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【3話】

「あ今からナマエ氏のとこ行かなきゃ」

 イデアは授業が終わって、ベッドでゴロゴロしていた。昨日、聖地巡礼を無事承諾して貰ったイデアは、それだけでエネルギーを使い切って、オルトより先に帰宅してしまった。帰宅と言っても、タブレットを部屋まで戻しただけである。

 結局、昨日は要件話すだけで終わっちゃったし。てか、冷静に考えたら、昨日の発言なかなかヤバくない?

「ナマエさん、兄さんのお願いを聞いてくれてありがとう!実は、もう一つお願いがあって」
「もう一つ?」
「兄さんは人見知りだから、初対面でお出かけはきっと難しいと思って」
「あっ」
「ナマエさんには、兄さんが対面でも大丈夫になるように、兄さんと仲良くして欲しいんだ!」
「仲良く……私で良ければ、ぜひ」

 同年代の女の子と仲良くなんて、ハードル高過ぎ。……そもそもナマエ氏は僕たちのこと何も知らないのに、なんで受け入れてくれてるの。順応性高すぎか?いや、受け入れてくれてるんじゃなくて、腫れ物扱いなのかも。でも、今日約束しちゃったしな。

 イデアと彼女は互いに学生であるため、予定が合う日の放課後に交流会をすることになった。イデアはタブレットで彼女に会いに行くため、場所は彼女の負担にならないように彼女の学校の鏡が設置されている公園になった。彼女の学校は、賢者の島に属する小さな島にあるため、賢者の島自体には鏡で通っているのだ。

「そろそろ時間だ。タブレット転送させて……っわあ!」

 イデアはタブレット越しの映像を見て、悲鳴を上げる。まだ待ち合わせ前の時間なのに、彼女が待ち合わせ場所に居たのだ。ちなみに待ち合わせ場所は、噴水の前のベンチだ。不意に、彼女が手元から顔を上げる。

「あ、イデアさん……?」
「……」
「?」

 彼女が首を傾げて、タブレットを見上げる。イデアはベッドから落ちていた。よく考えたら、タブレット越しの女子ってヤバいのでは?これまんまマジどきじゃん!イデアはその場に正座をすると、消してしまったバーチャルディスクを起動させる。
 
そして、イデアはまたひっくり返りそうになる。画面の中の彼女はまるで恋愛シミレーションのヒロインのように、こちらをじっと見つめているのだ。こ、こういうとき、ゲームなら選択肢でるのに。イデアが画面を睨んでいると、彼女が口を開く。

「イデアさんじゃない……?」
「い、イデアです」
「あ、良かった!イデアさんじゃない別のタブレットの方かと思いました!」
「イデアさんじゃない別のタブレットの方……?」

 誰それ。拙者も知りたい。

「NRCには、タブレットスタイルもある的な感じなのかなって?」

 彼女自身、自分でも何を言っているのか分からないのようで、うーんと悩みながら言葉を続ける。イデアは、ある可能性に気付いてしまった。ナマエ氏、もしかして一昔前の健気で芯が強いヒロイン枠か?この純粋さと、順応性……そして、柔軟な思考。だとしたら、詳しく僕達のこと知らなくても、そのまま受け入れてる感じ、理解できるかも……?

「いや、僕が特別許されてるっていうか……」
「へえ、NRCってリモート授業も導入されてるんですね!いいなぁ!」

 彼女の肯定的な意見に、イデアは変な気持ちになる。裏の顔なんて分からないって思いながら、きっと彼女に裏の顔なんて、ないのだ。優しくて、いい子。それが本当の彼女で、イデアを利用してやろうとか、内心馬鹿にしているとか、そんなことを思う人間じゃない。だから、素直に心を開けばいいんだろうな、と思う。

 イデアは合理的で効率主義だ。でも、人と仲良くなることに合理的も、効率も、正解もない。互いの努力は必要だったとしても。だから、イデアは人間関係が苦手だ。トライアンドエラーは嫌いじゃない。アレはやればれるほど、精度が高くなる。でも、人間関係に絶対も保証もない。常に手探りで、緊張が隣り合わせで、本当に嫌だ。

「ナマエ氏も」
「はい」
「リモートで授業受けたいって思う?」
「思いますよ!部屋から出たくない日とか、一人で居たいときとか!実技の授業以外なら、イケそうですよね」
「ナマエ氏も、一人で居たい日とかあるの?と、友達多そうだし」
「ありますあります。友達と一緒にいるのも好きだけど、常に誰かと一緒は疲れるから」
「……そ、そうなんだ。意外」
「ふふ、私そんなに賑やかに見えます?」

 彼女がおかしそうに笑う。

「賑やかっていうか」
「はい」
「すごく優しそうに見える、よ」
「……」

 ぎこちなく、でも優しく触れるような声色に、彼女は身体が熱くなる感じがした。優しいって言うイデアさんが優しい声してる。急に恥ずかしくなってきた彼女は、両手で頬をおさえながらぽそりと呟いた。

「ありがとうございます」

 その瞬間、ドサドサッ!と何かが崩れる音がタブレットから聞こえて来た。

「イデアさん!?大丈夫ですか?」
「だ、だいじょう、ぶです……」

 な、なに今の!?イベントのスチルかと思った……。びっくりした。意味もなく動かした手が、ベッドのシーツを引っ張ってしまったらしい。イデアはベッドの上に散らかしていたマンガや雑誌の雪崩れに巻き込まれて、床に仰向けに寝転がっていた。そんなイデアが見上げる先では、彼女が心配そうにこちらじっと見上げている。

「イデアさん?タブレット下がっちゃいましたけど」
「だ、大丈夫。もんだいな……」

 イデアは上目遣いだから、良くないのだとタブレット下げて後悔した。ナマエ氏の顔どころじゃない。こ、この角度だと、む、胸の膨らみが……!

「イデアさん、どうしッ」
「ギャっ」

 反射的にタブレットを上に戻そうとしたら、ゴチンっと音が鳴った。


「……ほ、本当にごめんなさい」
「大丈夫ですよ。私も動いちゃったから、ごめんなさい」

 イデアは結局、彼女の目線と同じ高さに落ち着いて、彼女はちょっと痛む顎を撫でていた。

「イデアさんって、もしかしてドジっ子ですか?」
「えっ、なんで」
「オルトくんがイデアさんのかっこいいところとか、すごいところ色々教えてくれて」
「!?」

 オルトー!?何してくれてんの!?って言うか、なに言ったの!?言葉は聞こえなかったが、悲鳴ような息遣いが聞こえて、彼女は慌ててフォローに入る。

「あ、イデアさんのいないところですみません。でも、本当に変な話してないですよ!背が高いとか、魔導工学が得意とか!ゲームも強くて、自分でも作れるとか!そんな話ですよ!」
「……ご、ごめんね。興味のない奴の話なんか聞かせて」

 申し訳なさそうに言うイデアに、彼女は全力で首を横に振る。

「そんなことないです!これから仲良くなる人のことですよ!イデアさんのお話聞けて良かったです!」
「そ、そう……」
「はい!それに、オルトくんとお喋りするの楽しかったです」
「……なんでナマエ氏はそんなに」
「?」
「そんなに優しいの?僕の聖地巡礼に付き合わされてるだけなのに、色々話合わせてくれてさ。どうせ内心では、僕のこと引いたりしてるんじゃないの?キレさせたらヤバいからとか、腫れ物に触るよう感じで優しくしてくれてるんでしょ?……アッ」

 しまった。イデアは慌てて口を閉じる。しかし、遅い。既に、言わなくてもいいことを言ってしまった。彼女はキョトン、としてから、困ったように眉を下げて、悲しそうに口を噤む。

 彼女はイデアが人見知りであることは知っていたが、捻くれていることは知らなかった。聖地巡礼に誘ってきたのはそっちのくせに、と優しい彼女はそんなこと思わない。ただ自分はマジどき好きに出会えて嬉しかったし、聖地巡礼の話も楽しみだった。だから、イデアと仲良くなろうとしていただけなのに。どうして、こんな言い方されているのだろう。それが分からないし、なんだかイデアの早口は冷たくて怖いし。挫けそうになったとき、彼女はイデアの弟、オルトを思い出した。「兄さん、余計な言葉多いときあるから、もしそれでナマエさんを傷付けたらごめんなさい。兄さんにはストレートに言葉で伝えるコミュニケーションが一番おすすめかも!」うう、オルトくんこう言うことだったんだね。

 彼女はしどろもどろになっているイデアに構わず、ぐずっと鼻を啜って口を開いた。

「あ、いや、あの」
「……た、確かに、きっかけはオルトくんに助けて貰ったお礼だったけど。で、でも、私今日楽しみでした」
「……」
「あ、あと私は優しいんじゃなくて、えっと……自分が知識不足だったり、世間知らずだったりするから、その、とりあえず受け入れがち、なだけで、別に、そんな優しくないです」

 彼女はつっかえつっかえに、言葉を選んで、イデアに必死で伝える。

「僕たち知り合ったばかりなのに、何でそんな風に思ってくれるの……?」
「し、知り合ったばかり、だからです!」
「え」
「仲良くなる前だから、だからこそ、慎重に……」
「ま、まって……ナマエ氏まって」
「……うう」

 イデアは身体を起こして、バーチャルディスクに齧り付く。ナマエ氏、本当に同い年?五歳児の間違いでは!?実は箱入りのお嬢様育ちか?こんな人付き合いに純粋な高校生いる!?イデアの焦りも、言葉も虚しく、彼女の目尻からポロリ、と涙を落ちた。

「わー!ごめん!僕が悪かった!だから、泣かないで!」
「泣いて、ないです」
「いや、泣いてる!めっちゃ泣いてる!何でウソつくの!?」
「……泣いてるの情けないから、認めたくない」
「す、素直!」

 拳をぎゅっと握って、胸元に引き寄せる。イデアのお決まりのポーズ。イデアは彼女に全力をツッコミを入れて、少し息切れが切れていた。

 理解は出来ないけど、把握はした。ナマエ氏は自分の僕と仲良くなりたいって気持ちを疑われて、泣いてる。で、まだお互いのことも知らないし、仲良くないから、不用意に傷付けないように、慎重に僕に接してくれてる。そして、きっとナマエ氏にはそれが特別なことじゃなくて、当たり前のこと。僕が他人と関わることを徹底的に避けるくらい当たり前のこと。僕と彼女の当たり前はすごく違う。

「……イデアさん」
「は、はぃ」
「私イデアさんの聖地巡礼のお供として、失格ですか……?」
「エッ」

 僕の個人的な外出(聖地巡礼)のメンバーに、失格もクソもないよ!?むしろこっちが頼んでる側なのに!イデアは泣いている彼女から目を逸らしたくて、タブレットを少し下へ向けて気付いた。彼女の膝の上、スッイチが置いてあった。

「ナマエ氏……僕が来るまでゲームしてたの?」
「え?あ、マジどきしてました。今日発売だったから」

 我慢できなくて……。彼女は少し恥ずかしそうに、スッイチで顔を隠す。すっかり涙は止まっていた。

「ナマエ氏本当にマジどき好きなんだ」
「好きです。今からもっと好きになります。イデアさんと語れるくらい」
「……拙者かなりやり込んでますぞ?」
「が、頑張ります!」

 意気込む彼女の顔の高さに、タブレットが戻って来た。

「今どこらへん?」
「一緒にしてくれるんですか!」
「初見の反応からしか得られない栄養というものが……」
「?」
「き、気にしないで」
「分かりました!」

 やっぱり、ナマエ氏素直すぎる……。



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