世界にふたり | ナノ
親の教育方針で、幼い頃から勉強、勉強、勉強。勉強自体は嫌いではないけれど、親の期待通りの成果は高校生になった今でも出ていない。
唯一誉められたのは、中学受験に成功した時だったか。白鳥沢学園に合格したとき。背伸びをした受験。そのため、授業についていくのに必死。必死過ぎて学校生活を楽しむなんて余裕ない。

小学生の時が気楽で一番楽しかったなぁ。なんて、昔を懐かしんでいるのは、何度か経験した男子バレー部の全校応援でのこと。バレー部の部員の中に見覚えのある赤い髪を見つけたからだ。天童覚くん。小学生の時、隣の席になったのをきっかけに仲良くなった男の子。浮世離れした雰囲気で、他の男子からは少し疎まれていたっけ。
よく一緒に遊んだなぁ。洞察力が優れていて、先生の細かい癖だとか、仕草だとかを教えてくれたのが印象的だった。

中学の時はいなかったから、スポーツ推薦で高校から入学したのだろうか。高校を入学してからそれなりの月日が経ったのに見かけなかったのだから、そうに違いない。男子バレー部員か。なんだか、遠い存在になってしまったのだなと、メガホンを片手に思ったのだった。


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小学生の時、覚くんと同じクラスになったのは3、4年生の時。出席番号の関係で席が隣。ほとんどの科目のグループも一緒。覚くんの第一印象は物静か子だった。隣の席になってから何日か経っても、会話らしい会話をしたことがなかったから。そんな覚くんと仲良くなったのは、私が消しゴムを忘れた日。

「覚くん。消しゴム貸してくれない?」

ろくに会話をしたことがないのに、私はいきなりそう尋ねた。覚くんは、凄く驚いた顔をして一瞬固まり、それから自分の消しゴムを真っ二つに割った。というよりはちぎりとる様に引き裂いて、片方を私の方へ差し出した。

「え!?」

予想もしなかった行動に私は慌てふためき、覚くんに必死に謝った。

「ごめん! ごめんね! え! どうしよう!? そんなつもりじゃなかったのに!」

そんな私を見て、覚くんはケラケラと笑った。それにつられて私も笑った。
この日から少しずつ会話をするようになった。話してみると覚くんは、凄く面白い子だった。あの先生は眼鏡を直すとお説教を始めるだとか。あの先生は、出席番号の奇数の人しか当てないとか。私の知らない世界を教えてくれた。

覚くんの目には私とは違う世界が見えているのかもしれない。とさえ思えるほど、覚くんとの時間は私にとって刺激的なものだった。だからかもしれない。覚くんはクラスの中で浮いた存在となっていた。

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男子が覚くんの事を「妖怪」と呼んでいるのを知ったのは、覚くんと休み時間を一緒に遊んで過ごすほど仲良くなってからだった。

「妖怪が人間と遊んでるぞ」

そんな事を言われて、私は自分が妖怪と言われたと思い「なんで妖怪?」と、覚くんに尋ねた。すると予想外。バツが悪そうな顔。

「覚くんが妖怪って言われてるの?」

無表情で頷く覚くんは、私に知られたくなかった。そう言っているように思えた。

「言い返してやればいいのに」

黙って顔を横に振った。そして、この話しはもしたくないという合図なのか、俯いたまま顔をあげようとはしない。

「あー。えーと」

話題を変えよう。話題。覚くんの好きな話題。そこまで考えて、気づく。覚くんのこと何も知らない。

「そういえば、覚くんは何が好き? 趣味? 特技? みたいなさ」

しばしの沈黙を挟み、小さく震えた空気。

「……バレー」

今にも消えてしまいそうな声で答えた覚くんに、私はなんだか秘密を教えてもらったみたいで嬉しくなったのを覚えている。

バレーが好きだと言った覚くんと、昼休みに二人でトスというヤツをやり始めて一週間。

「ナマエちゃん下手だネ」

ケラケラ笑いながら言う覚くんは、見たことない笑顔をしていた。本当にバレーが好きなんだな。
バレーが好きな覚くん。新しい覚くんを知れた。そして、周りから疎まれている覚くん。消しゴムをちぎりとってくれた覚くん。
覚くんは妖怪と呼ばれ、物を取られていたのかもしれない。だから私が貸してと言った消しゴムを分けてくれたのかもしれない。

「覚くんはバレーが上手だね」
「ナマエちゃんよりはね」
「そうだけど。私以外の他の人よりも上手だよ」

そうかな? と少し照れたように笑った覚くんに言葉を続ける。

「スポーツで凄い人のことを怪物って言うんだって。人以上に優れてるから、人間以外のものに例えられるの。だから、覚くんが他の人より優れているから妖怪って言われるんだよ」

覚くんの、バレーボールを動かしていた手が止まる。

「皆覚くんに嫉妬してるんだよ。だから何を言われても気にしちゃ駄目だからね」
「うん」

初めて聞く力強い返事。

「覚くんが羨ましくて皆意地悪言ってるだけなんだから!」
「うん!」

返事と共に、見たことがない速さでバレーボールを遠くへ打った覚くんは、本当にバレーが上手なんだと確信した。
覚くんがバレーをしている所を何度か見たけれど、彼は本当に他の人より上手いと思った。特別だと。それから覚くんは少し変わった気がする。周りからからかわれても、本当に気にしてない感じがする。私以外の人にも冗談を言う様になった気がする。

「嫌なことがあっても、バレーで仕返しすればいいよ!」

口で言い返せない覚くんに言った一言。それで変化したのかは分からないけれど、妖怪と呼ばれているのを聞くことはなくなった。

小学生高学年。5、6年生になったとき、覚くんとクラスが離れた。そして私の中学受験のための勉強地獄が始まった。
それらが重なって覚くんと話す機会はどんどんなくなった。私が白鳥沢を受験すると伝えられなくなるほどの距離が開いていた。

懐かしむには遠い

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