世界にふたり | ナノ
覚くんに告白された日の夜は何も手につかなかった。けれど、覚くんから連絡が来ることはなく、学校で会うこともない。次第に夢だったのでは? なんて考えてしまう始末。とりあえず自分の考えをノートにまとめてみた。私の気持ち。覚くんが好きか否か。付き合いたいか否か。
結果、覚くんの事は凄く気になる存在ではあるけれど、一緒にいると平穏じゃいられなくなる。つまり付き合う余裕はない。

答えが出てからというよりは、わかりきった答えを再確認してからは、勉強の日々に戻った。けれど、校内を歩く時はあの赤い髪の毛がいないかソワソワとしてしまう。地から足が浮いてしまうような感覚。そうならないように、爪先に力を込めて歩く日々。そんな日常に慣れた頃、それを待っていたかのようにきた覚くんからの連絡。

“大会が終わって一段落したから、オフがありそう。もしかしたら学校で会うかもね!”

もしやこれは揺さぶりか。そうなのか? そう身構えてから三日後。私の下駄箱の傍に覚くんがしゃがみこんでいた。

「久しぶりー」

ひらひらと手を振って笑った顔にドキリと心臓が跳ねあがった。

「バス停までだったらいいよネ?」
「あ、うん」

あれこれ考える間もなくバス停に到着した。あまり時間はないし、私はすぐに本題を切り出した。

「勉強に集中したいの。だから付き合うことはできない」
「ナマエちゃんは俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「like」
「でもそれがラブになる可能はあるんでしょ?」
「そうじゃなくてさ、勉強しなきゃいけないの」

引き下がる様子が全くない覚くん。

「たまにこうやってバス停で会えればいい」
「付き合わなくてもいいと思う」
「他の男と付き合われたら嫌だ」
「そんな余裕ないよ」

私が何を言っても覚くんは縦に首を振ることはない。次第に言い返す言葉がなくなってきてしまった。

「勉強の邪魔はしない。でも、理由なくナマエちゃんに会える関係になりたい。俺は、そうありたい」

真剣な眼差し。私が「でも」と口にすると、大きな手が私の手を包み込んだ。

「許されるなら、手、繋ぎたい。友達じゃあダメなんだ」

吸い込まれてしまいそうになる。そんな瞳に見つめられ、思わず首を縦に振ってしまった。そんな私に「マイエンジェルー!」とかなんとか言いながら抱きついてきた覚くん。

おかしい。こんなはずでは無かったのに。

この日、家についてから今日のことを思い返して思ったほど自分が後悔していないことに気がつく。まだ実感していないからか? そう思って、手帳を広げて今日の日付に「覚くんと付き合う」そう記してみた。


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彼氏ができた。押し負けてOKを出してしまった感が否めない。
不安だ。今後をイメージできない。バス停でたまに会うだけでいいって言ってたけど。本当にそれだけでいいなら、まあ、いいか? なんて結論付けて、机に向かう。授業に関することしか書いていない手帳を開いて、「覚くと付き合う」と書かれた文字をまじまじと見る。

彼氏。彼氏の覚くん。

「わー!」

誰もいない部屋で控え目に叫んでから、勉強に取りかかった。

likeからloveに変わる瞬間があるのかとか。本当に勉強は大丈夫なのかとか。課題が山積みな気がしたけれど、私がやらなければいけないのは今日の復習と明日の授業の課題。他のことはとりあえず、そのうち考えることにしよう。そう決めても定期的に悶々とした邪念が脳内を横切る。これはなにか解決策が必要だ。その策はすぐに思い付くこととなる。


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そして覚くんと付き合ってから、彼に会ったのは二週間の時間が過ぎてからだった。

「付き合っていく上で、ルールがいると思うの」
「はあ」
「お互いに自分を優先すること」
「ほう」
「私は勉強。覚くんは部活。それを邪魔するようなことはしないこと」
「つまり俺がナマエちゃんの勉強を邪魔しないように釘をさしたいわけだ」

その通りだ。

「今のところ俺は合格?」

しゃがみこんだ覚くんは悲しそうな顔をして私を見上げる。なんだか私が酷い事をしている気分だ。そんな彼に私が手を差し出すと、それを見て嬉しそうに手を握る。握った手に力を込めて引っ張りあげようとすると、覚くんが勢いよく飛びついてきた。とても重い。重くて、 強い力に受け止めきれずに後ろへ倒れそうになるが、私の背中には覚くんの腕が回っていて、それに支えられた。そして、そのままなかなか離れない。覚くんの匂いに包まれるのは、私の心臓に悪い。

「くっつき過ぎじゃないかな」
「そりゃー好きだからさぁ。くっつきたくもなるよネ」

なんて言いながらゆっくりと離れる覚くん。顔が熱い。絶対に真っ赤だ。それを急いで自分の手で覆って隠した。

「あっれー? どしたの」
「顔を、……見られたくない」

「アラー」と言って私の乱れた髪を、覚くんの細く長い指が整えている。優しく触れる指に意識が持っていかれて、これじゃーいつまでたっても顔が赤いままだ。

気づけば意図しない結果になっていた

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