世界にふたり | ナノ
俺にとってバレーはチームが勝つことより自分の快楽のためのもの。そりゃー勝つに越したことはないけれど、自分にとっての優先順位は決まっていたため、中学で何を言われてもプレースタイルを変えることはなかったし、変える気もなかった。だから高校進学は迷った。半端に強いところに行っても、俺の我儘は通らないだろうし。かえって無名の弱小高に行って好き勝手しようかなって。幸いタッパと身体能力には恵まれてるし、弱いとこなら一年からレギュラーになれるかも。

そんな俺に白鳥沢からの推薦が来て吃驚した。同年代で白鳥沢を知らない者はいないし、しかも同学年には牛島若利がいる。なんで俺?中学でいい成績なんか出してないのに。タッパがあるから?そんな気持ちで面接を受けて、正直に自分の気持ちを話したのにも関わらず思ってもみなかった事を言われた。

「点がとれればなんの文句もない」

なにそれ。なにその最高の条件。

寮生活、部活漬け。部員は妖怪だらけ。でも、俺のプレーを見て文句を言うやつはほとんどいなくて。むしろ称賛の声が多かった。なにこの気持ちいい環境。勿論しんどい練習ばっかだけど、ここは俺にとって天国で楽園だ。

同じ一年の牛島若利と話してみて、性格が分かれば凄く面白い人物で誰かに似てるって思った。その誰かはすぐには思い出せなかったけど、他人に認められる快感。誰かと分かち合う感情。それらを感じて思い出す。蓋をしていた記憶。ナマエちゃんの存在。
ああ、そうだナマエちゃん。俺にとって初めての友達。苦い、苦い記憶。


小学三年生。異性とか容姿とか色々理解する年頃。自分が嫌われ者だって明確に理解しだした頃、隣の席になった女の子。なんで自分が嫌われるか何となく理解できていた俺に普通に接してきた異質な女の子。

「覚くん、よろしくね」

なんて学校で名前を呼ばれたのは初めてのことで、戸惑った。俺の名前を呼んだこの子は、稀にいる平等精神を持った委員長タイプ。もしくは、他者の評価を気にした八方美人。それが第一印象。でもそれが間違いだったとすぐに気づかされた。

女子は男子よりも外見や他人の評価に敏感で、他人にどう思われるか、周りと同じでなければ不安って感情に支配されているように見えた。だからカーストで分けられるグループ。ナマエちゃんは容姿でいえば上位カーストに属する存在で、新学期早々に上位カーストと思われる女子グループから「一緒にトイレ行かない?」と誘われていた。

隣の席の俺は、出たよ謎の集団行動って思いながら隣の席の子が立つのを待った。でも予想外に「なんで?」と言ってのけた。
なんで?なんて言われて戸惑う女子たち。続けて「今トイレに用事ないから行かない」って言いはなった。わーお。もしかして、他人とは違う私って酔っちゃうタイプ? これが第二印象。

そして俺と同じように浮いた存在になっていた。それを全く気にしてない様子。鈍感なのかそれとも何か狙いがあるのか。知れば知るほどよく分からなかった。ただ、俺とは違って前の席の女の子と仲良くなっていた。地味でそれこそ俺と同じような嫌われ者と。同情? なんて思ったけど、そうではなかった。

トイレに立つナマエちゃんに着いて歩く地味な女子。しかし、その地味な女子がトイレに行こうって口にして誘うとナマエちゃんは平気でまた「なんで?」と口にした。ああ、そうか。この子は他人に自分が与える影響をまったく理解していなくて、合わせる気もまったく無いんだって。

たまたま席が近くて、グループが一緒で話しかけられたから普通に会話する。嫌われ者からすれば、初めて平等に扱ってくれる天使だくらいに思っていただろうに。誰にでも平等。それの正体は平等精神でも八方美人でもなくてただの無関心。凄く残酷な人だと感じた。だからこそ、俺にも普通に接してくれるんだって納得もした。

そんなある日、俺に消しゴムを貸してと言い出した。驚いたけど、誰にでも平等の無関心女。俺だってそんな子を特別扱いなんかしない。どーせ貸した物なんか返ってこないんだから、消しゴムをちぎって分けてやった。そしたら意外なことに狼狽えて必死に謝る彼女をみて、なんだ結構普通の人じゃんって思ったら、必用以上に神経質になっていた自分に笑えて、思わず大笑いしてしまった。そんな俺を見て笑だした彼女。初めて見た笑った顔が普通の女の子で吃驚した。

それから俺はナマエちゃんに普通に話しかけた。勿論普通に答えてくれた。その普通を繰り返して、俺たちは普通に仲良くなった。俺にとって普通ってのが初めてで、きっと彼女にとっても初めてなことなんじゃないかって思った。そしたら急にナマエちゃんが身近な存在になった。たぶんこれが友達だって実感した。

会話が弾めば休み時間もずっと話していたし、俺もナマエちゃんも基本的に席を立つことは無かったから必然的にずっと一緒にいた。授業のグループも給食の班も同じだったから一日中いつまでも会話が続いた。

俺が嫌われ者でもこの子には関係ないんだって思ったら、凄く気が楽だった。でもそれが分かっていても時間が経てばその事を忘れて不安になる。俺が嫌われ者だって気づいてしまったら、この子はどうなってしまうんだろうって。分かっていたはずなのに勝手に不安に駆られた。

勘は冴えている方なはずなのに、情を挟むと途端に鈍くなる俺。だから俺と二人で遊んでいるときに聞こえた俺の呪縛。

「妖怪」

その単語に身が凍った。それを知らないナマエちゃんは不思議そうな顔をして俺を見た。オワッタ。俺の小さな楽園。
俺がそう呼ばれてると知って、怒るわけでも離れていくわけでもなく、何度目かの俺の予想をまた裏切った。そして初めて俺に対する質問をしてきた。

「何が好きなの?」

バレーって答えれば彼女は一緒にやろうと初めて俺に気遣いを見せて。初めて俺自身を意識してくれたって思った。いつも俺が話しかけて答えてくれるナマエちゃん。俺が誘って遊ぶ休み時間。彼女からのアクションは消しゴムを貸してといったあの一回だけ。友達と思っているのは俺だけだって、心のどっかで思ってた。だから頭の中では何度もナマエちゃんって名前で呼んでたけど、俺は初めて彼女の名前を口にした。羞恥心が邪魔して素直には言えなくて、バレーに付き合ってくれている彼女に少しの皮肉とありったけの勇気を一緒に口にした。

「下手だねナマエちゃん」

そんな俺の皮肉にも勇気にも気づかずにただ笑って答えたナマエちゃんに、やっぱり無関心女だって嬉しくも悲しくもなった。
それから少し上達したレシーブを二人でやっているときに俺の呪縛「妖怪」の単語を口にしてナマエちゃんが話し出した。

「覚くんが他の人より優れているから妖怪って言われるんだよ。みんな嫉妬してるんだよ」

その言葉は励ましだったのか、素直な本心なのか。真実はどうだって良くなって、単純に気持ち良いくらいに俺にハマった。世界が変わった。俺をバカにしていたやつが恨めしそうに俺を見上げる。それが快感でチームプレーなんかどうでもよかったバレーが、俺の特技になった瞬間だった。俺を貫いていいって言われた気がした。

四年生になって、俺がバレーをしているところを見てみたいって言い出したナマエちゃんを通っているバレークラブに連れていった。張りきったって誰も誉めてはくれない、自己満足のブロックを披露すれば彼女は俺にとって初めての歓声をくれた。初めて誰かに認められた。

俺の世界を変えた。俺の世界に革命を起こしたナマエちゃんはやっぱり天使だった。そんな天使がそっぽを向いた。進級してクラスが離れて。会えば挨拶くらいはするけど、前みたいに休み時間を一緒に過ごしたりはしない。それに思春期特有の気恥ずかしさからか手を振ってくれた彼女を、何度か無視をしてしまった。
ナマエちゃんと話したいのにそれを行動に移すのは、あの頃の俺にとって酷く難しかった。
そんな俺でも一度だけ、最近姿を見ないなと思って彼女のクラスを覗いた事があった。久しぶりに見たナマエちゃんは机にかじりついて勉強をしていた。友達できなかったのかな、なんてことを考えた俺。


小学校を卒業して自分の恋心に気づいて、中学では俺から手を振ろうって思っていたのに消えた彼女。俺の世界を変えておいてなにも言わずに消えた。噂で私立の中学へ行ったことを知った。一言くらい言ってくれても良くない? 君にとって俺ってそんな存在? 一方的に、理不尽な怒りだと知りながらもう会えない彼女を憎んで蓋をして、俺だけのためのバレーにのめり込んだ。

天童覚の話 上

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