「よいしょっと。」
肩にかけているクーラーボックスをかけ直して、体育館へと足を急がせる。
日傘のおかげで直射日光は遮っているものの額に汗が滲むことは変わらない。
いつもより低めのヒールがコツコツと音を立てる。
年季を感じる校舎を見る度に懐かしいなぁと心の中で呟く。
「あれ?名前さん?」
「あ…宮地くん。こんにちは。」
体育館近くの水飲み場に居た宮地くんは頭に水を被っていたのか、彼の髪はずぶ濡れだった。
彼は水道の上のところに置いたタオルで頭を拭きながら、うすっと頭を下げてくれた。
「ふふ、暑いねー。」
「そっすね。名前さん…もしかして」
「うん、今日も差し入れ持ってきたの。」
クーラーボックスを見せると、少年らしい笑みを見せてくれた。
「ありがとうごうざいます。今日は何すか?持ちますよ。」
「今日はねゼリーにしてみたの。」
私は彼の厚意を素直に受け取り、クーラーボックスを持ってもらう。
「ゼリーすか。」
「うん、暑いから喉の通りがいいものがいいかなって。嫌いだった?」
「全然。寧ろ好きですから。」
「そう。良かった。」
背の高い彼を見上げて笑えば、彼も照れたようにぎこちなく笑みを浮かべた。
そのとき、元気のいい声が耳に入ってきた。
「あー!宮地さんが女のひと連れてる!」
「うるさいのだよ高尾。」
体育館の入り口のところから聞こえたの声の主たち。
宮地くんより背の高い緑の髪色の男の子は緑間真太郎くん。
黒髪でセンター分けの男の子が高尾和成くん。
「おい高尾。名前さんに失礼な言い方すんな!轢くぞ!」
「…え、宮地くんってピアノ弾いてたっけ?」
「いや、え、弾いてないっす。」
「じゃあ、何を…あれ?」
ぴっひゃはははっはは。
高尾和成くんがお腹を抱えて笑い出す。
緑間くんは高尾くんを眉を顰めて睨み、宮地くんは私を困ったように見つつも高尾くんを思い切り睨んでいる。
「…み、宮地くん私何かおかしいこと言っちゃったかな?」
「あー…気にしないでください。ちょっと変わった奴なんで。」
「名前さんじゃないですか。こんにちは。」
「大坪くん、こんにちは。相変わらず大きいね。」
礼儀正しい大坪くんにつられて私も会釈を返す。
「主将、この方はどなたですか?」
「ああ、そうか。お前ら一年は知らなかったな。沙良さんは監督の奥さんで、時々差し入れしに来てくれるんだ。」
「仁亮さん…じゃない、中谷監督の嫁の苗字…じゃない、な、中谷名前です。よろしくね、緑間くん高尾くん。」
わざと名前を呼んで挨拶をすれば、驚いた顔をして二人ともこちらを見る。
「名前知ってんすか!」
「うん、仁亮さんが家で見てる資料横で見たりするから覚えたの。」
「監督の奥さん…。」
高尾くんはじろじろと私を見つめる。
そして、大坪くんに注意されていた。
「こら高尾。そんなに見たら、名前さんに失礼だろう。」
「あっ…すんません。いやーでも、なんつーか、監督の奥さんって若くて綺麗だなあと思って!」
「最近の高校生は宮地くんと言い、大坪くんと言いお世辞が上手だね。」
「何言ってるんですか。俺は本当名前にさんは素敵な女性だと思っています。」
「俺もっすよ。奥さんにするなら名前さんみたいな人がいいって思ってるすもん。」
「ふふ、ありがとう。」
妙に力説してくれる二人が面白くて、小さく笑いながらお礼を言う。
「あ、そうそう。差し入れゼリーなんだけど。冷たい方が美味しいと思うから…えっと、今お昼の休憩中だよね?」
大坪くんに確認すれば、そうですと答えてくれた。
「じゃあ、さっそく食べくれると嬉しいな。」
*
「…仁亮さん、遠くから私を見るやめてくれませんか」
「何のことだ?」
にぎやかにゼリーやお弁当を食べる彼らを視界の隅入れながら、私は仁亮さんの横に座る。
体育館の入り口にちょこん、と座る仁亮さんはちょっと可愛い。
「しらを切る気ですね」
「名前はいい加減俺の嫁という事実に慣れてほしいんだけどね」
「やっぱり、見てたんじゃないですか」
肘で軽く仁亮さん突く。
仁亮さんは少し頬を緩めてやめなさい、って先生みたいに言った。
その言葉に少しだけ学生の頃に戻った錯覚を受けた。
「まあ…初々しいところはお前の可愛いところだけどね」
「えっ」
「このゼリーもう少し酸味が欲しいな」
「この前は甘さが欲しいって言ったじゃないですか」
「今は酸味が欲しいんだよ」
「ワガママ」
「名前さん可愛いなーいいなー監督あんな可愛い奥さんいて」
「…監督が笑ってるのだよ」
「はぁ…俺結婚したら監督と名前さんみたいな夫婦になりてぇ」
「木村その前にお前彼女作れ」
「俺こないだ名前さんに大坪くんはいいパパになるねって言われただが」
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