世界にふたり | ナノ
なんで今更思い出すんだ。若利くんのせいだって、また人のせいにして部活で気持ちを発散した。そうだよ、今の俺には楽園がある。ナマエちゃんの事なんかまた蓋をすればいいや。もうキミがいなくたって俺の名前を呼んでくれる人がいる。

上手く回り始めた俺の高校生活。一年でレギュラーになった若利くんに続いて、俺もベンチ入りした大会の後。俺を認めてくれているバレー部員とのお昼を食べ終わった後の事。たくさんの人の中。一人でポツンとテーブルの端に座る女子生徒。確信なんかないのに俺の足はその子の元へ。
そんなわけない。そんなわけない。会いたいわけじゃない。でも確かめたい。俺の天使だった人。俺の世界を変えた人。俺の世界その物だった人。

小さな俺の楽園。

面影を残しつつ大人な顔付きに変わった彼女。見間違えるはずがない俺の好きだった人。ナマエちゃん。ナマエちゃんだ。
会いたくなかったよ。本当に、会いたくなかったよ。でもやっぱり会いたかったよ。ずっと。無関心な君の記憶の片隅にでも俺は残っているのだろうか。俺は嫌ってくらい覚えているよ。笑った顔。凛とした横顔。俺を呼ぶ声。下手くそなレシーブトス。
ああ、そうだ。復讐してやろう。俺を深く刻みつけてやろう。俺はキミなしで楽園を見つけたよ。キミは俺のいない場所で、今まで平気で呼吸をしていたろう。それが出来ないように深く深くキミの世界を壊してしまおう。そして恨めしそうに俺を見上げおくれ? そうすれば俺は最高潮の快楽を手にできるだろうから。

「アッレー!? ナマエちゃんじゃなーい?」

再会の感動と昔の恋心と憎しみと。たくさんの感情を抱えて、俺は再びキミの名前を呼ぶ。やっぱりキミは俺の予想を越えて、平気で俺の名前を呼んで掻き乱す。
目の前に座って、どうでも言い話をベラベラ話しながら、本当にナマエちゃんだって思ったら蓋をした感情が溢れだした。伸びた髪。俺を見つめて驚いた顔が可笑しくて、可愛くて。何度か想像したキミの成長した姿。その想像よりずっと綺麗になったキミ。俺の話なんかたぶん聞いてなくて、一生懸命何か考えている。復讐したいなんて思ったのに、キミがやっぱり好きで憎みきれなくて、できればまた傍にいたいって思ってしまう。

食堂を出てからバレー部員に「ミョウジナマエちゃんって知ってる?」って聞いてクラスを探そうとしたけど、なぜか誰も彼女の事を知らなかった。まあ、うちの高校は人数が多いしあり得ない事もないけど。中学からの持ち上がり組ですら知らないなんてありえるの? 確かにお昼休み、彼女に会ったはずなのにどこを探しても見当たらない。
運良く部活がオフ。なんだかもう会えない気がして、下駄箱でいつか来るはずのナマエちゃんを待った。知らない生徒が帰るのを一人一人見送って、現れないキミを待った。人が途切れて、日が暮れて、もしかして見逃した? いや、そんなわけない。あの食堂で見つけられた俺が見逃すわけがない。

そうは思っても、だんだん自信が無くなってきた。部活が終わったらしい集団が何組か帰っていって、もう残ってる人いないんじゃない? 外に出て校舎を確認するとまだ明かりがついている教室がある。
昼休みに会ったのって俺の幻覚? なんて、バカみたいなこと考えて頭を振る。そんなわけない。この目で見たんだから。時計を見てさらに気持ちが落ち込む。もうすぐ19時。あともう少しだけ。

そうだ、もし今日また会えたなら告白しよう。なんでかもう会えないんじゃないかって思うから。それで今日会えなかったら、もう探したりこういうことをするのはやめる。だからあと少しだけ待つんだ。

聞こえてきた足音。

ほら。まだ帰ってない人いるじゃん。俺から離れた下駄箱を開ける音がして、そっちを覗けば重そうなリュックを背負った背中。後姿で分かる。

見つけた、俺の待ち人。

俺が好きだと伝えたら、なんて言うんだろう。どんな顔をするんだろう。きっと断られるよネー。でも俺は知っている。彼女はしつこい頼まれ事を断るのが苦手だった。働きすぎる自分の思考を停止する。だから強い押しには弱い。はっきりとした自分の意見をもっているからこそ、それ以上の事を言われると言い返すのが苦手。
ずるいだろうか。そういうところにつけ込むのは。好きになってなんて、我儘は言わないヨ。願わくば。願わくば俺が、少しでも君にとっての楽園になれますように。

天童覚の話 下

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