世界にふたり | ナノ
待ち合わせ10分前。長身の赤い髪。目立つ覚くんはすぐに見つけることができた。私服の覚くんは新鮮で、長い手足、姿勢悪く立っているのに常人離れしたスタイルは思わず息を飲んでしまうほど。

「ごめんね、待った?」
「いんやー。今きたトコ」

覚くんの長い指に引っかかっているペットボトルは既に半分以上無くなっていて、長い時間外にいたのだとわかる。そんな私の視線に気づき、ペットボトルを隠した覚くん。

「次は室内を待ち合わせ場所にしようか」

私の言葉にただ黙って頷いて、こちらに背中を向ける。珍しい反応にどうしていいかわからない。とりあえずどんな表情をしているのかと思って、顔を覗きこむとバチリと目が合った。

「どうかした?」
「緊張してんの、俺」

いつも急に飛びついてくる覚くんが緊張を。意外だ。

「意外だって思ってるでしょ」
「うん」
「久々じゃん。会うの。しかも私服のナマエちゃん2割増し可愛いじゃん。昨日電話かけたときから緊張しっぱなしヨ! 自分でも驚きー」

緊張していると言いながらも飄々と、スラスラと話す覚くん。私は固まって言葉を発せずにいた。

「とりあえず涼もうか」

そう言って先を歩く覚くんの背中に「私も私服の覚くん見て息を飲んだ。昨日はなかなか眠れなかった」と口に出せない言葉を頭の中で唱えた。


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地元に昔からある喫茶店。あるのは知っていたけれど入るのは初めてだ。

「俺ここ来るの初めて」
「私も」

古いけど綺麗な店内。快適な室温。窓から見える景色が、額縁に飾られた絵の様で素敵だ。居心地が良い。

「ちょっと早いけどお昼にしようか」

覚くんの提案に頷きながらメニューを見て、一番上に書かれた物を注文した。

「メニュー、悩まないんだネ」
「え? そうかな」
「すぐこれって決めたじゃん。好物なの?」
「そういうわけじゃないけど、なんでだろう。そんなに深く考えたことないや」

よく見てる。そして、いろいろ考えてるんだなぁ。ああ、小学生のときもそう思ったんだっけ。地元にいるせいか、目の前の覚くんが小学生の時の覚くんに見えた。

運ばれてきた料理を食べながら、いつものように他愛のない話をした。料理を食べ終わる頃にコーヒーが運ばれてきて、覚くんが遠慮がちに何かをポケットから取り出した。

「コレ。気に入るなわからないけど」

そう言って差し出された可愛らしい包み。

「開けてもいい?」
「ドーゾ」

あ、ハンカチだ。無理矢理に押し付けた、あの時のハンカチも一緒に入っている。お返しということだろうか。
ハンカチは無地で、肌触りのよい生地。自分じゃ手にすることがないと思われる色。それが目新しく、今日この日を色濃く私の記憶へと刻む。そんな気がした。

「ありがとう。驚いた」

覚くんは「あー」と言いながら、言葉を探している。けれど何も思い浮かばなかったのか「ドウイタシマシテ」と小さな声で言って窓の外に視線を向けてしまった。


喫茶店を出てからは適当なお店に入ってみたり、電車に乗って少し遠出してみたり。一緒に並んで歩く。それだけで新鮮で。長い足を私の歩幅に合わせて歩くのは大変なのではないのだろうか。そう思いながらも、なぜだか頬が緩んだ。
こうやって誰かと出掛けるのは、いつぶりだろう。

「そろそろ帰る? 何だか一雨きそうな気しない?」

そう言われて空を見上げると、遠くの方に雨雲らしき影が見えた。

「そうだね」
「じゃー家まで送っていーい?」

そう尋ねた次には「家どこ?」なんて聞いてきて。住所を告げると、あーあの辺かーと言いながら電車に乗り込んだ。
最寄駅に近づくにつれて、辺りは薄暗くなってきた。幸い、雨はまだ降っていない。

「本当に雨、降りそうだね」
「そーネ。ちゃちゃっと帰りますか」

電車を降りて自然に手を握られ、歩き出した。少しだけ引っ張られるくらいの速度。雨の匂い。いつもより早く流れる景色。肌の温度。目の前には丸まった背中。歩き慣れた道なのに、知らない場所に来たみたいだ。
もう少しで家に着くというところで、雨が降りだした。それもバケツをひっくり返したような雨。走っても意味がないと判断したのだろう。覚くんの歩くペースは変わらない。

「ここ、家」

覚くんの手を引っ張って伝えると、濡れた髪の毛を煩わしそうにかきあげながら、私の住む家を見上げた。


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家に入ることなく帰ろうとする覚くんを引き留めて、無理矢理に家の中へ引き入れた。玄関で水滴を払いながら忙しなく視線を動かす覚くん。

「すげーでっかい家だね」
「医者は儲かるみたい」
「へー! 父ちゃん医者なんだ! それとも母ちゃん!?」

タオルを渡しながら父だと答えると、へーと言いながら乱暴に頭を拭く。

「てか家の人は?」
「おじいちゃんの家。お父さんの実家」
「それってお盆だからだよネ?」
「勉強があるから私は行かないの。雨宿りして行くよね?」
「イヤーうん、まあ。俺が言うのもアレだけど、男を簡単に家にいれちゃ駄目だヨ」

そう言いながら「お邪魔しますー」と靴を脱いだ。

私がサイズ間違いをして買ったTシャツ。覚くんは着れるだろうか。そう伝えると嬉しそうに「カレシャツならぬカノシャツ」と笑った。嫌じゃなければお父さんの着てない新しい部屋着もあるからと、ソファーの端に置く。

「ナマエちゃんも着替えなよ、というかシャワー浴びた方がいいヨ」

そう促されて手短にシャワーを済ませてリビングへ戻ると、丈の足りていないTシャツを着た覚くんがいた。

「ナマエちゃん弟いたんだね!」

リビングに飾られた、弟が生まれたばかりの時に撮った家族写真を指差す覚くん。

「今年四歳になるのかな。男の子が欲しがったみたい」
「それじゃー俺が知らないワケだ。母ちゃん美人だネー。ナマエちゃんは母ちゃん似だ」
「えぇ」
「イヤなの? 美人だからいーじゃん」
「ファザコンなの」
「あらま!」

まじまじと写真を見る覚くんに「シャワー良かったら使って」と、そこから視線を逸らさせる言葉をあえて口にした。それを聞いてお言葉に甘えてーと言いながら、通りすがる瞬間に「なんかエロいよね、こういうの」と口角を上げながらんざとらしく囁く。

親の居ない家。雨に濡れて雨宿り。帰ると言った覚くんを引き留めたのは私。彼氏と彼女。全く想像しなかったわけじゃないけれど、なんでか自分には無いと思った。そんな私に気づいてわざと言ったであろう覚くん。顔が熱くなった。

そこだけ別世界みたい

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