世界にふたり | ナノ
覚くんと付き合ってから一ヶ月が経った。Tシャツの袖口から伸びる長い腕。細いと思っていた腕は筋肉質で、筋張っている。骨と筋肉しかないみたいだ。

「あっちいネ」

そう言って汗を拭う姿に目をそらす。露出が増えた覚くんにドキマギしている自分がいた。男の人だと主張する物全てに、なんだか緊張する。

「もうすぐテストだネ」
「うん」
「それで夏休み中はインハイ。合宿、遠征、練習」
「大変だね」

本当に忙しいんだな、バレー部。

「夏休み中、学校くる?」
「うん。補習というか普通に授業ある」
「会えるかな」

心配そうにこちらを見つめる瞳。会えるのかな。まず覚くんが寮にいないときに会うのは不可能なわけで、普通の練習の日は何時に終わるのだろうか。私の方は? 私の予定を細かく伝えるべき? でもそれをしたら会いに来いって言ってるみたいで、どうなんだろう。
頭でいろいろ考えはしたけれど、返事をしない私。

「会えたらいいネ」

そう言って私の手を握り、空を見上げた覚くんは何を思っていたのだろうか。手を握り返し、英単語を頭の中で思い浮かべた私は酷い人間かもしれない。
私にとって覚くんは特別だ。特別な異性だ。けれど会えなくてもきっと平気。だって覚くんと過ごす夏休みというのが、どうもイメージできないのだから。


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テストが終わり、夏休み間近。覚くんが姿を現すことはなかった。もうすぐ大会って言ってたから部活、休みがないのかもしれない。

バス停でバスを待つ。週に一回。基本的に月曜日に覚くんが私を待っていることが多い。今日が夏休み前最後の月曜日。夏休み中、何か連絡したほうがいいのだろうか。どうしたものかと考えていると、足音が聞こえてきた。バスまだ来てませんよと教えた方がいいだろうかと振り向けば、赤い髪が揺れていた。

「間に合ったぁ!」

乱れた髪。ジャージというよりはバレーをするための服装。指には沢山のテーピングが巻かれていた。

「どうしたの?」
「鍛治くんがさぁー最近鬼すぎてって。そんなことはどうでも良くて! 夏休み前、今日しかないかなーと思ってさ」

覚くんがそこまで言い終わると、バスの明かりが見えた。

「あ、バスきたネ」

膝に手を付いて、俯いた覚くんの下に水滴が落ちた。

「使う?」

私がハンカチを差し出すと、汚してしまうからと許否された。
少しでも顔を見たくて、会いたくて来てくれたんだよね。このバスを見送って次のバスに乗ってしまおうか。いや、あと30分も汗をかいたままで外に居るのは、覚くんにとって良くない。

「それじゃあ」

私がバスに乗り込むと、覚くんは笑って手を振っていた。その姿に、胸が押さえつけられたみたいに痛んだ。

「あの、少しだけ待ってもらっていいですか?」

運転手さんに尋ねると、黙って頷いてくれた。急いでバスを降りると覚くんは「どうしたの?」と目を丸くする。
覚くんにとって私はきっと必要な存在。私にとって覚くんは? よくわからない。けれど、傍にいてくれるのは嬉しい。大切にされたら私だって大切にしたい。

「返さなくていいからやっぱりこれ使って。使ってないヤツだから綺麗だよ」

ハンカチを覚くんに押し付けた。そして私が両腕をひろげて「三秒」と言うと、目を見開いて固まった覚くん。けれどそれは一瞬の事で、すぐにあたふたし始め「今ホントに汗とかヤバイから」と言った。それを無視して思いっきり覚くんを抱き締め「イチ、ニ、サン」と早口で数えてバスに走り乗った。

「すみませんでした」

運転手さんに「青春だねぇ」と言われた気がしたけれど、聞こえなかったフリをした。


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気がつくと、覚くんと会うことがないまま夏休みが半分ほど終わっていた。勉強して、家と学校の往復。けれど、明日からはお盆休み。ようやく夏休みという感じだ。今日は目覚ましをかけないで寝よう。そう決めて布団に入ったとき、携帯が鳴った。

「もしもし」
「今ダイジョーブ?」

覚くんと電話で話すの初めてだな、と思いながら「大丈夫だよ」と会話を続ける。

「夏休み何してたぁ?」
「勉強」
「だと思ったー! 俺明日から実家に帰るんだけどさ、地元で会えたりしないかなーと思っての電話なんだけど」

そっか。こっちに戻ってくるのか。

「無理なら、それはそれで仕方ないんだけどさぁ」
「大丈夫。会おうよ」
「マージでぇ!」

上機嫌になった覚くんは、早口で何時にするだとか、どこへ行くだとか、何をしようかとかを聞いてきた。それに圧倒されつつも、大まかな事を決めて電話を切った。通話終了の画面。天童覚の文字をしばらく見つめ「オヤスミー」っと言った覚くんの声を頭の中で何度も再生した。学校では口にすることのない言葉を言われたからだろうか。変な気分。

すっかり目が覚めてしまった。私は起き上がって手帳を鞄からとり出し、明後日の日付に「デート」と記入した。

三秒で、アオハル

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