「ナマエちゃん早すぎない!?」
ペンを止めて時計を見ると、覚くんも随分と早い到着だ。
「前回待たせちゃったから」
「いやいや。これじゃー待ち合わせの意味!」
それはお互い様だよと言って、二人で笑った。それから、昼食を注文してのんびりお喋りを楽しむ。
「正月どーだった? ナマエちゃんのお年玉えげつなそうだよね」
「一般的には多いと思うよ。でもお年玉意外に親からお金もらうことないから、お金使うとき結構頭使うよ」
「へー! なんか教育って感じ!」
何してただとか、課題は終わったのかとか、そんな話をして、そろそろ移動しようかとお店を出て大きな駅へ移動した。
賑わう人。一際雑音が大きく聞こえた方を向けば、GAMEの文字。ふと目にとまったのは、小さいぬいぐるみが沢山つまった機械。
「欲しいの?」
凝視したわけでもないのに、私の視線に気づいた覚くん。
「クレーンゲーム? やったことないから気になっただけ」
「へー! じゃーやってみる?」
そう言って慣れた様子で小銭を入れて、機械を操作する。「どれがいい?」と聞かれて無意識に白いクマを指差してしまった。間の抜けた音楽とクレーンが動く度に鳴る効果音。白いクマをしっかりとアームで掴み、そのまま落下口へ。
「ほい。ドーゾ」
私の手のひらにちょこんとのったクマは、想像よりも柔らかく、可愛らしかった。
「凄いね、ありがとう」
ナマエちゃんもやってみなよと促されて、別の機械で挑戦してみたけれどさっぱり。アームがぬいぐるみを押し付けるだけで、びくともしなかった。
「覚くんがあまりにも簡単そうにやってたから、なめてた。全然うまくいかない」
そんな私を見て、覚くんは「下手すぎ! オッモシレー!」とゲラゲラと笑っていた。それからアレやろう、コレやってみてと、覚くんに言われるがままよくわからずにゲームをした。
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目の前の画面では、私が選んだキャラクターがボコボコに殴られている。その様子を見て私を不憫に思ったのか、ケラケラ笑いながも椅子に座った私の後ろから手を伸ばして、ボタンとレバーを私の手の上からガチャガチャ操作する覚くん。後ろで何か言っているようだけれど、煩い空間のせいで聞き取ることができない。
何て言ったの?と顔で合図してみると「マジで下手だネ」といつか言われた事のあるような台詞を、私の耳元で囁いた。鼓膜を揺らしたその声に顔が赤くなる。それを誤魔化すように、煩い空間に疲れたと言えば、覚くんは隣の建物にある漫画喫茶へ行こうと言い出した。
「こーいう所も来たこと無いでしょ?」
「うん」
そう言って入った漫画喫茶は、薄暗くてさっきとは対照的に凄く静かな場所。覚くんに言われるがまま付いていくと、狭い空間に二人きり。
「結構広いでしょー」
小声でそう言った覚くんに「何処が?」と心の中で叫んだ。
「ナマエちゃんって漫画とか読む?」
「読んだことはあるよ。最近は全然だけど」
「俺のオススメ持ってくるからちょっと待ってて」
小声での会話。静かな空間だからこそ気になる周りの音。覚くんは緊張しないのだろうか。私の心臓は周りに聞こえてしまうのではないかと思えるほど煩くなっている。
「おまたせー」
手渡された少年漫画。見たことがある気がするなと思いながらページをめくると、面白くてそのまま読みいってしまった。
一気に読んで早く次が読みたいと横にいる覚くんの方を見ると、覚くんも別の漫画を読みいっていた。邪魔するのも悪いなと思い、覚くんの目の前。私からは対角線上に置かれた漫画へとこっそり手を伸ばす。
覚くんの長い足が障害となり、なかなか届かない。もう少しで届きそうというところで「ナニしてんの?」と悪戯な笑みを浮かべた覚くんが漫画を置いて、私を見ていた。四つんばいになって、腕を伸ばす姿はきっと滑稽に違いない。
「漫画取りたくて」
そう言い終わるのとほぼ同時。覚くんが足を退けてくれた。その時、覚くんの膝に私の腕が引っ掛かりそのまま前に倒れこむ。
胡座をかくように折り畳まれた覚くんの足。その上に倒れこんでしまった。突然の事で思考回路が動かない。起き上がらなければ、謝らなければ。覚くんの足を避けて手をつかなければ。頭の中でゴチャゴチャと考えが浮かび上がる。
「ダイジョーブ?」
動かない私を不審に思ったのか、背中に触れて私を呼ぶ声に驚いて顔をあげると、目の前には心配そうな表情をした覚くんの顔。近い距離。目と目が合った瞬間、空気が変わった。吸い込まれそうになる赤い瞳。きっとキスをするならこんな空気。
「襲われちゃうヨ」
肩に手を当てられ、ゆっくりと元の座っていた場所へ戻された。そして、こちらを見ることなく「飲み物持ってくるねー」と部屋を出ていってしまった。
避けられた気がする。また、前にも感じた違和感。一緒にいるのに急に遠くに感じる。
漫画を手に取りページをめくるが、文章を眺めるだけで内容が入ってこない。覚くんは何食わぬ顔で飲物をテーブルに置き、漫画に視線を落とした。ページをめくる音、息づかい。隣の部屋の人の動く音。漫画に集中できないと、そういうことばかりに意識がもっていかれる。
そして、隣で覚くんの動く気配を感じ顔を向けると「ごめん。結構時間遅くなっちゃった」と携帯画面を向けられた。
「時間ダイジョーブ?」
頷いて見せると、とりあえずここを出ようと漫画を持って部屋を出た。外は真っ暗だけれど、夜と呼ぶには早い時間。冷たい空気が頬をさして、痛いくらいだ。
「俺、今日実家に帰るから門限ないんだよね! 家まで送るヨ」
「ありがとう」
手を引かれて私が家へ帰るための方角へと進む。まだもう少し一緒にいたい。違和感の正体を突き止めたい。でもきっと、普通に聞いても教えてはくれないんだろうな。
私の家につくと「バイバーイ」と言って手を振った覚くんの反対の腕を掴み、引き留める。
「ん?どしたの?」
「家、寄っていかない?」
「えーなになに? ダイターン」
「久々に会ったんだしさ。駄目? かな」
「だからさぁ、簡単に男を入れちゃいけませんヨって」
眉間に皺を寄せた覚くん。けれどそれと同時に口角を上げて「いいよ」と私の腕を掴み返し手を柔く引いた。