世界にふたり | ナノ
覚くんが同じ高校になった今、何て声をかけたらいいか分からない。私のことを覚えていなかったらどうしようと悩んだが、そんな心配は無用だった様で。特進の私とスポーツ推薦で入った覚くんが校内で会うことはなかった。

そもそも、あの時の大会で初めて覚くんが白鳥沢に居るのを気づいたくらいなのだから、下手をしたら卒業するまで顔を合わせないで終わることもあるのでは? なんて思えるほど。
ただでさえ大きな学校だし、中学の時から通っている私でさえ顔と名前が一致するのは同じ特進の人たちだけだ。あと、有名人。例えば牛島若利くん。それくらいである。
そんなことより午後からは小テストがある。私はそちらを気にするべきだ。

いつもは教室でお弁当を食べて過ごす昼休み。今日はお弁当を用意できなかったため、人がごった返している食堂で思考を巡らせていると、それを停止させる一言が頭上から降ってきた。

「アッレー!? ナマエちゃんじゃなーい?」

聞き覚えの無い声に顔をあげると、大きな目が私を覗き込んでいた。

「覚くん?」

さっきまで考えていた人物が目の前に現れた驚きは強烈だ。

「うっわー! 懐っつかしいぃ!!」

知らない、声変わりをした声。見上げる位置にある顔。目が覚めるような赤い髪は重力に逆らって立ち上がっている。

「イヤー驚いた。中学にナマエちゃんいないなーって思ってたら白鳥沢にいたのネ」

目の前に座ってペラペラと話す覚くんは、昔の面影を残しつつも私の知らない男子生徒。大会の日に遠目で見たときはあまり気にならなかったけれど、覚くんは、もはや別人のようになっていた。

「ねえねえーナマエちゃん? 聞いてる?」
「え? ごめん。聞いてなかった」
「えー。酷っでぇー」

そう口では言いながら、柔らかく笑った表情に心臓がドキリと音を立てた。私が知っている覚くんではない。

「ごめん。小学生の時とのギャップについていけてないというか。なんというか。とにかく! ……凄く驚いて、ます」

真っ直ぐ私の目を見て、視線を逸らさない覚くん。全てを見透かされてしまいそうで、思わず視線を手元へと落とした。

「俺も驚いたヨ。ナマエちゃんキレーになってんだもん」

悪戯っぽく笑いながら「そろそろ行くねー」とヒラヒラ手を振ってバレー部と思われる人たちの元へ行ってしまった。

今の私は間抜けな顔をしているに違いない。そりゃ仕方ない。だってあんな事言われるなんて、思っても見なかった。ドキドキと煩くなった心臓を静めるには少し時間がかかりそうだ。


-------


午後の小テストは散々。けれど時間が経てば、いつも通りの自分に戻っていた。放課後になる頃には昼休みのことはすっかり頭の中から消え去っていて、今日の授業のことだとか明日のことだとか。そんなことで頭が一杯。
後は家でやろう、と区切りのいいところで帰る支度をする。教科書にノートに参考書。パンパンになったリュックを見て思わずため息。これを持ち歩くだけでかなりの筋トレだ。
ふらふらとした足取りで昇降口へ向かい、靴を履き代えていると不意に軽くなった背中。

「重っ!! なに入ってんのコレ!」

リュックの持ち手を長い指で摘まむ用にして持ち上げている覚くん。今日、私は何度彼に驚かされるのだろう。

「頭に入らなかった教科書とノートかな……」

「へー」と言いながら首を傾げ、観察をするように私に視線を向ける。

「あ、もしかしてナマエちゃんって特進?」
「うん。一応」
「だーから帰りが遅いのネ」

帰りが遅いというのはもしかして、私のことを待っていたのだろうか。

「連絡先聞いてなかったからさぁ。今日部活オフだったし、ここで待ってれば会えるかと思って」
「え、もしかしてずっと待ってたの?」

特進は授業のコマが多く、ただでさえ終るのが遅い。更に、放課後は自習時間であり、全員が残って各自先生へ質問をしに行く。そんなこんなで時刻は19時。

「いや、俺寮だから。ずっとここにいたわけじゃ無いヨ」
「そっか。それなら良かった」

覚くんと連絡先を交換し「じゃあ、帰るね」と告げるとつまらなそうに顔をしかめられた。

「えーと。バス停まで一緒に行く?」

嬉しそうに頷いた覚くんと並んでバス停まで歩く。バス停と言っても校内にバス停があるわけで、歩いて5分もしない距離。次のバスが来るまであと10分。
私の隣に立つ覚くんは想像より、いや、かなり背が高い。見上げるほどに。慣れない身長差。もともと背が高い覚くんだったけれど、それにしても高い。こんなに身長って伸びるんだなと感心していると、目があった。

「ごめん、見すぎだった?」

慣れない身長差。慣れない沈黙。長い長い沈黙。「おーい」と手を振ってみても無反応。何も言わない覚くんにどうしたものかと悩むと、重たそうに開いた口から人生で一番驚く言葉が投下された。

「俺小学生の時ナマエちゃんのこと好きだったんだよネ」

今日はもう驚くことは無いだろうと思っていたのに。驚き過ぎて言葉が出ない。

「まあ、他に友達いなかったしねぇ」

え、告白? そう思って身構えたけれど、覚くんの眼差しが追想しているように見えて、単なる思い出話だと解釈することにする。

「今日再会してみて思ったけど、俺今もナマエちゃんのこと好きみたい」

ウンウンと一人納得した様に話す覚くんに私の思考は停止状態。

「中学の時、俺からしたらさー。知らない間にいなくなっちゃったからさぁ。それに高校入学して結構経つのに今まで会うこともなかったし。もしかしたら今日しかないかもって思ったら、ネ?」

あの、えーとっと言葉にならない言葉がポロポロと出るだけで、会話にならない。できない。

「ナマエちゃん勉強大変だろーけど、俺も部活で忙しいし。ただナマエちゃんが他のヤツと付き合うのは嫌だなぁーって」

ここで言葉を区切った覚くん。どうやらバスに乗る他の生徒が来たようだ。私はそんなことに気づける余裕もなく、必死に頭の中でいろいろと考えていた。

どうしてそんなに冷静でいられるのか、理解できない。バクバクと煩い心臓。絶対に赤くなっている顔。意味もなく叫んでしまいたい衝動。それらを抑えようと深呼吸をしたり、円周率を唱えてみたり。私は冷静さの欠片も持ち合わせていない。
そうこうしているうちに、バスが到着した。覚くんを見ると、ポケットに手を入れて視線は前を向いたまま動かない。

「と、とりあえず、帰る、ね」

そう言ってバスに乗り込もうと足を一歩踏み出すと、ものすごい力で引っ張られた。突然のことでバランスを崩し、転ぶ。そう思って目を閉じると、何かに顔から衝突。

「あ、お先にどーぞぉ」

ものすごく近くから聞こえた声。知らない匂い。知らない体温。私は覚くんに衝突していた。覚くんは私を支えながら、後ろに並んでいた生徒をバスに乗るように促している。そうして最後の生徒が乗り込むと同時に、私の耳元で囁いた。

「考えておいてね。俺のこと」

私が頷いたのを確認すると、バスに乗るようにと背中を押して手を振って見せた。

バスに乗り込むと先に座っている人たちにじろじろと見られた。いや、客観的に考えて、見るよな。あんな事してたら。思い出してまた顔が熱くなる。
座席に座って窓を見ると、覚くんが手を振っていた。私も小さく手を振って見せると、満足そうに笑った気がした。バスが走り出し、どんどん小さくなる覚くん。覚くんは姿が確認出来なくなるまで手を振っていたように思う。

今日の出来事は一生忘れることがないだろう。それほど衝撃的な事の連続だった。あーだめだ。勉強しなきゃいけないのに、きっと今日の私は何も手につかないんだろうな。
流れる景色の手前。バスの窓に映った自分の顔は、見たことがないほど真っ赤になっていた。

それはまるで知らない人

prev | back | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -