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【2話】

「ただいまー」
「おかえりナマエ……わ、なに良いことでもあった?」
「うん、アミィに聞いて欲しいことあるの」

 寮の自室に帰ってきた彼女はご機嫌で、ルームメイトのアミィにガバッと抱き着いた。課題をやっていたアミィは彼女の腕をぽんぽんと軽く叩いて、「その前に着替えたら?」と声をかける。彼女はそれもそうだな、とアミィから離れて、自分のクローゼットへと向かう。その隙に、アミィはあと少しで終わる課題を片付けて、彼女の話を聞く準備をする。

「ナマエ紅茶アッサムとダージリンどっちがいい?」
「アッサムのミルクティー!」
「第3の選択肢……」

 アミィは面倒だなぁと思いつつも、簡易冷蔵庫から牛乳を取り出すついでに、ミネラルウォーターも取り出した。げ、ミネラルウォーターもう少ししかない。

「ね、ナマエミネラルウォーターまだある?」
「私のクローゼットにまだ一箱あるよ」
「あ、じゃあ、一本冷蔵庫に入れておいて」
「分かった

 アミィは牛乳をマグカップに注いで、レンジで温める。ふたりで飲むだけだ。手順はなんでもいい。自分のダージリン用にもお湯がいるので、電気ケトルに水を注いで蓋を閉めて、セットする。カチッとスイッチが入ったことを確認して、アミィはお菓子あったっけと、自分の机を覗きに行く。アミィも彼女も中々のズボラなため、部屋に簡易冷蔵庫、電気ケトル、電子レンジを持ち込んでいる。それらのものは、本当は寮の共有スペースにあるのだ。

「あ、そうだ。アミィ見て。クッキー買ってきた」
「あ、私もブラウニーあった」
「じゃあ、両方食べよ」
「うん」


「で、いいことって?」
「今日NRC生に会いに行くって言ったでしょう?」
「あぁ、ヒューマノイドのオルトくんのお兄さん?」
「そう!」

 ふたりは学習机に互いのマグアップやお菓子を置いて、お喋りに花を咲かせる。昨日NRC生に絡まれて助けられたと彼女が帰ってきたとき、アミィは酷く慌ててしまった。NRC生に絡まれたことも、助けられたことも両方心配だったのだ。アミィはあまりNRC生を得意していない。過去に自分もNRC生に絡まれた経験があるからだ。心配しているアミィに畳み掛けるように、彼女が明日お礼をしに行くと言うので、アミィは卒倒しそうになった。お礼って、どんな?お金?身体?

「もう色々と突っ込みたいところあったけど。結局、お兄さんと友達になるってどういう意味だったの?」
「えーっと、オルトくんのお兄さん……あ、イデアさんって言うんだけど」
「うんうん」
「イデアさんはマジどきが好きらしくて」
「へえ、ナマエと一緒じゃん。良かったね」
「そうなの!マジどきのゲーム内で出てくるお店がね、賢者の島にある実際のお店がモデルになってるんだって!」
「ほん」
「それで、イデアさんはそのお店に聖地巡礼に行きたいらしいんだけど。すごくファンシーだから、男子高校生だけじゃ行き辛いから一緒に行ってくれないかって」
「なるほど」
「ただイデアさん外に出るのが苦手で、人見知りだから、しばらく仲良くなるためにリモートで遊ぶことになったの」
「え?どういうこと?」

 途中まで順調に理解していたアミィは、クッキーを食べようとした口を閉じる。怪訝そうに自分を見つめるアミィに、彼女はえっと不思議なシュラウド兄弟について説明する。イデアに直接聞くことは出来なかったが、イデア(タブレット)が帰宅した後、オルトとふたりで話していたのだ。そのとき、オルトからイデアは自分(オルト)の開発者であって、生身のヒトであることを教えて貰った。他にも、イデアの好きなものや得意なことも。オルトくん、イデアさんのこと本当に好きなんだぁ。不思議な兄弟だけど、仲が良くてなにより。

「流石NRC。生徒の個性強いなぁ」
「ね、NRCではタブレットスタイルが主流の一つなのかも。イグニハイド寮って、魔導工学が得意って聞くし」
「あぁ、確かにそれはありそう」
「ね」

 楽しそうに話す彼女に、アミィは首を捻る。イデアと仲良くなる理由は理解したが、どうしてそこまで楽しそうにする理由が分からない。

「ナマエなんでそんな楽しそうなの?」
「えっ、だってマジどき友達できるから!しかも会えるなんて!憧れてたオフ会!」
「あー……そうだったね。ナマエオフ会に憧れてたもんね」
「うんっ。学校にもオタク友達はいるけど、イデアくんガチっぽいから」

 そこも、楽しみ。にこにこと頬を緩める彼女に、アミィは思い出した。ナマエは一人より、誰かと共有して楽しむことが好きなタイプだと。最近マジどきにハマりかけていた彼女は、周りに知っている子居ないと嘆いていた。マジどきってギャルゲーだし、確かに女子校では乙女ゲームをやっている友達の割合の方が多いかも。

「あ、でね、私決めたの」
「なにを?」
「マジどきで最初に攻略する子!」
「あーずっと迷ってたもんね」
「うん、この子にする!」

 彼女がスマホ画面をアミィに見せる。そこには、青く長い髪で綺麗な顔立ちの小さな女の子が描かれていた。アミィは画面から彼女に視線を戻して、手を合わせた。

「さようなら、ナマエ」
「違うってば!性癖の話じゃなくて、この子イデアくんに似てるの!」
「……あ、本当だ。性格とか、得意なこと似てる」
「この攻略したら、イデアくんと仲良くなるヒントになるかなって」
「参考にはなるかもね」
「ね。はあ、オタクとして聖地巡礼とか、オフ会とか……そういうのした事ないから、ワクワクする」
「楽しそうで何より」



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