黒子くんにバニラシェイクを奢るお話

うう、疲れた。
夏休みが終わって、課題テストが終わって、帰ろうとしたら、
友達の愚痴を聞かされ、帰るのが遅くなってしまった。
すっかり日が暮れた、帰り道を歩くのは憂欝だ。

(はやく、家に帰りたい・・・なぁ。)

てか、駅まで、行くのがめんどくさい。
はぁ・・・、めんどくさい。

「苗字さん?」
「ん?・・・あ!テツヤくん!」
「今、帰りですか?」
「うん、そうなの。」

駅に向っている途中で、後ろから話しかけられた。
振りむけば、やっぱり、苗字さんですねと笑った。

「よく後ろ姿で、分かったね。」
「・・・髪が綺麗で、自然と目にとまったので。」
「え、何か、それ照れるなぁ。」

髪を撫でながら、照れ隠しにえへっと笑った。

「小学生の頃と長さ変わってないですか?」
「うーん、どうだろ。でも、もう腰までは伸ばさないつもり。」
「今でも、十分長いですよね。」
「まあね。こんぐらいが丁度いいかな。あれ、黒子くん駅行かないの?」

駅とは違う道に向って曲がろうとする。
裾を掴んで、引きとめる。

「マジバに寄ろうと思って。」
「何か食べるの?」
「食べるというか・・・バニラシェイクが好きなので。」
「ふぅーん・・・じゃあ、私も行く。」
「じゃあ、一緒に行きましょうか。」
「うん。」

(・・・テツヤくん、背大きくなったぁ。)

横に並ぶと、よく分かる。
私は平均より若干低い所為もあるだろうけど、記憶のテツヤくんより、確実に、逞しくなってる。

よく抱きついてた・・・は、はずかしい。
ほんと、幼いって、無邪気。
やっぱり、男の子なんだよね・・・。
今でも、十分線は細いように見えるけど、大人の身体に近づいてるんだなぁ。

「苗字さん?」
「え、あ、うん?」
「百面相してましたよ。」
「あ、・・・えっ!いや、なんかさ、ちょっと、思い出して。」
「何をですか?」
「よ、よく黒子くんに、抱きついてたよなぁって。
今思うと、ちょっと、恥ずかしいね。」
「ありましたね。苗字さん、もしかして、」
「うん?」
「僕に抱きつきたいと思ってます?」
「え、いや、別に。」

普通に思ってないから、普通に否定した。
その瞬間、黒子くんは目を大きくして、目を逸らして、白い手で顔を覆って、隠した。

「すみません。今の忘れて下さい。」
「えー、なんで?」
「恥ずかしいです。変に自意識過剰になってしまいました。」
「えーあ、うん、でも、確かに、抱きついてみたいかも。」
「気を使わなくて、いいんですよ。」
「いやいや、使ってないよ。
ほら、あの頃より、背も大きくなったし、男の子だなぁって、思ってさ。
抱き比べさせて欲しいな。」
「・・・気遣ってないですか?」
「ないない。」

覆った指の隙間から、おそるおそる私を見る黒子くんが可愛いくて、プハッと小さく噴き出す。

「何笑ってるんですか。」
「ふふ、だって、黒子くん可愛いんだもん。」
「可愛いくないです。あ、さっきから思ったんですけど、」
「うん?」
「名前で呼んだり、名字で呼んだり、何か、分け方があるのかなって。」
「え、あー、それね、特にないよ。」
「そうなんですか?」
「うん、つい、テツヤくんの方が呼びやすいんだけど、こないだ久しぶりに会ったばかりじゃん?」
「そうですね。」
「だからね、距離感が小学生のままじゃ、駄目かなって。
だから、名字呼びになったりみたいな。」
「・・・気にしないで下さい。」
「えっ。」
「確かに僕たちは、もう高校生ですけど、そいう距離感気にしないで下さい。」
「で、でも、なぁ・・・私、最近、人と距離取るの下手でさ。」

自分で言って、凹んだ。

「大丈夫です。」
「・・・?」
「だって、」
「だって?」
「僕、苗字さんに気を使う必要ないと思ってますから。」
「ええ、ええっ!?」

ガアアン!と表情を固めると、だからと言葉を繋げて、笑いながら言った。

「だから、苗字さんも僕に気を使わないで下さいね。」
「え、あ、うん。分かった。」
「あ、マジバ付きましたよ。入りましょう。」
「うん。」

自動ドアを通って、レジへ向う。
店内にはちらほらと、部活帰りの人や会社の人が居た。

「テツヤくん、テツヤくん。」
「何ですか?」
「今日は私が奢るからねっ!」
「気は使わなくて良いんですよ?」
「そいうのじゃないの。
テツヤくん私に気を使わないんだから、奢られてよ。」
「・・・じゃあ、お願いします。」
「バニラシェイクでいいよね?」
「はい。じゃあ、僕、席取ってきます。」
「うん、お願い。」

すでに出来ていた列に並び、自分も何か頼もうとメニューに目を通した。

(うーん、どれにしようかな・・・・黒子くんはバニラシェイクだし・・・私はチョコにしよう。)


窓際の席に座っているテツヤくんを見つけるのは、少し苦労した。
ちゅうと一口、シェイクを吸って、私はあることを思いついた。

「ねね、テツヤくんテツヤくん。」
「何ですか?」
「せっかくだから、私のことも名前で呼んでみない?」
「名前さん?」
「えー・・・。」
「何で、そんな不満そうなんですか。」
「ここは、ちゃんで!名前ちゃんって呼んでみて?」
「・・・えー・・・。」
「えー・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」

じーとしばらく視線の攻防が続いた。
目が乾いてきて、あ、痛いと思っていたとき、テツヤくんは観念したように、ふぅと息をついて、目をパチパチさせた。

(あ、テツヤくんも痛かったんだ。)

私もそれにマネして、目をパチパチした。

「・・・・名前ちゃん。」

ボソッと、呼ばれた私の名前は、聞き取りにくいくらいの小さな声だった。

「・・・・テツヤくん。」

何て返せば分からず、とりあえず私も名前を呼んでみた。

「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」

じっとまた見つめ合って、

「何か、」
「はい。」
「照れくさいね。」
「ですね。」

二人一緒に視線を逸らした。



「テツヤくん、甘いもの好きなんだね。」

チョコシェイクを吸いながら、テツヤくんの顔をいつもより、じっくり見てみる。
いつも通りの無表情だけど、

「部活の後のバニラシェイクは最高です。」

そう言うテツヤくんの目はキランと光った。

「ふふ、美味しそうに飲んでるもんね。」
「名前さ・・・ちゃんは、何を飲んでいるんですか?」
「私はチョコシェイクだよ。」

まだ呼び慣れなていないテツヤくんの様子に、小さく笑いながら答えた。
テツヤくんはムッとした顔をしたあと、あのと口を開いた。

「うん?」
「チョコシェイク、一口くれませんか?」
「いいよ。」

はい、と差し出した。
そして、テツヤくんの手に渡ると思ったチョコシェイクは私の手の中にあって、
その手に重ねるように持つテツヤくんの手。

「えっ。」
「じゃあ、いただきます。」

少しだけ、窄めた口をストローにつける。
(・・・何か、生々しい。)
コップはテーブルにあるから、テツヤくんは少しだけ前かがみになる。
その所為で、伏せられた目とか、手は重ねられたままだし、それなりの距離な訳で、
汗なのか、シャワーを浴びたのか、制汗剤の匂いか分からないけど、
ふんわり、と嗅いだ事がない、女の子と全然違う、匂い。

見てはいけないものを見てしまった、ような心境になって、テツヤくんから目を逸らした。
(・・・何か、あ、あー・・・、あ、変なの。)

変に騒がしい心臓を落ち着かせようと、外の景色をぼーっと見つめた。
そうしていると、テツヤくんは私に重ねた手に力を入れた。

「て、テツヤくん?」

視線を戻すと、テツヤくんは前かがみのまま、ストローから口を離して、
上目使いで、意地悪く笑った。

「顔、赤いですよ?」
「えっ!?」
「ふふ、さっき笑ったお返しです。」

意地悪な顔をすぐに優しい笑みに変えた。

「えー、えー・・・あー・・・何か、恥ずかしい。」
「僕だって、名前ちゃんって呼ぶの恥ずかしいです。それに、」
「うん?」
「名前ちゃんって、自分から抱きついたりする割には、相手から来られると弱いですよね。」
「え、あ・・・そう、かなぁ?」
「はい。だって、僕が手を握ったときから、顔赤くなってしましたから。」
「うそ!?・・・早く言って欲しかったー。」
「それじゃあ、お返しにならないじゃないですか。」
「お返しなんて、しなくていいですー。」
「僕の気が収まりません。」
「テツヤくんって、けっこう意地悪だよね。」
「いえ、されたからやり返しただけです。」
「もっと、大人の対応しようよ。」
「名前ちゃんに言われたくないです。」
「・・・あーいえば、こーいう。」
「お互いさまでしょう。」
「あ、そこはそう返すんだ。」
「何て言うと思ったんですか?」
「それは名前ちゃんの方でしょう。って言われるかなって。」
「大人の対応してみました。」
「えっ、なにそれー。」

ぐだぐだと会話をしながら、私たちはシェイクを堪能しました。



「暗いねぇ。」
「名前ちゃんは女の子なんだから、気を付けてくださいね。」
「え、テツヤくん居るから大丈夫だよ。」
「今日はたまたま、帰りの時間が重なっただけです。」
「あ、大丈夫大丈夫。いつもはもっと早いから。」
「何か・・・居残りですか?」
「え、ちょ、なに、その目。違うからね。友達の愚痴聞いてただけですー。」
「愚痴ですか・・・。けっこう長かったんじゃないですか?」
「え、あ、うん。まぁねぇ。」

心配そうな顔をされて、苦笑いを浮かべる

今日愚痴を聞かされた友達の綾は面倒見が良い、テキパキと要領の良いお姉さんみたいな子だ。
そんな彼女が目を吊り上げて、眉間に皺を物凄く寄せて、どんどんと拳で、机を叩きながら、
家族への不満、部活の後輩の不満、教師への不満、クラスメイトへの不満と、
そりゃあ、もう、たくさんの愚痴を聞かせてもらった。
うんうんと頷いたり、共感したり、まあまあと慰めたり、・・・正直大変だった。
ちょっと、だけ疲れた。
でも、言い終わった友達は笑顔に戻っていた。

「名前、聞いてくれてありがとう。
ごめんね。でも、助かった!ほんと、ありがと!」
「ううん、いつでも、聞くよ。このくらい。」

・・・そう言われると、聞いた甲斐あったなぁって思う。
アドバイスも、気のきいた言葉も言えないけど。
こんな私が役に立つなら、嬉しいと思う。

・・・ちょっと、疲れるけど。
だから、そんな疲れたときに、テツヤくんに会えたのはすごくラッキーなのだ。

それに、愚痴を聞かなかったら、テツヤくんに会えなかったかもしれない。
いろんなコトが重なって、悪いことも、良いことも起こる。
そう考えると、少しだけ、ほんとに、少しだけだけど、人と関わることが悪くないと思った。

「名前ちゃんって、言いやすそうですよね。」
「え?」
「愚痴とか弱音とか、そいう、自分のマイナス面って言うんですかね・・・。
名前ちゃんは黙って、否定せず、ただ聞いてくれそうですから。」
「・・・内面ではいろいろコメントしてるけど。」
「口に出さないところ、がいいんですよ。」
「そうかなぁ・・・何か言ったら、めんどくさいし。
相手も言いたいだけだろうしさ、・・・いや、やっぱり、めんどくさい。」
「そこです。」
「そこ?」
「相手が言われたくないだろうなっていう考えが、相手のことを考えている
名前ちゃんの優しさです。その優しさが相手にも伝わってるんですよ、きっと。」
「ええ・・・。ただめんどくさがり屋なだけだよ。」
「まあ、捉え方は人それぞれですから。」
「そうだね。」

さっき重ねられた手とは違って、包み込むようにぎゅうと手を握られた。
驚いて見上げると、真剣な顔で私を見つめるテツヤくんが居た。

「名前ちゃんは優しい人ですよ。僕はそう思います。」
「・・・うん、ありがとう。」

テツヤくんの手の温度に、ドキドキしながら、テツヤくんの言葉が嬉しくて、笑った。
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