「居ない。」
私を抱きしめて居たテツヤくんも、その腕も、体温もない。
ベットから身体を起こす。
ぼー、とした頭が一瞬で寂しさに変わった。
「……携帯。」
テーブルの上に投げ出された携帯をとり、電話を掛ける。
その指は何かを怖がってるみたいに、震えてた。
コール音が頭に響く。
ズキンズキン。
それはこめかみの辺りでする頭痛に似ていて、顔を顰めた。
「もしもし?」
「どこ。テツヤくんどこ?」
「コンビニから帰ってる途中です。」
「…馬鹿。」
「…どうしたんですか?」
ベットに倒れた。
テツヤくんのベットは、テツヤくんの匂いがする。
「起きたら、居なかった。」
「…寂しかったですか?」
「うん。寂しい。早く会いたい。」
「分かりました。」
「でも、電話切っちゃやだ。」
「はい。名前ちゃん」
「ん?」
「今度からちゃんと起こしてから、一緒に行きましょう。」
「うん、そうして欲しい。」
テツヤくん。
私はテツヤくんが居ないと、馬鹿みたいに寂しいんだよ。
カーテンを開ける。
もうすっかり夕焼けだ。
血みたいな色。もしくは燃える赤。
「何買ったの?」
「アイスです。」
「ゴリゴリくん?」
「いえ、カップアイスです。」
「バニラ味。」
「と、チョコ味です。」
「じゃあ、私チョコで。」
「はんぶんこ、しましょうね。」
「うん、しよう。」
バレたか。
バニラの方食べたいって。
あ、テツヤくんが角から出てくる。
色素の薄い髪が赤く染まる。
テツヤくんの影が黒く伸びている。
テツヤくんのは影一つだ。
…一つ。
*
「テツヤくん。」
「お出迎えですか?」
テツヤくんは携帯を閉じて、ダッフルコートのポケットにしまった。
「…おかえり。」
「ただいまです。」
寒い。
上着なんて着る余裕はなかった。
「名前ちゃん?」
「…うん。」
テツヤくんの横に並ぶ。
テツヤくんの隣に、テツヤくんより小さい影が出来る。
影が二つ並ぶ。
後ろを見つめる私をテツヤくんは手を握る。
「ふふ、これで手を繋いだ影ができましたね。」
驚いてテツヤくんを見上げる。
「僕は名前ちゃんと一緒です。一緒に居ます。」
「うん。」
影が動く。
ゆらゆら。
テツヤくんは繋いだ手を揺らした。
それはどこか揺り籠に似て居て、ひどく安心感を覚えた。
「家に入りましょうか。」
「そうだね。」
*
「あーん。」
バッカプルみたいだ。
お互いのアイスをあーんし合うなんて。
これで何回目のやり取りだ。
「テツヤくん、舌冷たい。」
「僕もです。」
「ちょっと、寒いね。」
テツヤくんの部屋には小さめなこたつがある。
私はカップから手を離し、手をこたつの中に居れた。
「名前。」
「うん?」
「おいで。」
テツヤくんは分かっているのか。
おいで。と言われることが、大好きなことを。
テツヤくんの所へ向うため、こたつから出る。
少し狭いけど、テツヤくんの横に座る。
「…ちょっと、大人の階段上りましょうか。」
「…え。」
「大人のキスです。」
テツヤくんはスプーンを置いて、その手で私の頬に触れる。
カップをもっていた手も、頬に触れる。
冷たい手とそうでもない手。
違う体温が両頬から感じる。
「嫌ですか?」
「ううん。」
テツヤくんにされて嫌な事は一人にされることだけ。
それ以外は多分大丈夫。
いつもと同じキス。
チョコとバニラの匂いがした。
唇が冷たい。
テツヤくんの薄い唇が少し開いて、私の唇を挟む。
初めてのことに戸惑って、テツヤくんの服を握る。
テツヤくんの手が頬から離れ、私の手に重ねて握り締める。
その間も、私の唇はテツヤくんに食べられているように挟まれていた。
時々、唇を軽く噛まれて肩が跳ねる。
目を薄く開けると、テツヤくんと目が合った。
「…目つぶって、テツヤくん。」
「嫌です。名前ちゃんの顔見たいので。」
「恥ずかしいですよ?」
ぺろん。
テツヤくんの舌が遠慮なく私の唇を舐める。
感じたことのない感触に反射的に目を瞑ってしまった。
他人の舌というものはこんなに違う感触がするものなのか。
テツヤくんくすくすと笑う。
「…テツヤくん。」
「すみません。可愛かったですから。」
私がじと。と見ても、テツヤくんは面白そうに笑うだけだ。
「…。」
「…。」
ただ視線が交わった。
それを合図に、テツヤくんの舌が唇の中に入って来た。
遠慮がちに、そろそろと入ってくる。
何かくすぐったい?よく分かんない感触がする。
でも不快に思うことはなかった。
バニラ味とチョコ味が混ざり合う。
お互いの冷たい舌が次第に熱くなる。
なんだろう。
変なの。
勝手に身体が動いて、舌が絡み合う。
気付いたら、押し倒されていた。
握り合っていた手も、私の手はテツヤくんの首に回り、テツヤくんの手は最初の同じように頬にあった。
こたつの中から足を出したい。
身体はどんどん熱を持ち始めていた。
*
「…ぬるい。」
「溶けちゃいましたね。」
すっかり溶けてしまったアイス。
ただの液体だ。
固体のときよる甘く感じるそれを、掬って口に含む。
(…口ん中変な味する。)
「何か、人間も動物なんだね。」
「唐突ですね。」
「いや、うん、けっこー本能ってもんがあるんだなぁって実感した。」
普段、口の中で普通に収まっている舌が、あんなに激しく動くとは驚きだ。
「そうですね…名前ちゃん冷静っぽいですけど、顔真っ赤です。」
「仕方ないです。」
テツヤくんは何気にいつもの表情に戻っていた。
ずるい奴め。
まだどこか熱を残している身体が眠気に襲われる。
どうせ寝るなら、テツヤくんの傍がいい。
キスする前の位置に戻っていたので、こたつから出てテツヤくんの元へ向う。
そして、腰下ろした瞬間、テツヤくんが勢いよく私が居ない方、横にスライドした。
「え…」
「あ、…名前ちゃん急にどうしたんですか?」
テツヤくんは無表情なのに、少し切羽詰まっているように見えた。
「テツヤくんの腕の中で寝ようかと…。」
「…それはどういう意味ですか?」
「え、いつもみたいに抱きしめられながら寝ることだけど?」
「……今日は無理です。」
「え、なんで?」
首を傾げて尋ねると、テツヤくんの顔が赤くなっていく。
「…男の事情です。」
「えっ!」
経験がある訳ではない。
でも、それなりの年頃だし、授業でもこの手のようなことは習うし…。
「とりあえず、僕に近づかないでください。」
「わ、分かった。」
至極真剣な顔でそう言うので、休日の最後私たちは何とも言えない空気の中過ごしたのであった。
(…テツヤくんも男の子なんだなぁ。)
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