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【4話】
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「え?ここ一緒に勉強しようってダメなんですか?」
「ナマエ氏好感度が足りてませんぞ」
「えー!?ここまでに好感度イベがありました!?」
「さっき挨拶しなかったでしょ?」
「で、でも、この子人が苦手で、特に寝起きで話しかけるの良くないって……」
「それはそれ、これはこれ。とりあえずキャラクターに関わらないと、フラグが立ちませんからな」
「む、難しい……」

 イデアは部屋で、一人フヒヒと笑う。ナマエ氏の純粋な人付き合い法は、相手を尊重し過ぎて恋愛シミュレーションゲームだと積極性に欠ける。恋愛シミュレーションの主人公は時に優しく包み込み、また時には大胆に踏み込み引っ張っていてくれるもの。特にナマエ氏が攻略しようとしてるキャラは、一周目から攻略できるキャラとは言え、難易度は高い方。ナマエ氏が苦戦するのも無理はありませんな。

 細めなセーブが癖な彼女は逃したイベントに再挑戦するため、一つ前のセーブデータをリロードしていた。寝起きで明らかに不機嫌そうな攻略キャラを前にして、一応挨拶しておこうかな……という選択肢が出る。うーと唸りながら、彼女は挨拶する!方の選択肢を選ぶ。案の定、攻略キャラから嫌な顔されて、彼女は少し泣きそうになる。ナマエ氏、恋愛シミレーションのしがいがあるプレイヤーですわ。

「ナマエ氏なんでこのキャラにしたの?メインの子とか、人懐っこい子とか初見に優しい子たちいたでしょ?」
「……え、えっと」

 彼女は少し言いづらそうに、意味もなくグリグリと十字キーを動かす。その仕草に、イデアは察した。

「ナマエ氏、申し訳ない」
「エッ」
「攻略しやすいではなく、ゲームは自分の気になる、好きなキャラからやるべきですわ。拙者野暮なことを聞いてしまいましたな」
「う、ううん、気にしないで」

 彼女は手元のゲームの画面へ視線を戻す。青く、長い髪。綺麗系の顔立ち。人付き合いが苦手だけど、魔導工学が得意で、常に研究室に引き篭もりがちな天才少女。この子、オルトくんに聞いたイデアさんに、そっくりだと思って選んだけど。それが理由って、イデアさんにバレるのはちょっと恥ずかしい。

「にしても、ナマエ氏変わってますな
「え?」
「この子とっつき辛いし」
「……」

 イデアの少し嫌そうな声色に、彼女は目を丸くする。もしかして、イデアさん自己嫌悪?

「ナマエ氏?」
「あ、えっと、……頑張った先の、で、デレが見たいって思って」
「あー確かに。そのキャラは絆を深めるほど、甘々になってきますからな。身内には甘いって感じ。ナマエ氏そう言うキャラ好きなんだね」
「すッ……そ、そうかもしれない」

 頬を真っ赤にして、歯切れが悪くなる彼女に、イデアはニヤニヤと笑った。

「ナマエ氏、実は独占欲強い?」
「え」
「デレが見たいってことは、自分にしか見せない一面があるキャラが好きなのかなって。それって独占欲が強いってことじゃない?」
「え、え、どうだろ。あんまり考えたことないかもです」
「ふぅーん」
「あ、そろそろ門限。イデアさんまた明日続きしましょうね!」

 彼女がセーブを終えて、スッイチの電源を切る。イデアはうん、と頷こうとして、ん?と首を捻る。ディスク画面の時計を突くと、カレンダーが現れる。

「あ、ごめんナマエ氏。明日部活あって……」
「あ、そうなんですね。じゃあ、明後日?」

 さっきまでニコニコしていた彼女は少し静かになって、イデアはそわそわする。まるで、オルトに遊ぼと言われたのに、断らないといけないのときのようだった。なんだろう。すごい罪悪感。

「うん、明後日なら大丈夫」
「分かりました!明後日一緒にゲームしましょう!」
「え、僕に気使わなくても続き進めていいいよ?」
「えーせっかくここまで一緒にやったんですもん。一緒にやりましょう!」
「ナマエ氏がいいなら、いいけど」
「はい」

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「ナマエ氏今日は制服じゃないんだね」
「今日午後から休講だったからちょっと買い物してたんです」
「へえ」

 リアル女子高生の私服だ。イデアはしげしげと彼女の私服姿を見た。彼女はいつものダッフルコートではなく、ケープセットのコートを羽織ってベンチに座っていた。コート裾から覗くはずのプリーツスカートは本日不在で、タイツに包まれた太ももが目に入って、イデアは焦って目を逸らした。タイツ履いているとは言え、まだ冬なのに足を出すなんて。オシャレは我慢という奴か?……でも、確かに今日のナマエ氏も、なかなか……ん?

 ふとイデアは疑問に思った。季節は冬。拙者は室内、ナマエ氏は外の公園。恐らく冷たいベンチ。やってること一緒にゲーム。小学生か?ちまちまとゲームを進める指先が気になって仕方ない。赤くはないけど……。

「ね、ねえ、ナマエ氏」
「はい」
「すごい今更なんだけど……寒いよね」
「え」
「いつもナマエ氏だけ外に出させてごめん」
「そんな別に気になってないです。お気遣いありがとうございます」

 彼女がぺこっと頭を下げる。いや、そんな拙者が下げる方であって、下げられる方ではない。

「てかよくよく考えたら、いや、考えなくても……拙者タブレットなんだから、ナマエ氏外に出る必要なくない?ナマエ氏のスッイチの画面共有して、通話で良くない?」
「……それはイヤです」
「え、なんで!絶対そっちの方がお互いに快適では!?」
「だ、だって、今よりイデアさんと距離できるみたいでイヤです」

 彼女は遠慮がちに、つんつんと青いタブレットを突いた。

「ナマエ氏タブレットは、決して拙者の分身とかではないですぞ」
「わ、分かってますけど……イデアさんが側に居てくれる気がするから、今のままでいいです」

 彼女は拗ねたように小さな声になる。イデアは、だから!これ何のイベント!?一人ゲゲーミングチェアの上で身悶えていた。そうだ。彼女のゲーム実況を楽しんでいる場合じゃない。目的は彼女と対面でも平気になって、一緒に聖地巡礼すること。

「ナマエ氏がそう言うなら、今のままで……」
「はい!」

 頼む。嬉しそうにしないで、ナマエ氏。なんか不憫に思えてきた。

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「ねえねえ兄さん」
「どうしたのオルト」
「そろそろ、ナマエさんとテレビ通話でもしてみたら?ナマエさん兄さんの顔も知らないんでしょ?」
「……」

 イデアはオルトの言葉にキーボードを叩いた指を止める。ギギギとオイルの切れたロボットのように、こちらを見るイデアにオルトは兄さん……と肩を少し下げた。今気付いたんだね。その問題に。

「……で、でも、テレビ通話とか誰得!?って感じになるし」
「ええ?じゃあ、当日本番の方がいい?」
「そ、それは……」

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「あ、イデアさんこんにちは」
「こ、こんちは」
「イデアさんなんか緊張してます?」
「え、え?なんも、してない!よ!」

 いつも以上に落ち着きがないイデアに彼女は心配になった。だが。あまり深く言及しても失礼だろうと。彼女はそうですかと大人しく頷いた。

「ね、ねえ……ナマエ氏」
「はい」
「えっと……あの」
「?」
「ぼ、ぼぼぼ、ぼ僕のことどんな風に想像してる?」
「……そ、想像?」

 要領を得ない、と彼女は首を傾げる。戸惑う彼女に、イデアは既に血反吐を吐きそうなダメージを負っていた。こんなこと自分で説明すんの辛い。

「ぼ、僕たち最終的には一緒の聖地巡礼するわけだし、その対面することになるでしょ。僕はナマエ氏の顔知ってるけど、ナマエ氏は僕の知らないから」
「……そういえば!」
「今気付いたの……?」

 言うて、拙者も気付いたの昨日ですけど。オルトに言われなかったら、一生気付かなかったけど。気付いても、見ないフリしたけど。

「何回も話してるから、なんか知っている気でいました……」
「そ、それで、オルトがそろそろテレビ通話してみたらって」
「テレビ通話!?は、恥ずかしいですね……ちょっと鏡見てもいいですか?」
「ナマエ氏待って、僕はナマエ氏のこと見えてるんだよ」
「……」

 彼女が一時的停止して、じーっとタブレットを見上げる。そして、慌てて自分の顔を隠す。

「そっか!イデアさんはずっと私のこと見えてたんですね!」
「う、うん、そう……」

 ずっとそう言ってるけど。でも、こんな一方的に顔知ってる関係とか、普通ないもんね。ナマエ氏が思い違いするのも、仕方ないかも。アイドルとファンって訳でもないし。彼女は何気なく手櫛で髪を整えながら、ちろっとタブレットを見上げる。当たり前だけど、このタブレットの向こう側にイデアさんがいるんだよね……。

「でも、テレビ通話って……イデアさんあんまり好きじゃなさそう」
「……ぶっちゃけそう。でも、聖地巡礼の当日に初対面の方が……キツイから」
「そっかぁ。じゃあ、テレビ通話します?」
「……」
「じゃ、じゃあ、三分くらいします?カップラーメン一個できる時間ですよ!」
「……そ、それなら」

 イデアはどこまでも優しい彼女に申し訳なくなった。僕の提案なのに、めちゃくちゃフォローして貰ってる。画面の中で、スマホを取り出して、アラームもかけますか!見せてくる彼女がいた。イデアが無理しないように、優しい対応を考えている彼女を見ると、イデアの指は勝手にカメラマークを押していた。

「アラームかけるタイミングいっせ……あ」
「ど、ども、イデアです」
「……」

 タブレットの画面が切り替わる。画面には、青を貴重とした部屋に、一人髪の長い青年が映っていた。長い前髪から切長の黄色っぽい瞳が少し見えた。夜空に浮かぶ月のようだった。こちらを、チラチラと見ている。どういう原理なのかは分からない。チリチリと燃えている青い炎。オルトくんと同じだ。彼女の目も、口も、ポカンと見事に真ん丸を描いた。

「ぜ、全然想像と違うよね、てか想像よりヤバいでしょ……こんなオタクとお出かけとかイヤだよね」
「そ、想像より……」
「……」

 イデアは彼女の言葉が怖くなって、ぎゅうっと目を瞑る。

「イデアさん、髪癖っ毛?だったんですね……」
「え?」

 イデアは、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。彼女の目はいつもの大きさに戻っていた。

「私イデアさんって、ストレートだと思ってました。オルトくんより髪長いって聞いてたから」
「え、それだけ?」  
「あ、はい。あとは想像通りオルトくんを大人っぽくした感じでした」
「……」
「やっぱり兄弟ですね。似てます」

 彼女がイデアに笑いかける。少し頬が赤い。すっかりタブレットのイデアに慣れていた彼女は、対面のイデアに緊張してしまう。イデアの想像と違った。彼女はドン引きすることも、怖がることもしなかった。ただ恥ずかしそうに、照れくさそうに、嬉しそうに笑うだけ。

「ナマエ氏」
「はい」
「……敬語無しに、して。せっ、ぼ、僕たち同い年だし」
「う、うん。あ、じゃあ、呼び方もイデアくんって呼んだ方がいいかな」
「!?」
「イデアくん!?」

 彼女は画面からいなくなったイデアに驚く。なんか、今とぅるんって下に落ちていったような……。イデアはゲーミングチェアの下に、滑るように崩れ落ちて小さくなっていた。

「ご、ごめん。足痺れちゃって」
「あ、そうなんですね。ずっと座ってるとなりま……なるよね」

 ああ、きっと今彼女は眉を下げて笑ってくれてる。僕が無事なことに安心して、いつもの、あの優しい顔をして、笑ってる。イデアは立てた膝に顔を埋めて、困り果てた。ああ、どうしよう。どうしようもなく、君に会ってみたい。こんなこと思うの柄じゃないのに。

「あ、イデアくん」
「ど、どうしたの!?」
「あ、えっと、落ち着いたら言ってね。ゲームしよね」
「あ、ありがとう。あとちょっとしたら、落ち着くから」
「うん」

 彼女は頷きながら、言った方がいいか迷って、口を閉じる。タブレットの画面に少しだけ映る。赤のような、ピンクのような淡い色をした毛先が気になる。イデアくんの髪の色?仕組み?気になるけど、あんまり突っ込んじゃダメだよね。仲良くなったら、いつか教えてくれるかなぁ?

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「お、オルト」
「なぁに、兄さん」
「明日……映研の活動ある?」
「ないよ!なんの予定もないよ!」
「じゃあ、明日僕と外に出てくれる?」
「もちろん!」



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