卒業式(小話)

体育館から出で行くバスケ部を見送り、息を吐き出す。
伝統がある古い校舎のせいで、室内でもとても寒い。
腕を組みながら、そろそろ職員室に戻るかと考える。

…なんだか、物足りないと思うのは何故だろうか。
その心を読まれたかのように、気配がした。

「ふぅ、やっと空いたねえ。
仁亮さん人気者だから困っちゃうな」

ひょっこりと体育館の入り口に現れた彼女は、
予想外にニコニコと笑顔だった。

彼女のことだから、今日は泣いてしまうと思っていた。
今日は彼女が俺の生徒ではなくなる日だ。

「おめでとう、名前」
「ありがとう、仁亮さん」

一年生の頃より幾分か短い髪はサラサラと綺麗だった。
彼女は卒業式前に、茶髪に染めていたところも、
黒に染め直していたところも、全て切ったらしい。
肩の下で、ゆらゆらと風に揺れている髪は彼女の本当の色だ。

「仁亮さん、あの…」
「うん」

改めて姿勢を正す彼女に、つられ自分も姿勢を正す。

「仁亮さん、私ね秀徳に来てよかった。仁亮さんに会えてよかった。
幸せだった。毎日が楽しくて…充実した高校生活だった」

高校生活を思い返しているのか、懐かしむように目を細めて
微笑む彼女に俺は見とれていた。

「…」
「仁亮さん、お願いが一つあるの。いいかなぁ?」
「…できる範囲なら」

どきり、とした。
心臓がとくとくと少しずつ早くなる。
高揚しそうな感情を抑え、彼女を見つめ返す。

お願い。
何だろうか。
連絡先の交換?告白の返事?

彼女と俺の関係性を変える言葉を、このときの俺は無意識に期待していたのかもしれない。

「大学生活も頑張れって、言って頭撫でてほしい」
「…」
「だめ?」

少しだけ遠慮がちに言う彼女は断れるかもしれないと思っているようだった。
黙っていると、彼女の顔は曇っていく。

「ん、いいよ。こちらに来なさい」
「やった。へへ」

頬をほんのりと赤くして、彼女は幸せそうに笑う。
二歩ほど寄ると、彼女は俺を見上げた。

頭に手を置くと、彼女は少し目伏せて息を小さく吐いた。
息を吐く唇が妙に色っぽく見えて、思わず視線を逸らした。

頭の形に沿って、滑るように撫でると
耳に指が当たってしまったかくすぐったそうに首をすくめた。

それを何度か繰り返して、最後に軽く頭をぽんぽんとした。

「大学生活も頑張りなさい。応援しているから」
「うん、頑張る」

にぃ、と彼女は笑って、そのまま私の前から去っていった。

軽い足取りの彼女の後姿がしばらく頭から離れなかった。

別れを惜しんでいるのは俺か、彼女か…どちらなんだろう。
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