雲路の果て | ナノ 14




「仕立てを依頼したい」

それは突然の事。
いつものように鬼を倒し、事後処理に勤しむ名前に、水柱である冨岡義勇はそう言った。


雲路の


「あ、はい」
忙しさも手伝って空返事をすると満足したのかスタスタと歩いていく後ろ姿に慌てて声を掛ける。
「ちょっと!待って義勇!」
振り向いた表情はいつもと変わらない。
「仕立てって…」
「この羽織だ」
「……」
「無理か?」
「ううん、出来るよ?お館様に用意していただいた反物もあるし。…でも、」
言い掛けて、言葉を止めた。
大切な形見でしょう、という一言を。
そんな名前の心中を察したのか
「予備を、持っておきたい」
その言葉に安心したように頷いた。
「あ、じゃあ寸法を測らせてもらって」
「苗字殿!こちら終わりました!指示をお願いします!」
「苗字さん!人が足りません!こちらに人員を!」
途端にあちらこちらから飛ぶ声。
狼狽する名前に、義勇はおもむろに自分の羽織を脱いだかと思えばそれを差し出した。
「…預ける」
「…へ!?」
「明日までに出来るか?」
「え、あ、うん!大丈夫!」
「なら、明日取りにいく」
半ば強引に羽織を渡すと、またスタスタと歩き出す背中。

「苗字殿!」
「苗字さん!?」

止まったままだった思考は、囃し立てる言葉でまた働かせざるを得なかった。
「ごめんなさい!今行きます!!」
義勇から受け取ったばかりの羽織を大事に抱えながら、その場に向かう。
「隠の皆さんは庚(かのえ)の方の加勢をお願します!」
漸く出た指示に
「はい!」
と複数人の返事がこだました。


* * *


ものすごく、大事なものを預かってしまった。
その責任の重さに気付いたのは帰宅して暫くしてから。
クロの餌を用意し、自分も軽く食事を済まし、風呂に入り、寝間着の浴衣に着替え仮眠を取ろうと横になった時だ。
義勇の羽織は皺や汚れがつかないよう、すぐにクロの手に届かない所に保管した。
保管はした、が物凄く気になっている自分がいる。
このままでは眠れないだろうと仮眠を諦めて、足元で眠るクロを起こさぬよう布団から脱け出る。

義勇の羽織と裁縫道具を片手に居間へ戻り、それを広げると巻尺を合わせた。

それからどれだけの時間が過ぎたのか名前には把握出来ていない。
途中、目を覚まし餌をねだるクロのため以外に、仕立てへの意識を切らしていなかった。
呼吸を応用し、極めて素早く、そして丁寧に一針一針を刺していく。

それが完成したのは、すっかり陽が暮れた頃だった。

「……はぁぁああああ」

大きめな息を吐いて、出来上がった羽織を確認する。
「よし、できた」
呟くと同時に夜になりかけている事に気付き、急いで隊服へと着替えた。
結局一睡もしていないが、それも鬼殺隊にとっては日常茶飯事。
鬼が活動する夜は更に警戒しなくてはならない癖がついた。

出来上がった羽織を丁寧に畳んでから、義勇から預かった羽織を一緒に風呂敷に包もうとしてそれが一部分ほつれている事に気付く。
一瞬迷ったが、それを直すためもう一度針と糸を手に取った。


* * *


義勇が言っていた『明日』が、そういえばいつなのか、待ちながら迎えた結果、日が変わり、今日は鎹鴉が指令を伝える訳でもなく沈黙を保っている。
たまにこういう、鬼が全く姿を見せない日がある。
それも管轄の狭い範囲内での話だが。
段々とウトウトし始めた意識に目を覚まそうと湯を浴びたが、限界にきているのか全く効果はなく、ほんの少しだけ仮眠を取ろうと別室へ向かい布団に入った途端、意識を飛ばした。

「……ん」

あれだけ睡眠を欲していたのにも関わらず、目を覚ましたのは半刻も満たない時間。
しかし疲れが重なっているのか、すぐには行動が出来ず、ゆっくりと動き始め羽織を肩にかけると顔を洗う。
(隊服に着替えなきゃ…)
徐々に覚醒していく頭に聞いたのは
コンコン、と戸を叩く音。
こんな夜中に来客と言えば義勇しか思い浮かばない。
しかし念の為、日輪刀を片手に恐る恐る引き戸を開けると、思い浮かんだ通りの人物がいた。


浴衣姿の名前に何度か瞬きをした後
「…寝ていたのか」
若干申し訳なさそうな声でそう言った。
「え?あ!ごめんねこんな格好で…!まだ着替えてなかっただけだから。どうぞ?」
そう促せば、家の中に入るのに安心して戸を閉める。
「今夜はお前の所に指令は入ってないのか?」
「うん、今の所。義勇は忙しかったんでしょう?此処に汚れついてる」
苦笑いをしながら自分の右頬を差すと、つられるように義勇も自身の右頬に触れた。
汚れはそれだけではない。
隊服のあちこちに恐らく土汚れであろうものがついている。
それがまだ固まりきってない事から、今しがた任務を終えてきたであろう事も容易に想像できた。

「座ってて」
言うとおりに腰を下ろす義勇を横目に別室へ消えたかと思うと、濡らした手拭いを手渡す。
「良かったらこれで顔拭いて?今羽織持ってくるから」
そうしてまた別室に向かう姿を目で追いながら、渡されたそれで顔を拭いた。
真っ黒になるそれに自分の事ながら少しばかり引き気味になっている所に名前が風呂敷を持って現れる。
「お待たせ」
そうして義勇の前に座ると風呂敷を開いた。
「…これが新しい羽織で、こっちが義勇から預かってた羽織」
綺麗に畳まれたそれに義勇が手を伸ばす。
「…元々の羽織も解れが酷かったから直しておいたんだけど…余計なことだったらごめんね」
「…いや、助かる」
そう言って自分の羽織を着る義勇に頬を緩めたが、すぐにその左袖に処理し忘れていた糸を発見し
「あ、ちょっと待ってて」
糸切り狭を持ってくるとそれを切る。
「これで大丈夫!」
顔を上げた先には先程より近い義勇の顔。
途端にドキッと心臓が音を立てた。

離れようとする前に、掴まれた右手首。
「消えたみたいだな」
短い言葉にあの時の事が鮮明に蘇って、その手から逃げると両手で首の右側を抑える。
「そうだ!やっと消えたんだから!何だったのあれ!ずっと消えなくて…」
義勇が何とも言えない表情をすると、
「え?違う話!?」
狼狽える名前。
「…右手の話だ」
その一言に忘れかけていた出来事を思い出すと同時、恐怖も蘇ってきた。
「…あ、うん。もう大丈夫」
無意識に左手で右手首を掴み、俯く姿はとても小さく見える。
添えようとした義勇の左手は後ろにかわされた。
「も、もうこの間みたいな不意打ちは受けないんだから!」
「……」

いつだったか、同じような台詞を聞いた事がある。

思い出すのは数年前。
錆兎、義勇、名前は狭霧山の山頂で戦わされた。
その時は怪我をせぬよう何も持たされなかったが、策を練る事で、いついかなる場面でも戦えるような教えだったのだろう。

見事に義勇の策に掛かった名前の
『もう!次の攻撃は受けないんだから!』
その言葉を思い出した。

「懐かしいな」

ふと声にした一言に、名前が若干警戒心を緩めると同時に口火を切る。

「…俺は、錆兎を犠牲にして此処にいる」

切り出した途端に、名前の表情が悲痛なものへと変わった。


Confession
それは、懺悔にも似た

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