やっと
「仁亮さん、私ね、もう大人だよ。」
「・・・久しぶりだな、名前。」
「うん、久りぶりです。」

二年ぶりの母校に顔を出して、仁亮さんに会いに行けば、驚いたような顔で私を見た。

「・・・仁亮さん、あのね。」
「うん?」

体育館へ向う廊下、あのときの廊下。
私の名前を初めて呼んでくれた、黒い髪の方が綺麗だと、初めて仁亮さんの笑った顔見た、場所。
私にとって、大切で思いれが強い、学校で、一番好きな場所。

私があなたを好きだと言って、慰めるように撫でてくれた手を握る。
あのときよりカサ着いてるけど、相変わらず大きくて、固くて、・・・暖かい手。

「・・・名前?」
「私今でも、好き。」
「・・・。」
「仁亮さんのことね、ずっとずっと卒業しても、好きなの。
その証拠に私、彼氏いない歴イコール自分の歳なんだよ。
私二十歳になっても、彼氏居ないの。
彼氏にしたい人、結婚したい人は居るんだけどね。」

悪戯っぽく笑うと、仁亮さんは驚いた顔から難しそうな顔になった。

「・・・正直、驚いた。」
「?」
「卒業して、一回も俺に会い来なかった。
だから、お前にとって、俺への気持ちは、そいう恋なんだって、思い出になる、過去のもとなる、恋になるって言い聞かせてた。」
「え、言い聞かせ・・・?自分に?」

次は私が瞬きして、驚いた顔をした。
仁亮さん、それは・・・どいう、こと?

浮き上がってくる疑問と期待が混じって、仁亮さんと呼ぶ声が震える。

「名前、会いたかった。」
「えっ。」

握っていた手を引かれて、抱きしめられた。
私より大きい背、シャツ越しに感じる固い胸板、そして私をすっぽり包んでしまう腕。
感じる体温、視界のシャツ、仁亮さんの匂い、全部が、近い。

「え、え・・・仁亮さん、そ、それって・・・?」
「最初はただ寂しいのか、と思った。
毎日のように顔を出して、仁亮さんと呼ぶ名前が居ないことは。
あれだけ懐く、生徒も珍しいだろう。
他の生徒より、ただ思いれが強いだけ、そう思った。
でも、違った。
名前が居ない日常は、空しかった。
大会になれば、差し入れと言って、俺に会いに来るんじゃないかと期待した。
何回も何回も・・・ずっと、仁亮さんと呼ぶ、名前の声が聞きたかった。」

熱を含んだような声が、切羽詰まったような声が、耳元で聞こえる。
・・・仁亮さんの、声・・・?
いつも冷静で、落ち着いて居て、余裕のある、仁亮さんらしくない。

抱きしめる力も強く。
背骨が折れるんじゃないかってぐらい、抱きしめられる。

「ま、仁亮さん、私も、会いたかった・・・。」

広い、仁亮さんの背中に腕を回す。
私の声に我に返ったように、抱きしめる力を緩めてくれた。

「・・・の割には、ずいぶん遅かった、と思うけどね。」

拗ねたような声で言われて、胸がくすぐったくなった。

「だって、ちゃんと大人の女として、仁亮さんに会いたかったんです。
もう、私は子供じゃありません。
堂々と仁亮さんのことを好きと、言えるようになって、会いたかった。」

身体を少し離して、仁亮さんは片手で私の顎を上げる。
私の唇をなぞる、仁亮さんの親指。

「・・・そうか。・・・綺麗になったな。」

見たこともない、仁亮さんの目にぞくぞくした。
いつも呆れたり、怒ったり、またよく頑張ったなって、そんな生徒つまり、子どもに向ける暖かい目しか知らなかった。
仁亮さんがそんな熱い、・・・男の人の、目をするんて。

「・・・ま、まさ・・・あき、さん。」
「・・・名前、好きだ。」
「まさー」

仁亮さんの顔が、・・・唇が、近づいてくる気がして、反射的に目を閉じてしまった。
額に感じたことのない感触がした。
暖かいけど、カサ着いてる、感触。

「・・・へ?」

間抜けな声を出しながら、目を開けた。

「本当に男が居なかったのか。・・・ふむ、余裕がない顔をしているな。」
「・・・〜っ!」

子どもに向けるような目の仁亮さんと目が合う。
その顔は嬉しそうだけど、ちょっとだけ、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「ま、仁亮さんっ!す、するなら、ちゃ、ちゃんと・・・」
「・・・ちゃんと?」
「く、くく・・・ち・・・でしょー!」
「お前にはまだ、はやい。額で、そんな顔になってたらな。」

余裕たっぷりの顔で見下ろす仁亮さん・・・、そんな仁亮さんを見せられたら、また、増えてしまう
・・・ほんとうに、あなたは私を縛るのがお上手ね。
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