新しい関係性
* 新しい距離 * 

「苗字ー」
「うん?なに?」

後ろから呼び止められて振り向くと、
同じ学科で比較的にかっこいいね、と女の子から評判の男の子が立っていた。

「今日の飲み会来ないってほんと?」
「うん。今日は元々用事あってね、ごめんね」
「そっかぁ〜。残念。今度の飲み会は絶対来いよ!」
「うん、なるべくね」
「お前参加しなさすぎ!」

彼の手が頭に伸びて、ぐしゃぐしゃと撫でる。
屈託なく笑う爽やかさに、こういうスキンシップをされても
あんまり変な感じがしないのか、と感心する。

「うん、気を付ける。
じゃあね」
「おー」


校門へ急いで向かって、近くのコンビニに止めてある見慣れた車を見つけて微笑む。

「こっちだよ」
「ひゃあ」

人目を気にせずにニヤけてたところを話しかけられたので、
思わず変な声が出る。

「仁亮さん…」
「ちょっと、ここの大学に知り合いが居てね」
「へえ…」
「飲み会いいのか?」
「…さっきの会話聞こえたの?」
「ん、まあね」

居心地悪そうに目を逸らす仁亮さんの様子を見るに、
盗み聞きをしてしまったのかもしれない。

「いいの。仁亮さんとの時間の方が大事だもん」
「…」

そう言い切る私を仁亮さんは複雑そうな目で見つめてきた。
私はよくわからなくて首を傾げた。

***

「んっ…やぁ」

その日の夜、仁亮さんが珍しく私に迫ってきた。
背中を撫で上げる仁亮さんの手の冷たさと、吐息の熱さの
ギャップに翻弄されながら、私は仁亮さんの首にしがみ付いた。

狭い狭いシングルのベッドに寝かされて、私の上で息を乱す仁亮さんが
らしくなかった。
冷静とは程遠く、感情のまま本能のままに私を求めていた。

気遣いもなくて、優しさもなくて、荒々しかった。
でも、とてもドキドキしたのを覚えている。

当然優しい仁亮さんも好きだ。

こんなに余裕がない仁亮さんは大人になってから私が会いに行ったときぶりな気がする。
ああ、あのときはこうなるだなんて、思いもしなかったな。

どんどんと考える余裕がなくなって、仁亮さんが私を揺するたびに
落ちそうな気がして、ちょっと怖くなる。
ぎゅう、と首にしがみつく私の頭と背中を両手で痛いほど抱きしめてくれる。

ああ、やっぱり…

「まさあきさん…」
「ん、…なに」
「・・・は、…すき」

あまりの激しさの意識が朦朧とするような、お酒が一気に回ったような、
ふわふわした心地になってきた。
そんな中で私は仁亮さんあなたのことが好きだと、とっても今幸せだと、
回らない舌で何度も何度も言おうとしていた。
けれど、それが言葉になっていたかは分からない。




「名前大丈夫か?すまん・・・無理させたな」
「んーん、だいじょうぶ」

疲れた。
とてもねむい。

とろとろ視界がとけていくみたいに、瞼が閉じそうになる。

「名前…」

心配した顔をする仁亮さんは何だか気まずそうに、変な顔をしていた。
なんだか…その顔に見覚えがある。

そっと瞼を閉じると、寝るのか?と仁亮さんが言うので、
私は首をそっと横に振る。

ああ、思い出した。
そう。私が仁亮さんに告白して、しばらくした頃だったかなぁ。
卒業式だったかなぁ。

ああ、なんだかとってもねむい。
でも、寝ちゃだめ。
言わないと、仁亮さんをその顔のままにしたくない。

だって、私と仁亮さんはもう恋人同士で、あの頃とは違うんだから。

「だいじょうぶ。
わたしはずっと、あなたが…まさあきさんがすき。
それが、わたしのしあわせだから。
わたしがのぞんだ、いちばんのしあわせなの」

言わないとだめと思った。
寂しそうな目も、惜しむような目も、全部知ってる。
私を見守ってくれる目も好きだけど、もっと求めて、隣に居てほしい。
ずっと仁亮さんの隣に居たい。一生ともに寄り添っていたい。
頼りないかもしれないけど、迷惑かけちゃうかもしれないけど、
誰にも譲りたくない。

いつもいつも私の行く道を先回りしていて、追いつけなくて、
手を引かれてばかりだ。
私の方が後ろに居るから、先に進めない。
ずっと私は仁亮さんを待たせてばかりだ。

ごめんね、仁亮さん。

「・・・だいじょうぶだから」

そんな顔をしてないで、仁亮さん。
私はあなたを好きになったことを後悔していない。

驚いた顔をする仁亮さんに私は笑う。
仁亮さんの頬を撫でる。
仁亮さんの頬はさきほどの火照りが残っているのか、
まだ少し熱かった。

「私は仁亮さんだけのもので居たいの」

怖くない。だいじょうぶ。
私たちには色んな壁というより、差がたくさんある。
理解し合ったり、共感したりすることが難しくても、
それでも一緒に居たい。
そう思えるのはこの人だけだ。

わたしね、ほんとうに・・・

***

「…寝たか」

睡魔に頑張って抵抗しながら眠ったせいか
彼女は眉を顰めたまま眠っている。
その姿がなんだか可愛いくて、眉間をつついてみる。

むぅ、と変な唸り声を小さく上げて彼女は寝返りを打った。
離れそうになる背中を無理矢理抱きしめた。

苦しそうな息が聞こえて、力を慌てて緩める。

彼女は二十歳になった。
春に彼女と再会し、恋人になった。
それから、夏と秋が過ぎて、冬になった。

「…」

彼女と色んなことをした。
デート、お泊り、親御さんに挨拶、…彼女の兄に
頭を下げる日が来るとはな。
恐縮する元教え子の様子を思い出して、小さく笑う。

「ふふ」

すると、何故か彼女も寝ぼけながら笑うので、びっくりした。

「平和な顔をして…」

彼女が私のこと一番に優先してくれるのは嬉しい。
しかし、彼女の今を大切して欲しいという気持ちもある。

確かにもう俺の生徒ではないけれど、
学生という立場は変わらない。
勉強はできるうちにした方がいい。
自分がしたいと思って選んだ道の勉強なら
尚更そうだろう。

「…」

そう思う気持ちは本当だ、嘘はない。
しかし…嫉妬をするなというのは無理な話だ。

またころんと寝返りをうって、こちらに戻ってくる彼女の
頭を撫でる。
昼間遠慮もなく撫でていた男を思い出して、
幸せだった気分が少しそれて、眉間に皺が寄る。

でも…寝る前の彼女が言っていた言葉を思い出して、
自然と気持ちが落ち着いていく。

なんだかんだで、彼女にはお見通しなのかもしれない。

年下の彼女に振り回されるのも、見透かされて慰められるのも、
年上として、面白くないし、情けないなと思う自分が居る。

…けれど、歳の差とか、そういう周りのことを関係なく、
自分のことを大事に思ってくれる存在が居るというのは中々頼もしいものだな。

…。
そうか、歳の差が関係ないと言うけれど、それは本当かもしれない。
今、このときは俺と彼女の二人きり。
彼女は俺のことを否定しようとしないし、俺も彼女のことを否定しようとしない。
俺は彼女のことが好きだし、彼女は俺のことが好き。
その同じ気持ちだけでいい。

外に出れば、気持ちだけで上手く行かないこともあるけれど。

今、この小さな部屋で二人きりの間くらいはそんなものから解放されて、
彼女の前だから恰好をつけるとか、年上だとか、それも忘れて、
ただひたすらに、甘くて優しい彼女に甘えるとしよう。

きっと、それが恋人というものだから。
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