黒子くんと私のとある休日

「居ない。」

私を抱きしめて居たテツヤくんも、その腕も、体温もない。

ベットから身体を起こす。
ぼー、とした頭が一瞬で寂しさに変わった。

「……携帯。」

テーブルの上に投げ出された携帯をとり、電話を掛ける。
その指は何かを怖がってるみたいに、震えてた。

コール音が頭に響く。
ズキンズキン。
それはこめかみの辺りでする頭痛に似ていて、顔を顰めた。

「もしもし?」
「どこ。テツヤくんどこ?」
「コンビニから帰ってる途中です。」
「…馬鹿。」
「…どうしたんですか?」

ベットに倒れた。
テツヤくんのベットは、テツヤくんの匂いがする。

「起きたら、居なかった。」
「…寂しかったですか?」
「うん。寂しい。早く会いたい。」
「分かりました。」
「でも、電話切っちゃやだ。」
「はい。名前ちゃん」
「ん?」
「今度からちゃんと起こしてから、一緒に行きましょう。」
「うん、そうして欲しい。」

テツヤくん。
私はテツヤくんが居ないと、馬鹿みたいに寂しいんだよ。
カーテンを開ける。
もうすっかり夕焼けだ。
血みたいな色。もしくは燃える赤。

「何買ったの?」
「アイスです。」
「ゴリゴリくん?」
「いえ、カップアイスです。」
「バニラ味。」
「と、チョコ味です。」
「じゃあ、私チョコで。」
「はんぶんこ、しましょうね。」
「うん、しよう。」

バレたか。
バニラの方食べたいって。

あ、テツヤくんが角から出てくる。
色素の薄い髪が赤く染まる。
テツヤくんの影が黒く伸びている。

テツヤくんのは影一つだ。
…一つ。



「テツヤくん。」
「お出迎えですか?」

テツヤくんは携帯を閉じて、ダッフルコートのポケットにしまった。

「…おかえり。」
「ただいまです。」

寒い。
上着なんて着る余裕はなかった。

「名前ちゃん?」
「…うん。」

テツヤくんの横に並ぶ。
テツヤくんの隣に、テツヤくんより小さい影が出来る。

影が二つ並ぶ。

後ろを見つめる私をテツヤくんは手を握る。

「ふふ、これで手を繋いだ影ができましたね。」

驚いてテツヤくんを見上げる。

「僕は名前ちゃんと一緒です。一緒に居ます。」
「うん。」

影が動く。
ゆらゆら。
テツヤくんは繋いだ手を揺らした。
それはどこか揺り籠に似て居て、ひどく安心感を覚えた。

「家に入りましょうか。」
「そうだね。」



「あーん。」

バッカプルみたいだ。
お互いのアイスをあーんし合うなんて。
これで何回目のやり取りだ。

「テツヤくん、舌冷たい。」
「僕もです。」
「ちょっと、寒いね。」

テツヤくんの部屋には小さめなこたつがある。
私はカップから手を離し、手をこたつの中に居れた。

「名前。」
「うん?」
「おいで。」

テツヤくんは分かっているのか。
おいで。と言われることが、大好きなことを。

テツヤくんの所へ向うため、こたつから出る。
少し狭いけど、テツヤくんの横に座る。

「…ちょっと、大人の階段上りましょうか。」
「…え。」
「大人のキスです。」

テツヤくんはスプーンを置いて、その手で私の頬に触れる。
カップをもっていた手も、頬に触れる。

冷たい手とそうでもない手。
違う体温が両頬から感じる。

「嫌ですか?」
「ううん。」

テツヤくんにされて嫌な事は一人にされることだけ。
それ以外は多分大丈夫。

いつもと同じキス。
チョコとバニラの匂いがした。
唇が冷たい。

テツヤくんの薄い唇が少し開いて、私の唇を挟む。

初めてのことに戸惑って、テツヤくんの服を握る。
テツヤくんの手が頬から離れ、私の手に重ねて握り締める。

その間も、私の唇はテツヤくんに食べられているように挟まれていた。
時々、唇を軽く噛まれて肩が跳ねる。

目を薄く開けると、テツヤくんと目が合った。

「…目つぶって、テツヤくん。」
「嫌です。名前ちゃんの顔見たいので。」
「恥ずかしいですよ?」

ぺろん。
テツヤくんの舌が遠慮なく私の唇を舐める。

感じたことのない感触に反射的に目を瞑ってしまった。
他人の舌というものはこんなに違う感触がするものなのか。

テツヤくんくすくすと笑う。

「…テツヤくん。」
「すみません。可愛かったですから。」

私がじと。と見ても、テツヤくんは面白そうに笑うだけだ。

「…。」
「…。」

ただ視線が交わった。
それを合図に、テツヤくんの舌が唇の中に入って来た。

遠慮がちに、そろそろと入ってくる。
何かくすぐったい?よく分かんない感触がする。

でも不快に思うことはなかった。

バニラ味とチョコ味が混ざり合う。
お互いの冷たい舌が次第に熱くなる。

なんだろう。
変なの。

勝手に身体が動いて、舌が絡み合う。

気付いたら、押し倒されていた。
握り合っていた手も、私の手はテツヤくんの首に回り、テツヤくんの手は最初の同じように頬にあった。

こたつの中から足を出したい。
身体はどんどん熱を持ち始めていた。



「…ぬるい。」
「溶けちゃいましたね。」

すっかり溶けてしまったアイス。
ただの液体だ。

固体のときよる甘く感じるそれを、掬って口に含む。

(…口ん中変な味する。)

「何か、人間も動物なんだね。」
「唐突ですね。」
「いや、うん、けっこー本能ってもんがあるんだなぁって実感した。」

普段、口の中で普通に収まっている舌が、あんなに激しく動くとは驚きだ。

「そうですね…名前ちゃん冷静っぽいですけど、顔真っ赤です。」
「仕方ないです。」

テツヤくんは何気にいつもの表情に戻っていた。
ずるい奴め。

まだどこか熱を残している身体が眠気に襲われる。
どうせ寝るなら、テツヤくんの傍がいい。

キスする前の位置に戻っていたので、こたつから出てテツヤくんの元へ向う。
そして、腰下ろした瞬間、テツヤくんが勢いよく私が居ない方、横にスライドした。

「え…」
「あ、…名前ちゃん急にどうしたんですか?」

テツヤくんは無表情なのに、少し切羽詰まっているように見えた。

「テツヤくんの腕の中で寝ようかと…。」
「…それはどういう意味ですか?」
「え、いつもみたいに抱きしめられながら寝ることだけど?」
「……今日は無理です。」
「え、なんで?」

首を傾げて尋ねると、テツヤくんの顔が赤くなっていく。

「…男の事情です。」
「えっ!」

経験がある訳ではない。
でも、それなりの年頃だし、授業でもこの手のようなことは習うし…。

「とりあえず、僕に近づかないでください。」
「わ、分かった。」

至極真剣な顔でそう言うので、休日の最後私たちは何とも言えない空気の中過ごしたのであった。

(…テツヤくんも男の子なんだなぁ。)
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