?」 「たったこれくらいで根を上げるなら鬼殺隊員に向いてないという事だ」 会話が聞こえたのか、その瞬間、ガタガタッとつっかえ棒を取ろうとする音がして、声を出す。 「開けなくていい」 冷静な義勇の言葉に、一度その音が止まる。 しかし 「苗字!!出てこい!!出てこねぇなら水柱が隊律違反してるって上に報告するからな!!」 挑発する言葉に、また音を立てたかと思えば、その戸が開けられた。 瞬間的に組み敷いていた手ごと踵を返し、男の身体を遠ざけるため粗雑に手を離した。 「義勇…先輩…?何で…ど」 寝間着姿の名前を目に入れ、言い終わる前に隠すように前へ立った。 その姿を見止めて面白くないとでも言うように、男はますます顔を歪ませる。 「…そうか。柱を手駒に取ったから俺は不要になったか!?」 威圧的な声に名前が小さく身を竦めたのを、背中で感じた。 「あんなに俺に甘えてたのにな!散々その気にさせたくせに!新しく男が出来たらハイサヨナラか!?ほんとクソ女だな!!」 反射的に、その胸倉を掴んでいた。 「黙れ」 「アンタもその内わかるよ。この女の本性。最初は片耳が聴こえないって同情引いて近付いてくるんだよな」 振り被った右手を止めたのは、羽織りを引っ張る名前。 「義勇!ダメだよ!!」 震える声に眉を顰めたものの、代わりに掴んでいた胸倉を離せば、地面へ尻を着いた。 今のうちに名前の手を引くと 「入ってろ」 屋敷の中へ促そうとするが、大きく首を横に振る姿に、手の力を緩める。 「…先輩…あ、の…」 義勇の背中越しに声を震わせながらも声を掛けるが、蹲ったまま動かない。 かと思えば、ブルブルとその肩が震えだしたのに気付いて言葉を詰まらせる。 「…んで…だ…」 小さく呟いた後 「何でだよおぉぉぉ!!!!」 自分の頭を掻き毟る姿に、名前の震える指が、義勇の羽織りを弱々しく掴んだ。 Insanity 耳を裂く叫声 [mokuji] [しおりを挟む] [back] ×
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