ふたりの世界 | ナノ
高二の冬、バス停で肌を刺すような冷たい風から逃れようと、覚くんから貰ったマフラーへ顔を埋める。すると覚くんがベンチコートのファスナーをあけて「早く早く!」と笑って私を呼んだ。まるでここに飛び込んで来て! とでも言いたげな顔。どうしようか悩む私に覚くんはもう待っていられない、「寒い!」と叫び自ら私を覚くんのコートの中へと引きずり込んだ。

「はあー。寒いネ」

私の背中から手を伸ばし、ジリジリとファスナーを閉める覚くんの指先は真赤であった。去年は用意出来なかったクリスマスプレゼント。今年それを用意するなら手袋にしよう。そんなことを考えていると、覚くんは私に回した腕の力を強めて「あのさ」と小さく声を震わせた。

「俺ねー、やりたいことが見つかった。かもしれない」

呟くように吐き出された言葉は、冷たい空気に溶けてしまいそうだった。

「進路が決まったかもしれないってこと?」
「うんー。そうなのかもしれない」
「曖昧だね」
「なんつーか、まだ思いつきって感じなのヨ」
「そっか。具体的に聞いてもいい?」
「んー……まだナイショ!」



その覚くんの「やりたいこと」を知るのは、この日から約一年後。
覚くんが予想より早い時期に部活を引退することになり、私の受験勉強が本番でありながらも、今までより覚くんとバス停で過ごす時間が増えたころだった。

「もー冬だネ」
「そうだね。今日も部活に顔出してたんだ?」
「そー。引退したってのに人使い荒いんだから」

覚くんがこんなに早く部活を引退するとは思わなかった。たぶん覚くん自身も予想外だったのではないだろうか。県内でやる試合は最後だからと応援席で覚くんのことをずっと見ていた。中学の時からバレー部は強かったし当たり前のようにいつも勝っていたから、負けたときはそれが信じられなかった。けれど覚くんが体育館の天井を仰いでいる姿を見て、本当に負けてしまったんだなと理解した。そしてその時の覚くんの背中が、今でも私の瞼の裏に焼き付いている。

後日覚くんと顔を合わせると、彼はいつも通りだった。けれど表情を失い、一度だけぽつりと「もう少し楽しいことをしていたかった」といったニュアンスの言葉を溢したことがあった。それは未練や後悔と呼ぶには大袈裟で、きっと覚くんの我儘と呼べるものだったのかもしれない。


「ナマエちゃん覚えてる?」
「なにを?」

言いにくそうに口を結び、視線を落とした彼は、何かを決心しているようだった。

「やりたいことが見つかった、かもしれないって話。覚えてる?」
「覚えてるよ。内緒は終わり?」

そう問いかけると、覚くんは目を大きくさせて私を抱き寄せた。その行動は不安を和らげたいのか、不安を隠したいのか。正確な答えはわからないけれど、震える覚くんの声が何かに恐怖しているように思えた。

「……俺ね」
「うん」
「進学も就職もしないことにした!」

私を抱き止める腕の力を強められ、それに応えるように私は覚くんに身体を預けて密着した。その最中、進学も就職もしない進路とはなんだろうと考える。覚くんのやりたいことというのはなんなのだろう。全く見当がつかないな。

「あれ? ビックリしなかった?」

反応のない私を不審に思ったらしい覚くんは、私から少し離れて顔を覗きこむ。その顔はどこか不安そうで、眉尻が下がっていた。

「やりたいことがあるんでしょ?」
「やりたいことというか、うん。俺来年は浪人生やることにした」
「あぁ。なるほど。そっか、行きたい大学が見つかったんだ」
「まあ、……うん。浪人したからって行けるかどうか怪しいんだけどネ」
「どこの大学?」
「まだナイショ!」

それでさ、と視線を足元へ落とした覚くんの不安はなんだろう。仮定として、大学生になる予定の私と浪人生になる予定の覚くんとの付合い方が不安なのだろうか。まだ受験も終わってないのに、覚くんはいろいろ先のことまで考えているのだなと感心してしまった。

「覚くんが部活やってた時くらいは会えるんじゃない?」
「へ?」
「私が合わせるよ。覚くん予備校行くんでしょ?」
「そだネ、たぶん」
「土日のどっちかのお昼は一緒に食べるとか。朝会うとか。まあ、お互い新しい環境を生活してみないとわからないけど」

実際、こればっかりはその時にならないとわからない。けれど今度は、私が覚くんを待とうって気持ちはあるよ。そう伝えたかった。しっかりと交わった瞳。覚くんは少し難しい顔をしていた。

「あぁー! もう! 敵わねえなぁ」

そう言ったかと思うと、今度はぎゅうぎゅうに力を強めて抱き寄せられた。

「ちょっと、苦しい」
「俺も今苦しいの!」
「どうして?」
「不安なのヨ」
「安心しなかった?」
「しない! 大学生になったらナマエちゃん絶対モテんもん!」
「そういう心配してたの?」
「それもこれもあれも! 全部心配なの!」

少し先の未来を想像する。私が大学に合格したとして、覚くんが予備校へ行くとして。私の知らない場所で、私の知らない人と出会い、知らない時間を過ごす。それも私と一緒にいる時間よりその時間の方が長くなる。

「あぁ、確かに不安だね」
「でしょ!?」

不安、とは違う。私の中に芽生えたのは、明確な怒りだった。同じ目標に向かう人と励ましあい、感情を共有するのだろうか。そう考えてると、じくりと胸の奥が痛んだ。私には共有することができない感情を他の誰かと分かち合う。なんて許しがたいことなのだろう。やっぱり私と覚くん、世界に二人でいいのに。
身体で感じる体温だけでは物足りなくなり、有りったけの力いっぱい、覚くんの腰へ回した腕の力を強めた。

「ダイタン! どしたの?」
「未来を想像して嫉妬した」
「ひゃー! 可愛いこと言ってくれんね!」

可愛い感情なんかじゃない。私は覚くんを、私の世界に取り込んで丸呑みにしてしまいたいのだから。

あなたの心臓になれたら寝ていられる

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