世界にふたり | ナノ
勉強机の端、ポツンと置かれた白いクマ。覚くんに取ってもらったクマ。たったこれだけで、ある意味私の世界は壊された気がする。覚くんが怖いと言ったのはこういう事なのだろうか?
生きていれば変化することなんて普通にあるし、当然のこと。自分の核となる部分、自分の世界が壊れるのは確かに怖い。覚くんにとって私は、大切で煩わしくて憎くて恋しいという事なのだろうか。それなら私にとっても、覚くんは大切で怖い。理由が分からずに避けられた時に感じたあの違和感は、いずれ疑惑になり恐怖と変わっていたのではないだろうか。今は好きだと言っていても、それが変わることは充分あり得る。気づかないうちに失望させてしまっている時があるかもしれない。
考え出したら止まらない。けれどそれに怯え続けながら過ごすなんて無理だ。だから、そういう不安要素を感じさせないようにちゃんと好きだって伝えてあげたいと思った。

これが最近考えに考えて出した結論。

怖いと言って私を避けていた覚くん。覚くんの世界が壊れるという事について結論を出すまで、色々考え悩んだのに、最近の彼は隙あらば私の唇を狙っている。

下駄箱で待つ覚くんに「お待たせ」と声をかければ、嬉しそうに近づいてきて両手で私の手を握りそのままキスをする。文句を言っても誰も見てないヨと悪びれもせずに言う。
バス停でお別れのちゅーなんて感じで言われた時に、人前では絶対嫌という私の言葉を守ってはいてくれているけれど、べったりと密着して離れない。

「怖いんじゃなかったの?」

私の後ろから覆い被さってくっついてくる覚くんに問う。

「ナニが?」
「変化?」
「あーでももう日常になっちゃったし」

その通りなんだけど。あれ? そういうこと?

「それにさ、気持ちいいことを我慢なんてできないよね」

いつもより低い声で私の耳に囁いた覚くんの顔を見ることができなかった。なんだか見てはいけない気がしたから。だってやっぱり彼は麻薬みたいな人で、近い距離に慣れて、今はキスにも慣れ始めた私。徐々に侵略されていく感覚。キスだって回数だけではなくて、唇を舐められたり、啄むようにされたり、吸われたり。角度を変えて何度も長い時間お互い唇を重ねたり。
だから、声を低くして男の顔をした覚くんを今見てしまったら、きっと私から求めてしまう。なぜなら私もただの女で、気持ちいいことは嫌いじゃないし、覚くんに求められるのはゾクゾクする。


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水曜日。食堂で待ち合わせて二人、時々牛島くんと三人で一緒に学食を食べる。それにすっかり慣れた頃「今日は購買にしよ」そう提案されて、パンを片手に二人で中庭に出た。

「お花見みたいで良くない?」
「いいね」

桜の木の下。校舎からは死角の場所でパンをかじった。珍しく口数の少ない覚くん。何かあったのかな。新学期で部活では後輩ができて、変化の季節。少なからず悩みの一つや二つあってもおかしくないけれど、覚くんが口にしないというのが気になる。それに、こういう時何て声をかけたらいいか分からない。
何かあった? そう聞こうと横を見ると、覚くんが私の肩に頭を乗せて寄りかかってきた。

「チョット寝てもいい?」

眠かったから口数が少なかったのか? 違う気もするけれど、眠いのも事実なようで目を擦り欠伸を噛み殺している。

「うん。起こしてあげるから寝ていいよ」

「そんじゃ、失礼しまーす」と言って私の膝に頭を乗せて、歯を見せて笑った。聞いてないぞ膝枕なんて、と文句を言おうかと思ったけれどやめた。でも、やっぱり照れるから桜を見上げて気を紛らわす。
春の香り。校舎から聞こえてくる生徒の声。膝には覚くんの重みと体温。今の状況がなんだか不思議だと思う。桜から覚くんに視線を戻すとバチリと目があった。

「寝ないの?」
「自分でやっといてアレだけどさ。寝れないよね、コレ」

そう言いながらも体勢を変える様子はない。「寝なくていいの」と聞くと「もう目ー覚めた」と大きな目をぱちぱちと瞬かせて見せてた。
覚くんを見下ろすのは新鮮だ。睫毛、鼻筋、口元、少し赤くなった耳。なんだ、覚くんも少しは照れているのか。そう思うとなんでか触れたくなる。赤い髪に触れようと手を伸ばすと、その手を掴まれた。そしてそのまま手を引かれる。
キスだって思ったけれど、膝の上のにいる覚くんに私の唇は届きそうにない。なんだかそれが可笑しくって笑ってしまった。すると「なに笑ってんの」と不服そうな顔。

「春だなーって」
「ナニそれ。意味わかんない」

すっかり拗てしまった覚くん。そんな姿を見て、後で私からキスをしてたら今度はどんな顔をするのだろうと想像していると、不意に起き上がった覚くんに前触れもなく唇を奪われた。
どうやら私が何を考えていたのか分かっていたらしい。さっきまで拗ねてたのに、笑った顔を見て「元気出たみたいで良かった」と言うと間の抜けた顔をしたものだから、お返しにキスをしてその場から逃げた。
きっとすぐに追い付かれて、この赤い顔をからかわれるに違いない。それで覚くんの気が紛れるならそれも悪くはないかと、ヒラリと空を舞う花びらに手を伸ばした。

恐怖も麻痺して日常化

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