雲路の果て | ナノ 13



最近、義勇と遭遇する頻度が高い。

いつの日だったか、名前は、そう思った。

元々、義勇に限らず柱の管轄の守備は広いが、同じ管轄内にも入っているため任務が続いた時などは、よく顔を合わせる事は多い。
しかし最近はそれ以上に、尋常ではなく頻度が高い。

一昨日も昨日も、その顔を見ている。

これは明らかに異常だった。
その代わりといって良いのかはわからないが、たまに遭遇していた音柱・宇髄天元と任務を共にする事がめっきり減った。

先程、偶然に蝶屋敷で天元と対峙した際、それを尋ねたところ
「管轄の編成があったんだよ。柱だけだからお前も知らなかったか」
と、前置きした上で、
「煉獄の管轄だった地域に俺が入る事になってな。まぁ、その他にも微調整やら何やらあったが、確かお前との管轄は冨岡が全面的に担う事になってると思うぞ?胡蝶の管轄も少し西寄りになったしな」
そう淡々と説明した。

煉獄杏寿郎が陣没してからまだ七日。
悲しみがまだ消えたわけではない。
けれど立ち止まっている訳にもいかない。

「…申し訳ございません宇髄様。配慮が足りませんでした」
名前が頭を下げれば
「管轄圏内の把握はお前の仕事でもあるだろう。気にするな」
大きい手がわしゃわしゃとそれを撫でた。


雲路の


そして、もう一つ、変わった事がある。

それは義勇が家を訪ねてきた数日後の事。
次の任務で顔を合わせた時、いつもならば伏目がちのまま去っていく筈だったその姿が目を合わせ
「状況は?」
名前にはっきりと発問した。
まるで想定してなかった事態に、義勇を見上げたまま固まる姿に涼しい顔で
「怪我でもしたのか?」
と、更に続ける言葉に、慌てて首を横に振った。
「え!いえ、大丈夫!…です!…現在鬼は民家に籠城中。女性二人が人質にされているのでないかと報告あり。中の様子が窺えず…柱である冨岡様の到着を…」
「普段の話し方でいい。敬語も敬称も必要ない」
そう言うや否や、スタスタと家の中へ入っていく後ろ姿。
ものの数秒で鬼は斬首され、未確定だった人質の二人が民家から脅えながら走って出てきたのを確認し、すぐに保護した。

先程と変わらず涼しい顔のまま出てきた義勇は
「…次の任務が入った。後は任せる」
短く告げると、消えるように走り出したそれが最初だった。

それから義勇は、名前と言葉を交わすようになった。
内容自体は大した事ではない。
任務にあたる上での業務連絡に近い一言二言だけ。
しかしそれも、今までを考えれば有り得ない事だった。

僅かにだが、雰囲気が柔らかくなった気がする。
その理由が何なのか、考えるためにいつの間にか仕立ての手を止めていたのに気がつき、小さく息を吐いた。

「…にゃぁ」

呼ぶような鳴き声に顔を上げる。

「…遊びたいの?」
「にゃー」
「もうちょっとで出来るから待っててね」

手元には緑と黒の市松模様の着物地。
言わずと知れた竈門炭治郎のものだ。
その横に置かれているのは、すでに仕立てられた黄色い鱗模様の着物。
それは炭治郎と同時期に入った善逸という人物のもの。
名前自身はまだ会った事はないが、鎹鴉を通じて仕立てを依頼された。
依頼をしたのは胡蝶しのぶで、今二人は蝶屋敷で療養している為、動けない事も聞いている。

ふと視線を移したつづらの先、並べられた反物の中、まるで燃え盛る炎のような模様に目を止めた。

「…煉獄様…」

煉獄杏寿郎とは、管轄が全く違う事もあり、そこまで深く知っている訳ではない。
この生地を仕立てたのも二度程しかなかった。
しかしその際に杏寿郎は
「うむ!とてもいい!いい仕事をしているな!」
真っ直ぐに褒めてくれたのを鮮明に覚えている。

それしか記憶がない自分でさえ、こんなに胸が痛むのだ。
柱の心中は余りあるものだろう。
そして、炭治郎も…。

「…炭治郎くん、大丈夫かな…」
「にゃー」
まるで相打ちを打つ鳴き方につい頬を緩ませた。
「もう少ししたらお見舞い、行ってみようか」
返事を期待した訳ではないが、クロは答えるようにもう一度
「にゃぁ」
と鳴いた。

 * * *

「しのぶさん、こんにちは」

名前が仕立てた着物が入った風呂敷を片手に蝶屋敷を訪れ、真っ先に挨拶をしたのは胡蝶しのぶ。
「あら、名前さん、こんにちは。仕立てのお品物ですか?」
「はい。あの、炭治郎くんに面会はできますか?」
「うーん…、まぁ、ここの所落ち着いたので可能ですけど…。うるさいですよ?」
「…うるさい?」
「行ってみたらわかります」
ニコニコとした表情に、それ以上の事は聞くのをやめて病室へ向かった。

しかし、しのぶの言った言葉は、病室に入る前から気付く事となる。

「猪突猛進!!猪突猛進!!」
叫ぶ声と壁に何かを打ち付ける音。
「やめろよ伊之助!うるさくて寝てられないだろぉぉ!」
そして誰かの叫ぶ声。

病室と言うには余りにも騒がしさにそういう事か、と思いながら足を踏み入れる。
「…こんにちは」
視界に入ったのは猪の面を被り、壁に頭突きをする姿、その隣のベッドで耳を塞いでいる黄色の少年、そして
「あ、名前さん!」
すぐにその名を呼んだのはその奥で横になる炭治郎。
「こんにちは」
ベッド横にある椅子に座れば、炭治郎が身体を起こそうとするので
「そのままで大丈夫。しのぶさんから聞いてるから。無理するとまた怒られちゃうよ?」
と制止すれば、大人しく力を抜いた。
「…そうだ、これ」
風呂敷を解くと、真新しい着物を取り出す。
途端にキラキラと光る瞳。
「わぁ!ありがとうございます!」
溢れる笑みに釣られて微笑う。
「お礼ならしのぶさんに言ってね。あとは…善逸さんって方の…」
言い終わる前に背後に気配を感じ、振り返る。
それは先程までベッドで耳を塞いでいた少年。

「善逸は僕です」

さりげなく名前の両手を握り、ニコニコしている姿に
「あ、貴方が善逸さん?初めまして」
頭を軽く下げる。
「…善逸。名前さんに失礼だ。手を…」
「名前さんって言うんですね!貴方のような美しい方が鬼殺隊にいたなんて!さんなんて呼ばず、お好きなように!」
「おい善逸!」
「…えっと、じゃあ善逸くんに渡したいものがあるので手を離してもらってもいいですか?」
「はい!」
名前が炭治郎へ向き直すように体を動かすと。その背後、善逸の嫉妬オーラを禍々と見せられたる炭治郎。
(何でお前がこんな綺麗な人と知り合いなんだ
何でお前だけ何でお前だけ)
とその顔が確実に言っていた。

「どうぞ」
くるりと振り返り、善逸に渡したのは仕立てたばかりの羽織。
「…え?あれ?これ俺の…」
思わず目を丸くする善逸に炭治郎が説明する。
「名前さんは仕立て屋さんなんだ。俺と善逸の着物を新しく作ってくれたんだよ」
「何で俺のはないんだ!」
いつの間にか頭突きをやめていた猪の頭がひょこっと出てくる。
「そりゃお前はいつも上半身裸だし必要ないじゃん」
呟いたのは善逸。
「え!?ごめんなさい!猪の面はちょっと作った事なくて…」
「律儀に返さなくてもいいですよ…」
「これは作りモンじゃねぇ!天然の猪の頭だ!」
「本物なの?凄い!」
「当然だ!なんたって俺は伊之助様だからな!」
「伊之助くんっていうんだ。初めまして。その頭、少し触ってもいい?」
「まぁ、少しだけなら良いぜ」
「凄い、ホントに本物だ〜!」
意外と意気投合をしている二人に若干引き気味の善逸と炭治郎。
盛り上がる猪頭話を遮るように
「…あの!」
炭治郎が口を開いた。
「これを俺達に渡すためにわざわざ来てくれたんですか?」
その言葉に名前は炭治郎の方へ向き直す。
「うん。少しでも、元気になって欲しくて…。それにね、顔も見たかったから」
少し悲しそうに微笑う名前の表情で、これまでの経緯を知っているのだと気付いた。

思い返さない日はない。
後悔をしない日もない。
それでも…

「…ありがとうございます!嬉しいです!」

前に進むと決めた。

安心したように笑顔を深める名前の背後で
(何でお前だけ何でお前だけ羨ましい羨ましすぎる)
善逸が恐ろしい表情をしてるのは見てないフリをする。

「…あ」
ふと、何かに気付いたように周りを見回す名前。
「どうしました?」
「禰豆子ちゃんは…、いないの?」
「禰豆子は陽の光が入らない部屋を用意してもらっていて…多分今は寝てると思います」
「そっか。顔見たかったんだけどなぁ。残念」
「良ければ案内しましょうか!?俺が!」
手を挙げる善逸に、小さく首を横に振る。
「大丈夫。騒がしくして起こしたくないから」
「そーっと見るだけなら大丈夫ですよ!さぁ!一緒に!」
「善逸!」
また両手を握るのを咎めるように名前を呼ぶ炭治郎にしぶしぶといった顔で手を離した。

「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
そうして席を立つ名前。
「え?もうですか?」
「うん。……皆、ゆっくり休んでね?」
それが怪我を負っている三人への配慮なのだと気付いたのは多分、炭治郎だけだろう。
「はい。ありがとうございます!」

「じゃあね」
と手を振って去っていく姿に
「お気をつけて!」
「じゃあな!今度本物の猪頭の作り方教えてやるよ!」
炭治郎と伊之助の声が飛んだ。



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(何ふくされてるんだ?善逸)
(もっと話したかったんだよおぉぉぉぉ俺の癒しがあぁぁぁぁ)


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