現在の僕と彼女のある休日


「テツヤ…テツヤー…」
「何ですか。名前」

窓からぽかぽかと暖かい日差しが差す。
日差しが眩しいのか。
彼女は目を細める。

「…何か、幸せです。テツヤくんお願いがあるんです。」
「お願いですか?」
「うん、イチャイチャしたい。」

彼女はごろん、と身体をベットに投げ出したまま寝がえりをうつ。

「イチャイチャ…」

以前読んだ、恋愛小説ものを記憶の引き出しから引っ張り出してみる。

「…名前、おいで。」
「テツヤー。」

ベットの窓際に座っている僕が両手を広げると、身体を起こして抱きついてくる。

「ふへへ…テツヤくんだねー。」
「僕はテツヤでしかないすよ。」
「もう、ああ、好きなんだよ。テツヤくんのことがさ、好きで好きで好きでたまらない。どうしよう。」
「僕だって名前ちゃんに負けないぐらい好きです。何か困ることでもあるんですか?」
「テツヤくん…胸が苦しいですよ。テツヤくんのことが好き過ぎて、苦しいです。
ぎゅうーってなって、もう潰れちゃうよ。私。」

そう言いながら、彼女はぎゅうーっと僕を抱きしめる。

「僕は名前ちゃんの手に寄って潰れちゃうかもしれません。」
「大丈夫。私軟弱だから。」
「そう言えば、そうでしたね。」

彼女は小さい。
抱きしめると余ってしまう僕の腕。
彼女の背中で組める僕の両手。

ああ、小さい。
でも、柔らかくて温かくて甘い香りを漂わせる。

「男の人ってさ、四角っぽいよね。」

彼女はぽつり、と耳元で呟いた。

「四角ですか…?」
「うん、男の人って固くて、角があって、大きくて、女の人は違う包み方をするイメージがあるの。
女の人は柔らかくて、丸くて、小さいの。
どっちも包みこんでくれるものなんだけど。
私は男の人の包み方が好き…って言うか、欲しかった。求めてたんだ。」

彼女が僕の肩に頬をつけて、今私幸せなの。とまた呟いた。

「ずっと探してた。私だけを包みこんでくれる人、女の子の包み方も嫌いじゃないよ。
お母さんみたいで、ふかふかで安心するもん。
でも、私はテツヤくんが一番安心する。がっしり…とまでは言わないかもしれないけど、私より大きくて固い、テツヤくんは安心する。
包まれてて、すごく幸せ。」

今彼女の発言を聞いたから、思ったことかもしれないけど。
三年ぶりに会った時、あのコンビニで見た時の彼女の目はどこか虚ろだったかもしれない。
彼女の言う、男の人の包み方を探している途中だったんじゃないだろうか。
そして、彼女の求めていたものは僕だと彼女はそう言った。

…ふと、思った疑問を口にした。

「あの、名前ちゃん。」
「うんー?」
「僕が一番ってことは、他にも男の人の包み方を知っているんですか。」
「うん。」
「…誰か、聞いても?」
「ふふ、テツヤくんが思ってるような人じゃないよ。
お父さん。お父さんも男の人の包み方だけど、やっぱりテツヤくんとは違った。
まあ、ある意味当たり前なんだけど。親子だし。」
「そうですか。」
「うん。」

じわじわ、と静かに歓喜が沁み込んでいくのを感じる。
彼女の求めているものが、僕であったことが嬉しい。

「女性は本当に柔らかいですね。」
「肉が付きやすいだけだよ。私はね。」

彼女はどこか自分が女性という生き物ではない様に言う。

「名前ちゃんの柔らかさ、僕好きです。
抱きしめていて気持ちいいです。」
「…照れまする。」
「ふふ、可愛い。」

僕の肩口に顔を埋めてしまった彼女の頭撫でて、髪を梳く。
相変わらずさらさらで、指通りが良い。
日差しに照らされる彼女の髪は綺麗だ。
撫でる度に匂いが香る気がした。

ゆっくり、と時間過ぎる。
彼女と一緒に過ごす時間。

彼女の頭に顔を寄せる。
髪が耳に掛けられていて、耳が出たままだ。
いつもは横髪が覆ってしまっていることが多い気がする。

丁度彼女のこめかみ辺りに、僕の耳が位置していた。
とくんとくん。穏やかな心音が僕の耳に届く。

ああ、幸せだなぁ。自然に口角が上がって、目を瞑る。

とくんとくん。
一定のリズムが刻まれる。
僕も彼女も口を開かず、ただお互いの体温を感じて、幸せを実感していた。


「ねむ。」

むにゃむにゃ。
彼女は口を動かすのも億劫そうだ。

僕は彼女を抱きしめたまま、そのままベットに倒れこむように横になる。

「きゃっ。」

彼女は僕に半身を預けるように抱きついて居たから、僕の足に彼女の足が乗る。
ベットは僕たちを優しく受け止める。

「…。」
「寝ましょうか。」

じと。
吃驚したじゃないか。と言いたげな目をスルーして、彼女に声をかける。

「…うん。」

眠い彼女はすぐに視線を逸らして、枕を手繰り寄せて居た。

「カーテン閉めましょうか。」
「たのむん。」

身体を起こし、カーテンをひく。
シャッと音を立てて、日差しが遮断されて、部屋が薄暗くなる。

「…テツヤ好き。」

薄暗い部屋の中、彼女はそう言って柔らかく緩い笑みをしたまま瞼を閉じた。

「僕だって、名前が好き。」

彼女の横に寝転んで、彼女を抱きしめる。
小さくて、丸くて、柔らかくて、僕に一番の安心を与えてくれる、包み方をする彼女。

そんな彼女と過ごす、穏やかな時間。
何度も思う。何度も感じる。何度も実感する。

僕は今幸せだ。
prev back next
- ナノ -